田舎とエルフと農家と玩具
テレビをつけると、たまにこういう番組が映っている。
今、田舎暮らしがブーム。
はっきり言おう、俺はこれが大嫌いだ。
さんざん街で良い思いをしておいて、飽きたから田舎に来ます。自然が最高、空気が美味しい。
人が住んでる場所を、遊園地か何かと勘違いしているんじゃないのか。ここには生活がある、食わなければならない。それを、なんだブームだって? 人を小馬鹿にするのもいい加減にしろ。
農家ってやつは特にひどい。自分が作ったものが店に並ぶ事に、何一つやりがいを感じない訳じゃない。ただ、俺の名前はそこにない。国産、何県産、いいところ町の名前が精一杯。たまに顔が見える野菜なんてあるが、ああいうのはギャンブルだ。成功すれば良いが、失敗すれば農協含めた他の連中から文字通り村八分。ただ生きていこうとするには、掛け金が多すぎる。
だから、俺は田舎が嫌いだ。どこか遠い国に、誰かが連れて行ってくれるなら、そんな幸せな事は無い。
そう、思っていた。
現実ってやつは残酷だ。俺は、どこにも行けなかった。逆に、来やがった。早朝トラクター小屋に入ってみれば、見ず知らずの女が寝ていた。酔っぱらいならまだ良かった。彼女は、どこかの映画からやってきたような耳の長いエルフだった。金色の髪に見たこともない装飾の服。ドラマの撮影かなんかで、親父が家でも貸していたのかと思ったが、やはり現実ってやつはひどい。
言葉が通じなかったからだ。
何を言っているかよくわからない。ジェスチャーで伝えられる範囲はあっても、未だに名前はわかっていない。だから、彼女との生活は困難を極めた。
働かざる者食うべからず。それが、この田舎のルールだ。
なんとなくでしか確認できなかったが、彼女も多少農業に従事していた事があるみたいで、容赦なく手伝わせる事になった。その暗黙のルールを理解してくれたのか、彼女は来た初日にクワを持って畑に出ていた。
クワ。使わない訳じゃないが、今の御時世そんなもので畑を耕したりはしない。だからトラクターを動かし見せてやると、何に驚いたのか走って逃げ出してしまった。
それからは酷かった。言葉は悪いが、彼女は原始人だった。当たり前のように使う機械類の数々が動く度、とにかく怯えていた。とにかく仕事にならない。機械、機械、機械。別に最新の道具じゃない。ただ、それがないと俺達はまともに生きていけないんだ。
彼女が来て、一週間ぐらい経っただろうか。ちょっとした変化があった。
彼女が文字を覚えた。
お袋がどこから見つけて来たのか俺が子供の頃に使っていた、五十音表の玩具を彼女に渡してくれたおかげだ。まだ動いてくれたようで、ボタンを押せば音が出る。そんな単純な物だったが、少なくとも彼女にとっては随分とまあ面白かったようで電池を三回も交換する羽目になった。
朝、いつものように畑に出ようとした所を、俺は彼女に引き止められた。ダッサイお袋のお古のTシャツに、下は膝に継ぎ接ぎがあるジャージ。
彼女は例の玩具を見せ、順番にボタンを押し始めた。
ご。
は。
ん。
「朝飯、さっき食っただろ」
もちろん、言葉は通じない。ただ、彼女はどこからか小さな弁当箱を取り出し、俺に手渡してくれた。
「……ああ、昼飯か」
そう言うと、彼女は嬉しそうに首を何度も縦に振る。そのまま受け取るのも何か癪で、俺は彼女の玩具のボタンを押してみせた。
あ。
り。
が。
と。
う。
そう答えると、彼女は長い耳を真っ赤にして、またどこかに走りだした。途中、転んで起き上がって、またどこかへ走ってく。
とりあえず、水でも蒔こう。それから少し早いけど、どこかで昼食を取ろう。
今日は少しだけ、いつもより楽しみが待っているから。