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ラミアの森  作者: 林育造
第1章
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俺は眠りっぱなしの少女に思い切って口づけしてみたのだが……効果はなかった。

だがもしかすると、なんらかの意味があったのかもしれない。


次の日、起きてから様子を見に行くと少女が……いない!

でもよく見ると、ベッドと壁の間から、尻尾が見えている。

寝返りを打って転げ落ちたのではないかと覗いてみると、何とかベッドの下に潜り込もうとしているのがわかった。

見慣れない天井を見て知らない場所にいることに気付き、逃げるか隠れるかしようとしているのだろう。方法はなってないが。

俺は前側からベッドの向こうに回り、少女を抱え上げてベッドの上に載せた。


すると、体を縮めてこちらの様子を窺った。

あぁ、なるほどこれは完全に怯えている。

無理もない、人間族がラミア族を嫌うように、ラミア族も人間族を出会ったらなにをされるかわからない危険な種族と見做しているはずだ。

まだそれほど多くの人間を見ていないであろう少女は、とりあえず人間=危険と言う認識でいるに違いない。


少女はもう一度、ベッドの向こう側に逃げこもうとするような動きを見せる。

だがそこで、下半身、蛇の部分に巻かれている布に気付いたようだ。

少女は布と俺の顔を見比べて、不思議そうな表情をしている。


俺が、巻いてある布を新しいものと取り換えてやると、治療したことを理解したのか少し表情が和らいだ。

しかし、傷口は塞がったもののまた一段と痩せてしまったようだ。無理もない、大怪我をしたうえ、もう6日間、何も食べていないのだ。

俺はこの時まだ、ラミア族が人間の精を吸うという話を信じていたので、

「食うか?」

と言って、少女の目の前に左腕を差し出した。

空腹であろう少女は反射的に両手で俺の左腕をつかみ、ハッと気づいたように俺の顔を見て大きく目を見開き、腕から手を放してふるふると首を横に振った。


だめなのか?


「えーっと、言葉はわかるかな、君の名前は?」

「……パフ」

『パフ?』

「えっ?」

「えっ?」


なんだ?声がこんな風に単語に反応したのは初めてじゃないだろうか。

驚いた俺の声に、少女も驚いて同じ反応をした。

「おっとごめん、パフは、普段何を食べてるの?」


「……お……にく……」

しばらくして、ようやく小さな声で答える。

肉か、うちにはあまりないな。

「じゃあ持ってくるからちょっと待ってて、周りは人間だらけだから勝手に部屋を出てうろうろしちゃだめだよ」

この家には俺しかいないが、こう言っておけばふらふらと出て行ったりはしないだろう。家の中や近所でかくれんぼをするのはごめんだ。


カルボさんの所へ行くとちょうどイノシシの解体をしていた。

「おう、先生か。なにやらこの前ラミアを持って帰ったって噂だがどうなった、先生が干からびてるんじゃないかって言ってるやつもいるが、それは大丈夫そうだな」

干からびるって、どうやって干からびると思われてるんだか。

「いやいや、ご覧のとおり干からびてなんかいませんよ、今日は干し肉用の肉を少し分けてもらいたくて……」

本当の理由を言うわけにいかないので、干し肉を作るためとごまかして脚を1本分けてもらってきた。


ブロック肉に切り分けるのは時間がかかるので、関節の所、すね肉の部分をなんとか切り離し、部屋に持っていく。


少女(パフ)は、今度は大人しくベッドの上にいた。

「はいパフ。このままでいいかい?」

パフは肉を受け取って小さくうなずいたが、俺を見上げて食べるのを躊躇しているようだ。

「いいよ、それ全部あげるから食べなさい」

そう言って笑いかけると、漸く安心したのかイノシシの骨付きすね肉に カプッ とかじりついた。

だが、かじりついたまま、動きが止まってしまった。


「どうした?骨のないブロック肉の方がいいのか?」

と聞くと、先ほどと同じようにふるふると首を横に振り

「だいじょうぶ、です」

と答えた。

「あの、わたし、イーグルにさらわれて、それから……」

「うん、街の近くで多分そのイーグルとハルピュイアが戦いになって、パフが俺の前に落ちてきたから連れてきた」

「それは……あ、ありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして。というわけで、パフをどうこうするつもりはないから安心して体力をつけなさい」

「……はい……っ」

考えてみればテントでバウンドしたとはいえあの高さから落下してよく無事だったものだ。

安心したかどうかはわからないが、返事をしたパフは腕を回したり前後に動かしたりしている。体の動きや調子を確かめているのだろう。


「チュルチュル……チュル」

しばらくすると、そんな音がパフの方から聞こえてきた。見ると、ぷるぷるとした感じに柔らかくなったイノシシの肉を、パスタを吸い込むようにパフが呑み込んでいる。

『うわー、随分強力な消化酵素だな』

声が何か言っている。そうか、ラミア族は肉に咬みついて溶かし、やわらかくなった肉を吸い込むようにして食べるのか。

……もしさっき、寝ぼけたパフが俺の腕に咬みついていたら…………俺の腕も骨だけになってたってことか?

俺はきれいに骨だけになったイノシシの(元)すね肉を見ながらそんなことを考えていた。

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