表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラミアの森  作者: 林育造
第3章
31/44

ところが、薬師を迎えに行ったはずの兵士たちは、帰ってこなかった。ごく一部の者が帰還し「ママサで攻撃を受けた」「薬師は約束を破った」「みんな捕まった」

と、嘘八百からなる報告をしたのである。逃げ帰ったのはマスバンの配下のみで、正規兵がラミアの森で消えたのが徒になっている。


そこに、ママサから市場の被害に対する賠償を求める使者が来た。捕縛者名簿を見ると、行ったはずの正規兵の名前がない。名簿にあるのは、ごろつきとはいえ一般人の名前だけだ。マナド側は捕まっていないのなら正規兵が帰ってくるはずと考え、連絡を待つことにした。だが、時間が経っても兵は帰って来ず、結果的に要求を受け入れられないと返答したわけである。

正規兵が帰ってこなかったことにより、嘘八百の報告が真実味を帯びてしまった。さらに配下がごっそり捕まったマスバンのごり押しにより、捕虜奪還、薬師確保の軍が配備された。密偵からの報告でママサの警戒が薄れる日の存在が明らかになり、侵攻が決定した。これが第2回ママサ侵攻である。


従って第2回侵攻の目的は、状況の確認と(ごろつきとはいえ)一応マナド民の奪還、あわよくば薬師、すなわち俺の確保であった。

この時はママサ兵が訓練で不在だと思っていたので、遠距離攻撃手段は必要ないとの判断で、剣などでのみ武装、捕虜の回収を優先するはずであった。ところが予想外の反撃を受け、敗退してしまう。

ちなみに、この時の部隊を率い、橋から部隊を3つに分けて俺を驚かせたのがマナド軍西部担当隊隊長のバントゥ氏であった。バントゥ氏は運の悪いことに帰還後破傷風を発症し、療養中という。だから西部担当隊隊長は今空位なのである。


2回の作戦失敗、しかもそれが兵の数がはるかに少ない街との交戦に因るのだから、ここで慎重論が出始めた。しかし、薬師の確保にこだわったマスバンとダッケンは、一部の自分を支持する兵士に、残った配下を加えて再度ママサに侵攻しようとした。この時、勝手に兵を動かすわけにはいかないと、渋々北部担当隊隊長タデ氏が部隊長を務めたのだが、寄せ集め部隊兵の統率がとれているはずもなく、略奪した食料と酒が口に合わずに体調を崩したところを攻撃され、第3回侵攻はあっさり失敗に終わってしまった。タデ氏は率いた兵士の程度の低さに呆れ、我々の尋問にあっさり状況を答えている。


こうなると、ママサ侵攻は危険で、簡単にはいかないとの認識が広がり、その原因の検討を求める声が噴出した。事の発端はママサに薬師の確保が可能との情報であり、それが間違っていたことが明らかになって来たのである。

もはやこうなると、ダッケンとマスバンも必死である。しかし、もう彼らにはマナド兵を動員したり議会を動かす力はなかった。残されたわずかな配下の者だけを、特攻させるように派遣するだけだったらしい。


この部隊は全滅しているのでマナド側は何が起こったのかと言う情報を持っていない。正規軍兵士でもない構成員であることから考えて、最後の連中に橋のところで骨の散らばる狭い道を行く度胸があったとは思えない。そのまま広い道を進み、ラミア族と戦闘状態になったのではないだろうか。


ここで、マナド議会はダッケンに対し、薬師がマナドに招聘できるという根拠を問いただした。ダッケンは招聘ではなく訪問のつもりだったとか、意味の通じない言い訳をしたようだが、根拠や証拠が提示できるはずもなく、有罪と判断された。さらに、敗退を繰り返した軍部からも責任を問う声が上がった。結果、ごり押しによって無意味な出兵を繰り返させ、さらに虚偽の報告によって被害を拡大させた責任も合わせ、マスバンも有罪となった訳である。ダッケンとマスバンは現在地下牢で幽閉中とのことで、正しいことを何もしていないので、良くて強制労働ではないかと言う話である。


マナド側からは、改めてワクチン生成技術提供を求める打診があった。俺としては伝えるのは構わないし独自に改良してもらっても良いが、うまくいかなくても責任は持てないし他の技術を要求されても困るということを伝えた。


それを受けてか、翌日に薬師()の歓迎式典が行われた。端的に言うと、接待お食事会である。河口の都市だけあって海産物を中心とした豊富なメニューに舌鼓を打った。その席上、ワクチン技術の見返りの話が出たので、製鉄技術と鉄製品の提供を要求しておいた。マナド側は俺を酔わせて譲歩を引き出すつもりだったのか、盛んに盃を勧められたが、そのことごとくはハイロさんの乱入によって不成功に終わった。ハイロさんはここにきて、同行者としての役割を立派に果たしたのである。

なお、パーチさんはマナドの人狼(ルーガルー)たちとしばらく話をしていたのだが、軍事機密を(方言で)話してもらえるのかと思っていたところ、マナドの人狼(ルーガルー)が寄ってきて言うには、

「いやー、あの人のママサ方言は分かり難いっス」

だそうである。都市の規模からいうとマナドが中心都市だから、ママサの言葉の方が方言なのは確かである。聞くとママサ方言は【お】の音が【あ】に引っ張られるそうで、パーチさんの名前が実はポチではないか疑惑が大きくなった。


「ハイロさーん、入りますよ」

ガタガタッ。

「あーっ、明日繊細な作業の助手をしてもらうんだからもう飲まないでくださいって言いましたよね」

「いやっ、飲んれないよう」

「舌も回ってないじゃないですか、今後ろに何を隠しましたか?」

「んっ、何も隠してないお」

「へーえ、で、なぜ窓が開いてるんですか」

「つ……星を見てたんだお」

「曇ってますよね」

「あ、いや、雲を見てたんだお」

「はいはい、分かりましたからせめて早く寝てください」

「今寝ようとしてたところらお」

「わかりました、おやすみなさい」

「おやすみぃ」

やれやれ、明日はワクチンの作製と投与の説明、模擬実演だというのに大丈夫だろうか。

宛がわれた部屋に戻ると、酔っ払ったハッピーがベッドで仰向けの大の字、いや穴の字になったあられもない格好で寝ていて、溜息が出た。大きな羽枕とでも思うしかないか。


翌朝、夜陰に乗じて何者かの手引きで地下牢を脱出し、逃亡を謀ったらしいマスバンが、後頭部を酒瓶で殴られ、アンコウのように潰れた死体の状態で見つかったということである。現在までの所、手引きをした人物も、殴った人物も不明である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