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顔が見えるような距離にまで近づくと、俺とパフを見つけたらしく、立ち止まってこちらを窺っている。レナさんもラミア族の見分けがどうとか言っていたが、みんな灰色の交じったような色の茶髪で、上半身はまるっきり人間と同じである。
3人ほど集まって、こちらを指さしつつ何か話しているようだ。
更に近づくと、驚いた顔もわかるようになった。パフはスルスルと、今までと比べようもないほどの速さで進んで行き、話しかけたようだ。3頭に囲まれて身振りを交えて説明をしているように見える。
だが、俺が近づいていくと囲んでいた3頭のうち、2頭が警戒するように後ずさった。
残されたのはパフと……あぁ、レナさんだ。
「レナさん、こんにちは。ひょんなことからパフを保護することになりまして、まあ元気になったので連れてきました」
「おや、誰かと思ったら坊ちゃんかい。この娘を助けてくれたみたいだね、ありがとう」
「……だから坊ちゃんはやめてください……」
そういったのだが、レナさんは聞こえていないのか後ろの2頭の方を向いて、
「あぁ、警戒しなくていい、この人間はママサの薬師のゲルツルード先生、ルッツ先生だよ」
それを聞くと、下がっていた2頭もこちらへやって来た。レナさんが紹介してくれた。
「こっちがヨパ、こっちがメグだ。わたしら役目を終えた個体はこうやって見張りをやってるんだよ」
「役目を終えたって?」
「歳を取ったってことさ」
ヨパさんも話しかけてくる。
「先生がローザの所の娘を助けてくれたんだってね。警戒して済まなかった。ここまでラミア族を連れてやってくる人間なんていないはずだからね。いつも薬を売ってくれてありがとう」
「うむ、我々はみな感謝している」
メグさんも言う。
「どういたしまして、パフのことは偶々ですし、薬を売るのは商売です」
「それでもさ、ラミア族に薬を売ってくれる人間なんていないんだよ」
そんな話をしていると、パフが俺の手をくいくいと引っ張る。
それを見てヨパさんだったか、が気付き
「おぉそうだね、早く家に帰りたいだろう。もうお行き」
「はい、ありがとうございます。それではしつれいします。……せんせい、行きましょう」
「ああ」
と、俺がついて行こうとして歩き出すと、レナさんがズリズリと寄ってきて、耳元に顔を寄せた。レナさん、顔が近いです。
本人は「歳を取った」とか言ってるが、見かけは30歳くらいに見える綺麗な女の人なのだ。しかも服を着ていない。
「坊っちゃん……いや、ルッツ先生。私らが言うのも変なんだが、決してローザの所以外の、他の個体の家に入り込むんじゃないよ」
「ローザ?」
「その娘の親だよ」
最初からそんなつもりはないが、何か念を押されてしまった。
さすがに自分の家の近くだけあり、パフの先導で迷うことなく森を進んで行く。はっきり手を加えたような道はないが、一応歩きやすい部分は存在していて普通の速さで歩くことができる。曲がりくねったりはしていないので、方角を間違えなければ帰りも問題はないだろう。
進んで行く途中、なんだか視線を感じるし、ひそひそと声も聞こえるようだ。
「やっぱりせんせいはちゅうもくされていますね」
そういうものか?
パフは「森の真ん中あたり」と言っていたが、森の入り口から結構な距離を歩いた頃、パフが走るような速さで進みだした。前の方にラミア族がいるのが見える。
「-ッ……パフィーリアっ」
「お母さんっ」
二人は抱き合っている。
「ただいま」
「よく無事で……そっちの人間は?」
ローザさん?母親が俺に気付く。パフはパフィーリアと言うのか。
「ルッツせんせい。ママサのくすりやの人で、わたしをたすけてくれたんだよ」
それを聞いて、母親が俺を見る。母親のはずだが、俺と同じ歳くらいに見える。そして、見るというより、見つめられている。
「あなたがママサの薬師さんでしたか。ありがとうございました。私はこの娘の母親でローザと言います。……娘のことは二重の意味で諦めていました。もうイーグルに食われてしまったか、たとえイーグルから逃れても、飛んで行ったのが人間の街方向だったので……」
確かに、イーグルも、ハルピュイアも、ルーガルーも食おうとしてた訳だしな。他の人間だったら手当なんかできないだろうし……。
「どういたしまして、無事にパフを家に帰せて良かったです。それでは失礼します」
「……待ってください」
母娘の再会をあまり邪魔してもいけないので、さっさと帰ろうとすると、ローザさんに呼び止められた。
「あの、これからもう暗くなります。暗い中、人間族がこの森を歩くのは危険です。何のおもてなしもできませんが、明るくなるまで家で休んで行ってください」
「いえいえ、却って悪いですし、松明も持っていますから」
「そうおっしゃらずに、是非」
強い調子で引きとめられた。
「そうですか、それではお邪魔します」
あまりに強く引き止められるので、しばらく休ませてもらうことにした。どうせ森を出てから暗い中移動するのは危険だし、どこかで休憩するつもりではいたのだ。
家に入ると、パフがもう一人いた。ラミア族自体みんな似ているが、この子は見事にそっくりである。
「ミアーシュ、外で遊んできなさい」
『おっと、危ないシチュエーションだな』
声が何か言ってるが、家の外でも「お姉ちゃん!」とか言ってるのが聞こえる。
「あの子は3年前の春にパフィーリアと一緒に生まれた双子なんです。ラミア族では双子は珍しいんですよ」
「いや、人間でも多くはないですよ」
それより今、生まれたのが3年前とか言わなかったか?だとすると、パフは3歳と少しと言うことになる。
「いえ、ラミア族では、双子はほとんどの場合、生まれても育たないんです。だからか本当に仲のいい姉妹だったんですが、この前の森の外での活動の時、パフィーリアが攫われてしまって、それ以来ずっと落ち込んでいたんです」
「なるほど」
「……あの娘は、出会ったのがルッツ先生だから助けてもらって、送ってもらえたんですよね……」
そう言うと、ローザさんは俺にぐっと顔を近づけた。
「ルッツ先生には言っておくべきでしょうね。……先生はラミア族がどうやって殖えるかご存知ですか?」
『何かフラグキタ-』
声、うるさい。