新しい家
更新は気分しだい。
異世界転生
二次創作などの小説をよく読む人にはこの一言で主人公がどんな目に会うのかが大体分かるであろう。神様に殺されて、気がついたら、召還魔法で等など……
方法は様々であるが大体は皆、異世界では隠された力が発揮されたり、特典としてチートな能力を貰ったり、周りの仲間がバグや反則級の強さだったりと何かしらの恩恵を得ている。
これから話す物語はそんなありふれた異世界転生をする事となった普通の人とはちょっと変わった思考を持つ比良坂泉の物語である。
比良坂泉は人とは少し考え方が変わっていると自覚していた。
大多数の人が感動したり笑ったり悲しんだりするであろう絵画や小説、ドラマ等を見てもまったくと言っていいほど共感を得なかった。
彼にとってすれば何故感動するのか?どうしてそこで笑うのか?そういった事が理解できなかった。数少ない友人と食事をしていても、話をしないわけではないがそこに楽しいという感情は起こらなかった。かといってつまらないという訳でなかったが。
そんな彼だが世間一般で言う精神異常者、と言うわけでもなく周りに迷惑をかけるようなこともせずに極々普通に生活をしていた。
ただ彼の思考が変わっているだけで……。
そんな彼だが、ある日仕事に向かう途中いつもの時間にいつもの道を歩いていった時、歩きなれた下りの階段で躓き後頭部を階段の角に強打、そのまま帰らぬ人となってしまった。
彼が目を覚ました時、そこは何も無い真っ白な空間だった。上下間も無くただ真っ白な場所としかいいようの無い場所に彼は佇んでいた。
(……はて?ここは何所だ?)
見に覚えの無い場所で驚く事もせずに考え出す彼。
(今日は確かいつも通りに家を出て、いつもの道を通ってそれで……)
「そして君は死んだ」
等々に聞こえてきた声に顔を向けるとそこには真っ白な空間を侵食するような真っ黒な光を放つ球体が浮かんでいた。
「……えっと」
「私は君の認識で表現する所で言う神、と言われる存在だ」
「神様?」
「実際の所は全く違うのだが、詳しく説明するには君が居た文明社会では理解不能で有るので分かりやすく表現するために神と言ったのだ」
「それで、神様?が自分に一体何のようで?」
彼は自分が死んだ、といわれても驚きもせず、かといって喚いたりもせず、ただ黒い光を放つ球体を見つめていた。
実際彼は死んだ、と言われても(そうなんだ)の一言で済ませていた。自分が死んだ事で思った事といえば苦痛を味合わずに即死でよかった、なんて思っていた。
「君にとっては不愉快な事かもしれないが、君が死んだ事は私のせいなのだよ」
「はあ」
「私の職業上、様々な世界を渡り歩く事が多くあってね。その際の移動方法は君の世界での時間で何百世紀もの前に確定された安全な方法で移動していたのだが、私の不注意でね君が居た世界に悪影響が出そうになってしまったのだよ」
「それが自分の死と一体何の関係が?」
「君の世界に悪影響が出そうになる前に私はその悪影響となる原因を調べ何とかなくそうとしたのだが完全に悪影響を消す事ができず、止むをえず君が居た世界にでる悪影響を最小限に抑えようとし悪影響が出るのを君の世界から君個人に押さえ込んだ結果が君の死となったのだ」
「なぜ自分の死に繋がるのですか?別に最小限なら問題なかったんじゃ?」
「その最小限が君が居た世界、いや惑星である地球の消滅であってもかね?」
「……ちなみに最大だと?」
「君が居た世界、地球とか宇宙とかではなく、君がいた世界という概念ごと消滅していた」
「よく自分ひとりに納まりましたね」
「厳密には君ひとりではないがね。君は死んだ、と私は言ったが正確には比良坂泉という概念が死んだのだ」
「死んだのには代わりが無いのでは?」
「肉体的な死と概念的な死では全く違うのだよ。肉体的な死では君と言う概念は過去現在未来と記憶されていくが概念的な死となると過去現在未来にある君という概念は完全に無かった事になる。つまり君の世界に比良坂泉という概念自体が存在しなかった事となるのだよ」
「じゃあ、今ここに居る自分は一体?」
「君と言う概念が消滅した後に私達の文明の科学で復元した存在だ」
「完全に自分は消滅したのでは?」
「それはあくまでも君の世界での話であって私達の世界の文明ならば復元することは容易い事なのだよ」
「神様みたいですね」
「だから最初に私は神だと言っただろう」
概念と言う彼の世界ではいまだあやふやな存在を事も無く復元してみせる球体の文明。それは彼からみてまさしく神の所業といえる事であった。
「さて、前書きが長くなったが本題に入ろう。そもそも私が君を復元したのは君に新しい人生を送って貰うためであるのだ」
「新しい人生……」
「そうだ。私が君に新しい人生をおくってもらうのは別に君に対する罪悪感からでは無い。君に新しい人生をおくらせなければ私が、私の居る世界の法で捕まってしまうからな」
「そんな法律があるんですか」
「全く持って面倒な事だよ。だが元々は私の不注意だからな。社会人として責任を取らないといけないのでな」
「どの世界の社会も同じような物なんですね」
「その様だな。さて、君が新しい人生を送るにあたって何か欲しい特典は有るかね。私が原因で別世界に行くはめになってしまったんだ。大抵の願いは叶えよう。何でも言いたまえ。精神力が具現化する力でもいいし、多種多様の超能力が使えるようになる事でもいいし、君の世界の英雄が使っていた武器や道具や技術が使えるようになるでもいい。さあ、君の願いはあるかね」
球体が言った事は二次創作を読む者にとっては願ってもない物であった。マンガやアニメでしかありえないような不思議な能力や多種多様な力を持った武具。それ以外にも様々な力を球体は叶えてくれるといった。
そんな二度とないチャンスに彼が願ったものは……
「……家が欲しい」
「え?」
「自分と自分が許可した人しか入れなくていつでも何所でも入る事ができて増改築が簡単に出来て自分が元居た世界のTVが見れて、通販と言う形で元居た世界のあらゆる物が手に入るインターネットに繋がったPCがある家が欲しい」
「チートな能力とか武器とかは?」
「メンタルが脆い自分がチートな能力やら武器を貰っても扱える気がしないし」
「いや、君が行く世界は力が無いと危ないんだが」
「だから引き篭もれる家が欲しいんじゃないか。それにネットの無い環境で過ごすとか嫌だし」
「……」
様々な特典を蹴って家が欲しいと言う彼に返す言葉をなくす球体。その後、何度か彼に本当に特典はそれでいいのか、と確認するも彼は特に変更する事もなくただ、家が欲しいと願うだけだった。
「では、もう一度確認しよう。君が望むものは君と君が許可した人しか入れずいつでも何所でも入れて増改築が簡単に出来て通販可能なPCと元居た世界のTVが見れること。それでいいんだな」
「それが欲しいんだ」
「分かった。それが出来るように君の体を調整してから君が行く世界に送り出そうとしよう」
球体ゆえに息をする場所など無いはずなのだが何故かため息をしたように見える球体。
「君のような願いをするのははじめて見たよ」
「自分も球体にこんな願いをするのは初めてですよ」
こうして彼、比良坂泉は別世界にて新しい人生を送る事となった。彼は別世界で一体どんな人生を送るのだろうか。心踊る冒険か、それとも苦難溢れる生活か、もしくは引き篭もりの毎日か。
彼の新しい人生は始ったばかりである。
「……引き篭もりの生活が出来ないようにしてやる」