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この街には何種もの亜人種がいる。
人間族、人狼、人猫、豹人などの他、獅子人、虎人なんかもいる。
他に、鼠人間と言えるのだろうか、二本脚で歩くネズミやリスっぽいのもいる。
問題は、二足歩行で巣と言うより家に近いものを作るというだけで、知能が低く意思が疎通できるとは限らないこと、一部の肉食獣人はそれがわかっているのか街中でも平気で低次の消費者、草食動物のニッチにあるこれらの連中を食ってしまうことだ。
薬草の採取などに行くとき、二本脚を口からぶらんとぶら下げたウェアキャットのお姉さんなんかを見かけると、何事かと思ってしまう。
『ほんと、どこのサファリパークだよ、Clűbaのネズミの国に訴えられるぞ』
声は意味の分からないことを言う事も多い。いや、意味の分かることを言うことの方が余程少ない。
一応、食われる方も食われっぱなしではない。
家、というか巣を、わざと虎人さんの家のすぐ前に造るのだ。
ウェアタイガーさんはそういったあまりに小さい獲物は獲らないので、空腹状態の時に気を付けさえすれば、自分たちを狙ってくる他の肉食獣人たちがウェアタイガーさんに捕まってしまうのを待てば良いのだ。
『共生の見本のような関係だな』
あと、なぜかウサギとイノシシは獣人がおらず、野生動物として生息している。肉食系の獣人の通常の食物は、こういった動物である。
だが、存在しているのに、街でほとんど見られない亜人種がいる。
1つはハルピュイア(ハーピー)。
ハルピュイアは基本的に空中生活をしており、歩くより飛んでいることの方が多いため、飛び立ちやすいよう高い木の上に家を造ることにしているらしく、街の中には家がない。
だが、近くに住む猟師のカルボさんは、狩りの助手としてハルピュイアを3人使っており、その3羽はカルボさんの家に住んでいる。
カルボさんいわく「ハルピュイアのメスはオスとしての力を見せてやると言うことを聞く」のだそうだ。どうやってオスとしての力を見せるのかは教えてくれないが、夜にカルボさんの家の前を通りかかると、力を見せているらしい声が聞こえてくることがあるので、何となく方法がわかる。
だが、街中では全く見ることができないのが、人型象と人魚、蛇女である。
エレファスは単に体が大きく、街中に住むと建物や道幅の規格が大きくなりすぎるから、マーフォークは水棲だからだが、ラミアは「ヒトの精を吸う」と言われて忌み嫌われており、要は人間種と共存できないのだ。
「ごめんください」
「はーい」
そう言って、店に入ってきたのはその蛇女族さんだった。
「あの、こちらの店では我々にも薬を売っていただけると聞いてきました。傷薬を売っていただけませんか」
「どのような傷ですか……えっ?もしかしてレナさん?」
「確かに私はレナですが……人族で我々の区別ができる方と言うのは珍しいですね」
「私です、昔助けていただいたルッツですよ」
俺が誰かわかったらしく、レナさんの口調ががらりと変わる。こちらが本来の話し方なのだろう。
「おや、誰かと思えば坊ちゃんだったのかい、これは懐かしいねぇ、10年ぶりになるかい。元気そうで良かったよ、大きくなったねえ」
「レナさんもお元気そうで、その節は本当にありがとうございました。でも、坊ちゃんはやめてください」
この蛇女はレナさん。俺は7歳の時この街に奉公に出されて河を渡ってきたのだが、そのとき船が座礁してしまったのだ。船底に穴が開いて浸水し、河に投げ出された人々は肉食魚ピラーニャや大ナマズに襲われたりして大半が命を落としてしまった。
俺はかろうじて浅瀬にたどり着き、陸地に這い上がった。
夜になって怖くなった俺は、無謀にも歩いて街に向かおうとしたのだが、通りかかったレナさんが
「夜に移動するのは危険だから明るくなるまで待ちなさい」
と、歩いて移動しようとした俺を押しとどめ、朝まで一緒にいてくれたのだ。
「俺を餌にするつもりはなかったのですか?」
「ふふ、こども一人食べても量が少ないし、大きくなるのを待った方がいろいろ役に立つと思ったんだよ、現にこうして薬を売ってくれているわけだし。でもほんと、よく私だとわかったねえ」
「なるほど、そういうものですか。……普通、見分けはつきますよ?」
「そうかい?私らみんな顔がほとんど同じはずなんだけど……」
街の人はラミア族を忌み嫌っているが、俺は助けてもらったわけだしこの程度の内容の会話をする程度には気にしていない。
「はい、こちらが傷薬です。銀貨1枚になりますが」
「ありがとう、また宜しくね」
「はい、もちろんです。またいらしてください」
あ、問題がもう一つあった。
街で服を着ているのは人間族だけなのだ。