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ラミアの森  作者: 林育造
第3章
32/44

俺はその後、捕まっているというダッケンに会いに行った。

どこかで会っていたかもしれないと思ったのと、言いたいことがいくつかあったからである。議員から、守衛にも相当するのだろう牢番に話を通してもらい、ダッケンが収容されている牢に向かう。

だが、牢で見た男は、見覚えなどなかった。

「何だお前は」

「ママサのゲルツルードと言う者だが……」

「あぁ?ゲルツルードだと、お前が狂犬病の薬師か。……なぜこんなに遅くなった」

俺は狂犬病じゃないぞ、それに遅くなったとはどういうことだ。意味が分からず黙っていると、

「お前がもっと早く来ていれば、私はこんな目に会わずに済んだんだ。おいっ、これで薬師を呼べることが分かっただろう、さっさと私をここから出せ」

いや、こっちこそお前に呼ばれてきたわけじゃないし。

ダメだコイツ、話が通じないし他人(ひと)の話を聞かないタイプの人間だ。これ以上話をするのは無駄だし、遅く来たのが悪いのだから代わりに牢に入れ、とか言い出しそうだったので、話をするのをあきらめ、さっさと牢のある建物を出た。

「あの通りの状況なのですが、ご友人と言うわけではないのですね」

「ありえません」

あんなのと一緒にされてはたまらない、即座に否定しておく。なんでも、いかにも自信たっぷりに話すので、言うことを信じてしまう者が多かったらしい。

出て来たらまた妄言で人を惑わしそうだが、家財すべて没収の上で鉱山送りと聞いているので滅多なことはないであろう。ラミアかピラーニャの餌にするにしても、相手をするラミアがかわいそうだし、ピラーニャは不味くなりそうだ。


それから、マスバンが殺されていたという場所も行ってみた。潰れたアンコウのようだと言うので余程の力で殴ったのかと思っていたら、潰れたアンコウなのはマスバンの顔だそうだ。言葉をちゃんと聞き取れないようではパーチさんを笑えない。

現場はなんと、昨日我々が泊まっていた建物のすぐ前であった。我々が泊まっていた建物は石造りのしっかりしたもので、階も4階だったから窓からの侵入は無理だったろうが、都市全体で治安の状態はそれほど悪く見えないものの、夜になると結構警戒すべき状態なのかもしれない。凶器に使われたという酒瓶の破片はまだ残っており、ハイロさんも良く飲んでいるので見覚えのある、マナド産蒸留酒の物だった。

直ぐ近くに石も転がっているのに、なぜわざわざあんなものを凶器にしたのだろうか。


昼からは、ワクチンの作製と接種方法の説明を行った。

まず、基本となるのが注射器である。マナドには中空の穴を持つ針を作成する技術があるかどうか不明であるため、その作成方法から説明しなければならなかった。シリンダーとピストンの概念を伝えるのにも苦労した。説明のため、携帯飲み水濾過装置を1個分解し、水鉄砲を作る羽目になってしまった。

幸いにと言うか、狂犬病流行地であるマナド周辺では狂犬病に罹ったウサギを入手するのは難しくない。

しかし、脊髄を取り出す実演のところで一斉に引かれた。

なぜだ、みんなウサギ料理はしないのか。それに死体だって、マスバン(にんげん)の死体をごく普通に扱っているようだったが……。

なんだな、人間の死体は何ともないのに、ウサギの死体にビビる連中と言うのは滑稽だ。猛獣使いが猫に引っ掻かれて泣いているようなイメージがある。


説明が終わったのはかなり夕方に近かったが、それからバントゥ氏の所にも伺った。

かなりやせていたが、何となく記憶にある人だった。落とし穴に落ちて泥まみれになりながらも、的確な攻撃指示を出していた人だったはずだ。

バントゥ氏は一時期破傷風でかなり危険な状態になったが、今は落ち着いているという。一応抗生物質(カビ汁)は持って来たので、状況によっては投与しても良かったが、もう落ち着いていると云う事なのでお見舞いだけ述べて辞することにした。


今日1日で伝えることは大体伝えたし、ママサ侵攻の実情もある程度理解はできた。言いたいことはほとんど言えなかったが、当事者の一方はすでに死亡、もう一方は話が通じそうにないのだから諦めるしかない。今後、ママサに対して余計なちょっかいを出さず、鉄の供給などの約束を反故にされないためにいっちょう、爆雷のルッツの実演でもしておく……ハッ、俺は今なにを考えて二つ名を呟いていたんだ?

