Ⅵ
「狼煙です、マナド兵、数は約30」
「30?」
二日酔いキノコ作戦以降、なりを潜めていたマナド兵が、3ヶ月ぶりにやって来た。しかし、30人とは、えらく中途半端というか少ない人数である。
新規兵が集まらないと言っていたが、それにしても200で突破できなかったものを30でどうにかなると思っているのだろうか。
違和感と言うか、嫌な予感がする。
街の外、監視用に建てられた櫓の上で、橋の方を見る。白い狼煙と、黒い狼煙が立ち昇っている。
黒い狼煙はこちらからの指示に対する了解の狼煙である。まだ何も指示していないのに、黒い狼煙が上がる筈はない。
森が……燃えてる?
距離があるので俺の目ではわかりにくいが、黒い煙は森の端から出ているようだ。
マナド軍が、森に火をつけたのか。
森に向かった軍が全滅している分には問題はない、だが、ここの所2回続けて森に向かった軍がマナドに戻っている。しかも、その一部はラミア族によって”戦死”しているのだ。
ママサにとって、森が防衛上どのような役割を果たしているかが、分かってしまっているといえる。
残念ながら、どんな方法を使っても森まで急ぐ手段はない。かなり急ぎ、感覚的には4時間ぐらいかけて森まで来てみると、マナド兵らしき死体が多数転がり、森の一部が炎と煙を上げていた。
1羽のイーグルが急降下してきたかと思うと、マナド兵の死体を掴んで飛び上がっていった。
ラミア達はまだ燃え残っている森の縁に固まるようにして佇んでいる。森の外へ出てしまえばイーグルに狙われ、中にとどまれば煙に燻される、このまま炎が広がれば、居場所がなくなってしまうだろう。
固まっている中に、ミアを見つけた。
「ミア、何があった、みんな無事かっ」
呼びかけると、俺にしがみつきながら、マナド兵の死体を指差す。
「あの人たちが、矢を射って来たの。怖かった……助かった人たちは何ヶ所かに分かれて避難……してます」
震えながらミアが説明してくれたところによると、マナド兵は最初、矢を射ってきたらしい。ラミア達は森に逃げ込み、木の枝の間から応戦した。ラミア達の毒矢はどこかに当たれば致命傷であるから、マナド兵を次々に倒すことができたものの、後ろに構えていた連中が火矢を放ってきたのだという。消火する手段が無く、燃え広がってしまった後は逃げるしかなかった。パフはここにはいないが、さらに上流沿いに逃げた者たちもいるという。
「森の中に取り残された人はいるか」
「子育て中で深いところにいた人が多いから、逃げやすかったとは思う。今燃えているのは最初に矢を放っていた周辺だから、あまり人はいなかったはずです。逃げ遅れた人もいるかも知れないけど、いたとしたら……もう……」
「そうか……」
それはともかく、今は消火が先だ。しかし、川が近いとはいえ水を汲む手段も大量にかける手段もない。兵の中には、ラミア族が住んでいるところがなくなっても困らないという意識の者もいるかも知れないので、積極的に消火してくれるかどうかわからない。
やるしかないか。
俺は、念のために持って来た手元のダイナマイトを見つめた。
試行錯誤の結果、作るだけ作ってみた破壊兵器。
ニトログリセリンはグリセリンを混酸に混ぜると生成される。
濃硝酸を作るのと、反応中の温度を下げるのに苦労した。失敗すれば、石造りの建物と言えども壊れかねないし、そもそも中で実験中の自分が壊れてしまう。
結局、大きめの容器に水をいれ、尿素をガンガン溶かすことで温度を下げた。
尿素の結晶をどうやって作ったかは、ヌェムにヘンタイと言われたので内緒だ(協力者にも口止めしてある)。
ニトログリセリンはそのままだと運ぶのも危険であるため、硝酸がうまくできているか確かめるために作った綿火薬と混ぜ、ゲル状にした。
あと、信管と導火線も苦労の産物だ。実験で火薬を作ったなんて、前世でも大昔の記憶だからな。
爆風消火。爆発の爆風により火を消し、木をなぎ倒して燃え広がらない部分を作る消火方法である。
爆破実験もやっていない、ぶっつけである。兵士たちを下がらせる。
導火線に火をつけ、火か燃えている境界めがけて投げ込む。
ダイナマイトは放物線を描き
――バッカーン――。大音響とともに爆発した。
一気に周辺の火が消え、木が倒れる。成功だ。
「よしっ、次行くぞ……って、あれ?」
兵士たちが、腰を抜かしたように座り込み、唖然としている。
「な、何ですか今のは」
「雷かと思った」
「何かの魔法ですか」
口々に疑問を口にする。そりゃぁ生まれて初めて見る爆発物だろうから無理もない。
えーい、ぐずぐずしていたらまた燃えてきてしまう。
俺はさらに奥に進み、燃えているところめがけ2本目を放り投げた。今度もうまく、これから燃えようとしているあたりに落ちて、
――――――。
「あれっ?」
まずい、不発だ。
爆発力がないのは別にいい。しかし、爆発力を残したまま爆発しないのは、いつ爆発するかわからない不安と危険を伴う、最も避けなければならない事態である。
――バッカーン――。
――――っ。様子を窺っていたところで爆発したのでびっくりした、確かにいきなり爆発すると驚くわ。導火線の不備だったか、ちょうど燃え始めたことで再点火したらしい。
あと1発。
燃えている範囲と今までの爆発規模から見て、うまく爆発すれば火が消えたうえで燃えない緩衝地帯ができるだろう。
「これで最後だ、うりゃっ」
――バッカーン――。
「よしっ、燃えそうな枝を片付けるぞっ」
呆然とする兵士に声をかける。今まですぐそばで火が燃えていた森の中は想像以上に熱い。くすぶっている部分に飛んだ枝を退かし、小さい火を枝で叩き消し、燃えそうなものがない緩衝地帯を作っていく。
火災は独立させると、上昇気流により燃えている方に向かって風が吹くので燃え広がりにくくなっていく。
翌朝、ようやくほとんど鎮火した。ラミア達の中にまだ見つからない者が数名いるらしいが、燃えた所は熱くてまだ入れない。
ラミア達に、兵士を食べないように頼む。少し休ませてもらおう。
「ミア、泊めて」
「先生はうちに泊まるのっ」
いつのまにか来ていたパフに、家に連れて行かれた。
火照った体に、ひんやりとした尻尾が気持ちいい。




