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ラミアの森  作者: 林育造
第3章
30/44

「♪もーもたっろさん、もーもたーろさんっと」

「先生、さっきから歌っているその歌はなんだい」

「いや、何となく」

マリリ川までもうすぐだ。

もうだいぶ暗くなってきたので、今日はこのあたりで一旦野営である。森のこちら側は、先日の火事で燃えた部分が炭化した木が立っているだけの状態になっており、生き物の気配がしないのが却って不気味だ。ハッピーは先に橋の方に行って燃えていない木の上にとまっているらしいのが見える。食事の準備をしていると、

「おや、坊ちゃん。何してるんだい」

と声をかけられた。俺のことを坊ちゃんなんて言うのはレナさんに決まっているが、声の方を見ると小さな子を抱いたレナさんがいた

「あっ、レナさん。その子は?」

「ああ、これはルティ、メグの子だよ」

「えっ、メグさんに何かあったんですか」

「いや、あいつには何もないが、これからこの子と他の場所に向かうのだ」

聞けば、火事で森が小さくなってしまったのと、子どもが増えたため一部の者が森を離れることになったのだという。歳を取った者が小さな子供を連れ、人間の街が近くにある森を見つけてそこに住むらしい。人間の街に近いと定着して殖えるのも早いが反感も多くなりやすく、遠すぎると殖えるのが遅く、そのまま消えてしまうこともあると。

「そういう森って簡単に見つかるものですか」

「だから、子どもが増えた時にしか広がっていかないんだ。若い個体だと経験に乏しいし、歳取った個体だと殖えられないからね。そのまま消えてしまうことがあってもそれはそれで自然なことだ」

「なるほど、それで、これからどちらへ」

「とりあえず、川に沿って行ってみるよ。川沿いなら森があるだろうし、どうしても見つからなければ木の種も持っている」

「そうですか、それではお気をつけて」

移動は彼女らにとって危険の少ない夜間にするのだろうし、一緒に行きましょうとは言えない。それに、ラミア族が定着するということは、近くの街にとっては人間が餌になり始めるということでもある。お勧めできることでもない。木の種って、どこに持っているんだろう……。


次の日、マリリ川に沿って下流へ向かう。川沿いを行く限り、水の心配はない。この世界にも竹のように茎が中空になった植物があり、上下に穴を開けて中に砂や布、消し炭などを入れた飲み水濾過装置の作り方は存在する。その竹筒は旅の必携品である。

パーチさんがいきなり、ダンッと音がするように走り出したかと思うと、50mほど先でウサギを追いかけまわしている。あっ、逃げられた。と、猛烈な勢いで地面を掘り始めた。しばらくすると、掘っているところからウサギが何頭も飛び出してくる。パーチさんはあっという間に5匹ほど捕まえた。あれは何だな、逃がしたのはわざとか。

「ほらよっ、先生」

パーチさんはその中の3頭を我々に渡してくれた。旅の食糧を自給自足できるというのは本当である。何気にハッピーの分もくれるのがありがたい。

そのハッピーはと言うと、自分で食べる分を獲っては来るのだが、たまに持ってくるのは俺の分だけである。基本的にハルピュイアは群れを作らないし個人主義らしい。

しかしながらハッピーの哨戒能力は優秀で、危なそうな動物などがいれば道から離れて迂回することもした。なにしろマナド周辺は狂犬病流行地域なのだ。ヘタに遭遇すれば厄介である。

結局、役に立っていないのはハイロさんだけだが、まぁ特使なんていうのは到着すること自体が目的だからな。


途中、生まれ故郷であるタンブーに寄ろうかとも思ったのだが、今回は早い決着が必要である気がしたので断念し、2週間ほどしてマナドに到着した。ハッピーを先行させて確認してもらったところ、特に警戒をしている様子もなく、兵士の巡回も見られないようだったので、そのまま接近する。河口に広がった都市だけあって船着き場もあり、城壁で囲まれているわけでもないので門番というものも見当たらないが、主要な道の近くには何人かの兵士が詰めている建物が見える。