危ない危ない、そんな二つ名など不要だ。爆破など、約束を破ってからでも遅くはないだろう。


結局、今回のマナド動乱での被害は、マナド側が死者・行方不明66名、負傷者51名、他に現在もママサに拘留中の者が19名である。労働奴隷になっている19名は、順次マナドに送り返すことになった。移動はもちろん、自費かつ自己責任である。

ママサ側の被害は、負傷者56名、ほとんどは市場倒壊によるものだ。他に森の一部が焼失し、ラミア族が数名行方不明になっているはずだが、環境破壊に対する補償の概念などないし、ラミア族は減った分よりはるかに多くマナド兵を原料として殖えているので、すでに補償してもらっているようなものである。ただ、この部分は俺が勝手に解決して良いものではないので、帰りに森に寄って意見を聞くことにした。


翌日、マナドのハルピュイア通信で解決と帰還することをママサに連絡してもらい、帰還の途に就いた。ハルピュイア通信は伝書鳩と違い、どちら方向にも使えるので便利だ。だが、マナドではどうやってハルピュイアに云う事を聞かせているのだろうか。

帰りは、途中タンブーに寄って行くつもりである。ハッピーに仲間がママサに向かうのだから一緒に行って先に帰っているかと聞いたのだが、なんとか聞き取ったところでは、俺と一緒に帰るという。昨夜、俺はハッピーを羽枕だと思っていたが、ハッピーの方は俺を抱き枕にしていたつもりらしい。朝っぱらから道端でぴったりくっつかれ、抱き枕にする意思表示を見せられてしまった。



タンブーは、マリリ川中流に注ぎこむサダン川の上流にある村である。俺の出身地ではあるのだが、村を出されたのが7歳になったばかりの時だったから、村での記憶と言うのは空き地で遊んだ記憶と、畑仕事を手伝わされた記憶ぐらいしかない。

かすかな記憶を頼りに家に行ってみると、親父のヒエッケと母親のドゥアとも健在ではあったが、親父はすでに引退し、長男のハスタートが家を継いでいた。俺がママサで評議員をやっているというと3人とも驚いていたが、元気に暮らしていることを喜んでくれた。

ヌェムと言う嫁がいるというと、今度連れてこいと言われた。連れてくるのは構わないのだが、ヌェムのようにポンポンと言いたいことを言うような女は村にはおらず、それだけで家族はもちろん、村人も驚かせるには十分だと思う。


夕食はイノシシの角煮、スペアリブ、生姜焼きに似た焼肉と、肉団子スープ、野菜である。角煮と言っても醤油があるわけがないのだが、味噌に近いものがあるのでなんとなく角煮と言って差支えがない程度には角煮っぽい。このあたりはサトウキビの様な絞れば砂糖が採れるようなものは無いが、ムクゴという味が薄い割に甘い果実があるので砂糖の代わりとして使える。肉団子は他の料理に使えない部分を叩いて塩や香辛料を交ぜ団子にしたもので、今回はイノシシ料理だから正体が分かっているが、正直言って普段は何が入っているかわかったものではない。コウモリ。トカゲなんかは当たり前で、マシな方である。一応、客としてもてなしてくれたらしい。


酒も出てきたが、もちろんハイロさんがほとんど飲んでしまった。


速いペースで順調に移動できていたのでもう少し滞在しても良かったが、客扱いの者があまり長くいても迷惑なので、3日目の朝に出立した。子どもの時のようにサダン川の合流地点から船を出せるほどの人数ではなく、マナドに向った時と同じようにマリリ川沿いの道を進んで行く。マナド兵たちは暑い中この道を装備を身に着けて行軍し、裸で川を下って行ったわけだ。ご苦労様と言いたい。

マナドを出て15日、ママサへの橋に着いた。顛末を報告するべく、森に寄って行くことにした。焼けてから1ヶ月、焼け跡では驚くほどの勢いで植物が生え始めており、今は草ばかりだが数年もすれば森に戻りそうである。

変わったことと言えば、森の外側で警戒するラミア族がいないことだ。会ったことがない子がいたので、名乗ってからパフかミア、ローザさんあたりを呼んでくれるように頼んだところ

「あの、爆雷のルッツ先生ですか?先日はありがとうございました」

などとお礼を述べてきた。このあたりは燃えなかった端の方なので、消火が遅かったら家がなくなっていたのは確かだ。それにしても、いい加減爆雷は止めて欲しいと言っていたら、パーチさんが

「狂犬病のルッツの方がいいのかい」

と言う。そういうわけではないのを知っていて言うあたり、ポチと呼んでほしいに違いない。

やって来たローザさんに顛末を報告した。ローザさんはあっさり、

「我々もたくさん食べて子どもができたし、そういうものよ」

で片付けた。ここのところ生まれた子どもは年取った者が連れて、各地の森を求めて旅だったという。親が連れて行くと子育てしている間繁殖できないし、大人は食糧不足の時に子どもにとっての非常食でもあるらしいので、親ではない方が都合が良いと言っていた。

「病気で死んだわけでなくても、人間は食べずに埋めてしまうんでしょう?勿体ないわよねぇ」

と言われても、どう返答すればよいのか。


我々はこうして無事、ママサに戻ったのだった。

次話は、回避推奨のうざい解説です

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