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ラミアの森  作者: 林育造
第3章
27/44

「ぴゅっつー、きたー」

「おぉ、来たか。ハッピー、ご苦労さん」

「ひゃん」

頭を撫でてやると、眼を細める。


こいつは多分、いつぞや鍾乳洞からの脱出を手伝ってくれたハルピュイアである。ラミア族の顔は見分けられるのだが、ハルピュイアの見分けはいまいち自信がない。

それどころか、名前も本当のところはわからない。言葉は理解できているようなので「名前は?」と聞くのだが、そのたびに「ぴゃん」「ぴゅいー」「はぴゅぅ」などと返事が異なるのだ。もしかすると、違う個体を同じ個体だと思って聞いているのかもしれない。とりあえず嫌がらないし返事をするので、ハッピーと呼んでいるだけだ。

なぜ戻ってきたのかもよくわからないが、この前マナド軍を制圧したとき、帰りに舞い降りてきた。どうも指示を出して敵を制圧するのを見て、ボスっぽいと認識してもらえたようだ。オスとしての強さの見せ方はいろいろあるらしい。一応、従来のオスの強さの見せ方も何回か。


今我々は、マリリ川に架かる橋の上で朝食中である。ハッピーはここからママサの街の入り口もわかるようだが、林などもあるのでマナド軍が現れたのは4~5里(15~20km)ほど向こうあたりだろう。


「それではみなさん、よろしくお願いします」

「よっしゃ、まかせとけ。川沿いで飯食ってりゃいいんだよな」

「そうです、でもハイロさん、絶対に酒を飲まないで下さいよ」

「わかってるって」

今回の作戦は、3月にやろうとして人が集まらず、断念したものである。結局人集めを口コミに換え、知り合いを中心に集める結果になった。


ハイロさん、ラプルさんはじめ8名で商人を偽装し、川沿いで食事をしてもらう。

マナド軍がやってきたら、驚いて食糧と荷車の酒を放置し、逃げてくる。

たったこれだけのことである。

食糧と酒を積んだ荷車を曳き、8名は川沿いを進んで行った。


昼過ぎ、作戦に向かった人たちが戻ってきた。見ると、ハイロさんは顔が真っ赤である。

フラフラのハイロさんに、少々呆れてしまう。

「あれだけ言ったのに、酒飲みましたね」

「いや、酒の口も開けてないと逆に怪しまれると思って……痛てて……飲むつもりはなかったんだけどうっ」

「でもまぁ、おかげで奴らは酒飲んで飯食ってるぜ」

何ともないラプルさんが状況を報告してくれる。きつい行軍の途中で飯と酒を見つけたのに、放置して進軍を命じたら士気が下がってしまうだろう。目論見通り休憩してくれているらしい。


「了解です、では……突撃!」

兵士30人ほどを引き連れ、マナド軍がいるであろう場所を目指す。

暫くすると、150人くらいの集団が、座り込んでいるのが見えてきた。

彼らは我々が近づくのを見て立ち上がろうとするが、半数は再び座り込んでしまう。

向かってきた集団も、走るのはもちろん、歩くのも辛そうである。武器を構えてはいるが、武器が重いようで持っているのがやっとという感じだ。

先頭の兵士が戦闘になった。マナド兵は剣を振り回すが、大振りで、しかも動きが遅いので難なく避けられ、逆にママサ兵に突かれて剣を取り落したり倒れこんだりしている。

数合打ち合わせるごとに、マナド兵は倒れていく。ごく一部に動きの良い兵士もいるが、そういった兵士は優先的に取り囲んで無力化する。

不利を悟って逃げ出そうとしたマナド兵も、走り始めてすぐに倒れていく。人数はこちらの方がはるかに少ないのに、ほどなく立っているのはママサ兵だけになった。


武器と装備をすべて奪って荷車に乗せ、部隊長と思しき者だけを引っ立てて他の者は放置する。重くなるので酒を少しお土産に置いてやった。当分酒など見たくもないだろうが。


橋まで戻ると、ハイロさんはまだのびていた。

「あうー、ルッツ勝ったかー」

「はい、無事勝利しました。負傷者は治療済みです。ハイロさんはどうします、歩いて帰りますか」

「たのむ、積んで帰ってくれぃ」

「でも、荷車を曳くのは兵士さんたちですし」

そう言うと、ハイロさんは兵士に向かってまだ赤い顔で

「おれらいしまっす」

とか言っている。何とか荷車に乗せてもらえたようだ。

さらに荷車酔いをも併発したハイロさんに1週間は酒を飲まないように言うと

「二度と飲まない」

と言っていた。その決意はおそらく、1週間しかたないだろう。


今回何をやったかと言うと、毒キノコ入りの食事を食わせただけである。

メグさんと話していて、ひどい目に会うキノコの話になり、オクタデセン酸かコプリンを含んでいるらしいキノコが存在していることを知った。オクタデセン酸はアセトアルデヒドの分解を阻害するので、酒を飲むといきなり二日酔い状態になるのだ。有名な毒キノコだと見ただけでバレてしまうと思い、実際に食べて見せたのである。これらのキノコは、酒を飲まなければおいしく、何の問題もない。


ママサに戻った我々は、捕虜にした部隊長を尋問した。別に拷問などしていない。素直に答えないと、のどが渇いても酒しかやらないと言っただけだ。それによると


マナドとしては、狂犬病のワクチンが何としても欲しい。


ワクチンの効果については、咬まれても発病しなかったトーキ(ワクチンを射った人)が実証している。


ママサと話し合いで技術を何とかしようという意見も多いが、有力者のマスバンとダッケンの二人が薬師の確保にこだわり、前回の作戦で用いたクロロアセトフェノンも同じ薬師の仕業だろうと勝手に決めつけ(実際そうなのだが)、今回の派兵となった。


兵士を辞めてしまう者も出ているのに新規兵はあまり集まらず、守備隊を含めてもマナドでは兵士が一気に減ってしまった。数少ない新規兵を訓練中。


とのことだ。こちらとしては技術の提供は吝かではないが、注射などと言う注意すべき方法を取るわけなので注射針による事故や副作用、ウィルスの処理不十分による感染なども不安である。しかし、マスバンとダッケンの考え方が変化するか、あるいは失脚でもしない限り、マナドからの侵攻は止まりそうにない。


殲滅は実に簡単だ。銅鉱石から硫黄の抽出ができたので、塩酸、硝酸、硫酸が揃った。ヌェムに造り酒屋を紹介してもらい、グリセリンの入手もできたのでニトロセルロースとニトログリセリンも作成できた。是非はともかく、マナドを都市ごと消すことすら可能かもしれない。


だが、街や都市(ポリス)が散在するだけのこの世界で、そんなものを使用して良いものだろうか。

使用することで抑止力として侵攻が止まれば良いが、話からするとマスバンやダッケンはその破壊力さえ欲しがるかもしれない。隠していても存在する技術はいつか伝わってしまうのではないかと思う。大きすぎる破壊力がどのような結果を産むか知る者として、使用は躊躇せざるを得ない。


使用しなかったら侵攻が続き、被害が出るかも知れない。

使用すれば侵攻は止められるだろうが、世界の破壊につながるかも知れない。


どうすればよいのだろうか。

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