俺は、何かあった時にすぐ逃げられるように離れた場所で待機し、マナドに何回か来たことがあるというハイロさんが、そういった詰所の一つに行って来訪目的を告げている。すると、離れて見ていてもはっきりわかるくらい、兵士たちが慌てだした。なんというか、いきり立つような危険な慌て方ではない。ハイロさんに跪きかねないような焦り方である。と、一人の兵士が俺の所に走ってやってきて、本当に跪いた。

「失礼いたします。あの、爆雷のルッツ様ご本人でしょうか」

……そっちの名前を出すのかよ、うわー、否定してぇ。

「いかにも、ママサのゲルツルードですが」

「すぐにご案内いたします。少々お待ちください」

椅子を勧められたが、すぐに動けるように壁際に立って待たせてもらう。


暫くすると、隊長なのだろうか、上司っぽい雰囲気の人がやって来て、口上を述べる。

「ゲルツルード様、私はマナド軍西部担当隊副隊長のニッシャーと申します。本来、隊長が対応すべきですが、現在空位となっておりますので私が対応させていただきます。ご来訪はハルピュイアによる連絡により承っておりました。近来、こちらからの失礼な行動によりご迷惑をおかけしました。原因となったダッケン、マスバンの両名はすでに捕縛、収監しておりますので……」

「は?」


ハルピュイアによる連絡って、マナドにもハルピュイア使いっていたんだ……、そりゃそうか。あまりにも意外な言葉に思考がまとまらない。

兵法の極意は戦わずして勝つことらしいが、本当にすでに決着していたらしい。いよいよハイロさんが役に立つ機会を失っていく。その後、議会に連れて行かれたが、格式や上下関係にこだわるであろう人も多いはずの場所で、若造、人狼、酔っぱらい、鳥人というわけのわからない組み合わせのこちらを常に上座に配していたことから、もてなす意識はあるように感じられる。

「今回のママサにご迷惑をかけた件は、一部の者の暴走と判明しております。市場の損害はもちろん、すべて補償させていただきます」

どこから話が急展開したのだろうか。だが良く考えると、補償と言っても市場以外ママサ自体は被害を受けていないのだ。その市場の被害にしても、老朽化したつぎはぎ施設が崩壊したもので、それもマナド兵擬きがすでに建築し終わっている。被害は軽傷を含め50人ほどのけが人だけだ。

森は焼けたが、あの森は厳密にはママサではないし、ラミア族の被害についてママサや俺が勝手に交渉すべきではない。

補償の話は後回しにして、今回の顛末を聞いた。


やはりと言うか、発端はトーキのワクチン接種だった。

トーキはダッケンの配下だったが、狂犬病の流行が拡がって来たことで患者に対応させられることが増え、その不安から、噂を頼りにママサで無理を言ってワクチンを打ってもらいに来たわけだ。そして、結果も出ないうちにその安心感から積極的に狂犬病患者や危険な動物に対応できるようになった。それを見て、ダッケンが不審に思い理由を問うたときに、トーキは

「(無理に)頼んでワクチンを打ってもらった」

と答えたらしいのだが、ダッケンの脳内で何がどう変換されたのか、マナド内で、

「私(の部下)が頼めばワクチンを(打って)くれる」

と言いふらしたらしい。括弧の中が抜けていたとしか思えないが、その時のマナドはすでに狂犬病流行地である。ワクチンの効果を知った者にとって、こんなありがたい話はない。

ダッケンは一気に支持を集め、力をつけて行った。

ここで止めておけば良いものを、ダッケンはさらに暴走し、

「この薬師をマナドに呼べる」

みたいなことを言いだしたらしい。根拠は何だったんだと言いたいが、これに目を付けたのがマスバンだった。この薬師を手に入れれば支持者と権力は思いのまま、とか思ったのだろう。

マナド側は礼儀として正規兵を護衛に付けたつもりだったのだが、マスバンはほとんどごろつき集団からなる自分の配下の者に、

「ダッケンに持って行かれる前にとにかく探して連れてこい」

と、帯同を命じた。

これが、第1回ママサ侵攻である。


要するに、ダッケンの脳内で作られた都合の良い話に、その話を真に受け、権力を得ようとしたマスバンが手柄を横取りしようとしたわけか。聞けばダッケンの妄想癖と言うか、都合の良い解釈で話を進める視野の狭さは有名だったらしいが、狂犬病の脅威の前に、藁をも掴む思いだったのだろう。

ママサにしてみればいい迷惑である。

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