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ラミアの森  作者: 林育造
第1章
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そういった市が立つというので、機材や日用品を求めて街の外へやって来た。

もっぱら今日の目的は塩と香辛料なので、東の海近くから着ている商人のテントを中心に見ていく。

「おっちゃん、そのヒハツおくれ」

「はいよっ、1袋銀貨2枚だよ」

「たくさんオマケ付けてね、ところでピペルは置いてない?」

「あー、今日はピペルと茶はないなぁ」


ヒハツもピペルも、肉によく合う香辛料である。

このあたりはあまり雨が降らない方なので生えていないが、東の方の山脈を越えると雨が多くなり、麓の方ではヒハツやピペルが、山の高い方に行くと”茶”が採れるようだ。

“茶”は葉を乾燥し、水や湯で成分を抽出して飲む。

爽やかな苦みがあり、嗜好品として人気が高い植物なのだ。


そんな買い物をしていると、周囲の人々が手を翳しながら上空を見上げ、ざわつき始めた。

みんなが見上げている方向を見てみると、猛禽類(イーグル)だろうか大きな鳥が、何か長い物(・・・)をぶら下げ、飛んでいる。

そして、それに対して2、3頭のハルピュイアらしき影が時折突っかかって行く。

突っかけられたイーグルはひらり……とまではいかないが、うまく避けて逆に攻撃を仕掛けたりしている。

どうやら、イーグルが仕留めてきた獲物を、ハルピュイアたちが横取りしようと目論んでいるらしい。

我々は上空で行われる空中戦を見上げているしかなかったが、何度目かの衝突の際、ついにイーグルが獲物を放してしまう。


放された獲物は、ハルピュイアの追跡の甲斐なくこちらに落下してきて……

ちょうど俺が買い物をしていた店のテントの屋根でバウンドし、屋根の端っこで一旦引っかかるように止まった後、落ちてきた。


受け止めてみると、それはラミア族の少女だった。

頭、胸、腹、腰までは人間族と全く変わらない。

そして、腰のすぐ下、脚の部分から蛇の体になっている。

人間族に当てはめると、12、3歳くらいだろうか。


しかし、ラミア族の見かけと年齢は一致しない。

先日店に来たレナさんにしても、15年前に会った時とほとんど変わっていない(だからこそ彼女だと判ったのだ)。

ラミア族の若い個体はあまり見ないから、実際の年齢はわからない。


上半身には、イーグルの爪で付いたものだろう、多くの傷がつき、出血もしている。

下半身、蛇の部分にはざっくりと裂傷がある。ひどい怪我だ。

それでも、かすかに胸が上下しており、呼吸はしているようだ。


俺が受け止めたのを見て、人狼が声をかけてくる。

「あー、なんだルッツ先生か。研究材料にするのかい?」

「え、あぁ、いや、どうしてだい?」

「うん、人族ならラミアなんか捨てるだろうから貰おうと思ったんだが……先生の研究材料ふんだくるわけにいかないからいいや」


ラミア貰おうって、食料にするつもりだったな。狂犬病のワクチン以来、人狼の俺に対する評価が高くて助かった。ワクチン造ったのは厳密には俺じゃあないけどな。



それほど重いと感じたわけではないけれども、両手が塞がってしまうし、第一ラミア族を持っている状態では人間の商店で買い物などさせてもらえないから、買い物を続けるのは諦めて少女を連れ帰ることにした。


少女を連れ帰った俺は、とりあえず俺のベッドに寝かせ、上半身の傷は周囲を酒で拭いたあと、傷薬を塗って布を当てておいた。

蛇の部分の裂傷がかなりひどかったのだが、これは水で洗ってしまうと治りが遅くなるので、岩塩ひとかけらを蒸留した水に溶かし、声曰く『生理食塩水』で汚れを落とした。

そのあと、ウロコがずれないように慎重に傷を合わせ、血の巡りが悪くならないように気を付けて、布をしっかりと巻いておいた。


傷口周りを酒で拭いたりすればかなり沁みるはずなのだが、少女はそのことで反応したりせず、治療している間も気を失ったまま目を醒まさなかった。

そのあと俄然、声がうるさくなった。

ちょうど、狂犬病ワクチンとやらを作った時と同じ状態である。


煮て潰した芋を煮凝りと混ぜ、カビだらけになったものを取り出して酒に放り込んだかと思うと、しばらくしてから口の部分に綿をギュウギュウに詰めたガラス容器に少しずつ流し込む。

自分の体が勝手に動くというのは、いつもながら妙な気分である。

さらに容器に砕いた炭を放り込んだり、(ビネガー)や薄めた石灰水を流し込んだりしていたが、ようやく納得のいくものができたらしい。


俺は……声に操られてだが……それを少女の裂傷の周囲に塗っておいた。


その日から、俺はベッドを占領されたので店のソファで寝ることにした。同じベッドで寝るのも変だし、ソファを部屋まで動かすのが面倒だったからだ。

だが、2日経ち、3日経っても少女はそのままだった。

辛うじて息をしているのに合わせて胸が上下するので、生きているらしいことだけはわかる。

だが、目を醒ましてくれない。


人間に害をなすと言われているラミア族の、知り合いでもない少女をなぜ治療しているのか自分でもわからないが、治療を始めてしまった以上は無事治って欲しい。


4日目、傷を治すのに体力を使っているからだろう、巻いてあった布がだぶつくように浮いてずれてしまった。少女の下半身、蛇の部分が痩せてしまった証拠である。


このままだと体力が落ちる一方で、助からないかもしれない。

俺は、「ラミア族は人間の精を吸う」と聞いていたので、精気を与えることでもできるのではないかと、思い切って、しかしそっと少女に口づけをしてみた。


しかし、何か精気とか体力を持っていかれたようには感じず、当然少女にも変化はなかった。これでは寝ている裸の少女にいかがわしいことをする危ないお兄さんではないか。

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