⑦
「それでな、こんな感じで、こう」
「えぇっ」
「ここで、口……」
「メグさんっ、近い近ぃ……プハッ」
メグさんの家に移動して、絶賛実演中である。何を?
メグさんによる抱かれ方講座、別名、餌の処理方法講座である。れんしゅーの成果か、メグさんが本気でないためか、今のところ俺は記憶が飛んだりしていないので無事である。もっとも、記憶が飛ぶ→覚醒→記憶が飛ぶ、を繰り返しているだけかもしれないが。
パーチさんは気を効かせて(?)、全員の食事を調達中である。
「で、ことが終わるとぐったりするので、こういう風に抱き寄せて首筋あたりにガブッと」
「ええええぇぇっ、だめです、そんなことしたらその人死んじゃいますよぅ」
「だ・か・ら、殺さないと食べられないの。食べられないと、子どもが育たないの」
「人間を食べないと育たないのなら、このままでいいですぅ」
「と、いうわけだ。先生、危険な目にあわせてすまなかった」
メグさんはハァとため息をつくと、俺を押し戻して起き上がった。
アルビノさんの親は、別の大陸か島の人と思われる。本人はこの森に来てから生まれたようなのだが、餌の取り方も、ラミア族の生き方も、殖え方も何も教えてくれないうちにいなくなってしまったらしい。しかし、ヌーハの街の人たちが食べ物を運んでくれたので、今まで生きてくることができたという。ヌーハの人たちが話してくれた所では、アルビノさんの親とヌーハの人たちは奴隷として捕まり運ばれていたのだが、船の中でアルビノさんの親が奴隷商人とその一味を倒してくれたため、北の海岸に上陸し逃げてくることができたということだ。
だから、”ラミア様”なのか……。
メグさんはセッケさんの子どもと共に住めそうな森を探しに来て、ここでアルビノさんに出会った。ヌーハとの間にやや標高差はあるが近いし、広い森なのに他のラミア族はいないようなので、一緒に住むのは問題ないと判断したのだが、話が通じなかった、と。
確かに、食べ物を運んでくれる街の人を捕まえて食べ物に追加するわけにはいかないだろうが、通りすがりの獲物まで否定するというのもラミアの生き方としてどうなのか。
「あの、獲物の立場から言うのもなんですが、それってラミア族としての生き方の否定になりませんか?」
「いいです、今までこの森には、ヌーハの街の人たち以外来たことありませんし」
それはそれでメグさんが困りそうだ。もっとも、セッケさんの子どもが繁殖年齢であるあと50年くらいの間には何人か通りかかりそうだが、それでも食べない宣言の森の主が隣にいれば影響を受けるだろう。
「下流に、人間を食べない殖え方を追求しようとしている森がありますが……」
「ルッツ先生、私は構わないが、ヌーハの人たちがそれを是とするかな」
そうか、”ラミア様”を勝手に連れて行くわけにいかないのか……。
その後、何頭かウサギを獲ってきてくれたパーチさんと共に作戦会議となった。初期のラミア族の家は大木の洞の下を滑らかにし、広くして干し草などを敷いた物であるため、家の外でウサギを摂食中だ。ちなみに、メグさんは受け取ったウサギに躊躇なくかぶりついたが、アルビノさんは解体、焼き上がりを待っていた。どこまで生活力ないんだこのラミアは。
「勝手に連れて行くのはまずそうだな」
「ヌーハの人たちに聞いてみるのはどうでしょう」
「この森からはあまり離れたくはないですぅ」
「そうだルッツ先生、間違って咬まないように押さえておくから……」
「えええぇぇ」
「嫌です、というか、方向性が間違っている気がしますが」
「それだと生活力の無い個体を増やすことになるだけだと思うがなぁ」
「そんなことをしたらルッツせんせーがパフおねぇちゃんにおこられるだけだとおもうよ」
もちろん全員に否定されました。というか、レラちゃん、意味わかってんのね。
ママサに連れて行くのも一つの方法であるのは確かだが、本人が乗り気でないのに強行するのもどうかと思う。しかし、このままここに住み続けるというのもヌーハに依存しすぎることになりかねず、将来のこととレラちゃんの成長を考えれば避けた方が良さそうだ。
明日、ヌーハで詳しく状況を聞いてみることにしよう。
灯りなしで移動するのは困難な時刻になったので、メグさんの家に泊めてもらうことにした。移動できなくはないが、体中ヤマビルだらけになったり、イノシシに突進を喰らったりしかねない。アルビノさんは自分の家に帰り、パーチさんは外の方が落ち着くと言うので、メグさん、レラちゃん、俺の他人3人が川の字になって寝た。起きたら辷の字っぽかったが。
「おはようございますぅ」
起きてしばらくすると、アルビノさんが食べ物を持ってやって来た。保存食や携帯食になるものが多いところを見ると、ヌーハの人たちのくれた物だろう。
「こんなに物を貰えるんだから若い男を寄越せと言えばいいのにねえ」
「そんなことを言ったらいっぱい来ちゃいますぅ」
なんと、メグさんが来る前に、世話係兼食料として若い女が捧げられてきたことがあったそうだ。森の中で暮らすのは大変だからと丁寧にお断りしたというが、ヌーハの街の人たちは、ラミアが人を食うことは知っているわけだ。船で助けてもらったというが、その方法を想像すると知っていて当然と言う気はする。アルビノさんはその時の子どもだろうか。
「それなら願ったりじゃないか、まったく。最近は餌が向こうからやって来ることばかり見ている気がする。昔は1年に1人捕まればいい方だったのに」
どうだろう、命の恩人の娘相手ならそんなもんだろうか。口減らしに奉公に出したり一生長男の手伝いをするのとそう変わらないと思うべきか。
転生者じゃなかったら、俺の人生はそうなっていたわけだが。レナさんに助けてもらって生き延びて、大きくなって油断して近づいて……パクリ、というところか。




