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食事ができるようになったパフは、急速に回復していった。
俺はようやく、自分のベッドに戻ることができた。もちろんパフと一緒に寝ているわけではない。パフの活動はどちらかというと夜行性なので、夕方パフが起きだしてから夕食を共にし、俺が眠る。朝は俺が起きだしてから朝食をとり、交代するだけだ。
なお、ほとんど治ってくっついてはいるものの、傷口にはまだ傷薬を塗っているので、シーツはこまめに取り換えるようにしている。
だいたい、店を開けている時間にパフがうろついているのはまずい。外から見える範囲では裸の少女がうろついているようにしか見えないから注目を集めてしまうし、俺がラミア族を連れて帰ったのは知られているので、下手をするとラミア族が店にいるのがわかってしまう。人間族がいる街でそんなことになると大変な騒ぎになるだろう。
だから、店を置けている昼間にパフが眠っているのはかえって好都合であり、だれも家に上げなければ問題はない、はずだ。
ん、表でドンドン戸をたたく音がする。どうやら問題がやって来たようだ。
「ルッツ、ルッツー」
店の前で騒いでいるのはヌェム、18歳だったか、隣の雑貨屋の向こう、酒屋の娘である。並よりはちょっと上の容姿だと思う。
酒屋に店で使っている消毒用の蒸留酒を買いに行くようになって、いつの間にか仲良くなった。うちの店に引っ張り込んだこともある、まぁそういう関係である。知っているのか知らないのか、親は何も言ってこない。雇われ商人なんで家を継ぐだとかどうのこうのは言わないし、自分の店を持っている俺はある意味優良物件なのだろう。
「なんだ、うるさいぞ」
「良かった、干からびてないわね」
「どうして俺が干からびなくっちゃならんのだ?」
「だって、拾ったラミアを持って帰ったっていうし、この店はラミア族もたまにやってくるし、最近薬草採取にも行ってないみたいだから取り殺されているんじゃないかって」
いったいどこまでその噂は広まってるんだ?
みんな俺がラミア族を持って帰ったことは知っているわけだが、買い物にもちょくちょく出ているから干からびていないことも知っているはずだ。
「見ての通り無事だぞ」
「うん、それはわかった。それで、ラミアなんて持って帰ってどうしたの?」
「『ああ、ちょっとどんな毒を持っているか調べようと思ってな』」
おっと、声がでしゃばってきた。
「そんなもの調べてどうすんのよ」
「『うん、ラミア毒の血清が作れないかと思ってな』」
ヌェムはこてんと首を傾げ、その頭の上には疑問符が並んでいる。声が俺の口を使って言っているだけで、俺だって意味が分からない。
これ以上訊いても答えがさらに難解になると思ったのだろう、ヌェムは「それなに?」という言葉を飲み込んだようだ。
「それで何の用事なんだ?」
「そうだ、お父さんが薬草酒漬けるスピリッツ値上がりしたけど何本いるかって」
この前侵入者に飲まれてしまったやつだ。薬草を漬けるので特に臭いのない酒を使うのだが、産地が限られていていつも在庫があるとは限らないのである。2本飲まれてしまったので今後を見越して5本注文を出しておいたのだが、値上がりして同じ金額で4本しか買えないというその確認である。
「じゃあ値上がっても5本でお願いしますって言っといて」
「ん、わかった」
そんな用事なら、こんな早く、店がまだ開いていないような刻に来なくても良いんじゃないか。俺が干からびているという噂はそんなに信憑性があるのか?
今回の来客はそれほど問題なかったが、パフが店の中をうろつくようになったらいつまでも店に置いておくわけにはいかないな。
移動に耐えられるなら、家に帰してやった方が良いのではないか。
そう判断した俺は、その日の夕食時パフに尋ねた。
「元気になったらパフを家に届けようと思うんだが、家はどこだ?」
「……かわべりの森のまんなかあたりです」
河縁の森と言うのは、レナさんに助けてもらった近くの川沿いに広がる森である。ラミア族はあの周辺にまとまって住んでいるようだ。
場所はだいたい分かったが、あそこまで結構な距離がある。さっと10里、行くのに半日以上かかるだろう。
あと半月もすれば、その程度の移動には耐えられるようになるはずだ。そうなると次は「いつどうやって行くか」、つまり昼間に動くか夜に動くかである。
朝に出発すると到着は夕方以降になる。俺は慣れているし構わないが、夜行性のラミア族であるパフは体力も消耗するだろうし、離れていると空から襲われる可能性があり警戒が必要だ。レナさんは朝にやって来たが、それはつまり夕方出て夜間に移動、用事を済ませたあとどこかで夕方まで待機、再び夜に移動をしたはずだ。
それならと夕方出発すると、今度は夜行性の肉食獣に襲われる可能性がある上、乾燥地帯を横切ることになり方角を間違えたりすると大変だ。獅子人や虎人は昼間人が見ている前では人間を襲わないが、夜誰も見ていなければ人間だって獲物の一種なのに違いない。さらに、比較的大きな街であるママサとパロポの間以外まともな街道どころか通りやすい道など存在せず、森まで道が付いているわけではないのである。
要は昼間パフがイーグルに狙われるリスクと、夜に俺が肉食獣のご飯になるリスク、夜に迷子になって乾燥地帯で干からびるリスクとの比較である。
できればあまり本気で比較したくはない。