九
結局、捕まえたマナド兵の話から、市場で略奪を働こうとしたのはマスバンというマナドの評議員の私兵のようなもので、俺を街の外に追跡したのがマナドの正規兵らしいことがわかった。何でも、俺が狂犬病ワクチンの技術と共にマナドに移籍?移住?することになっており、マナド兵たちは俺を保護しつつマナドに連れて行くためにやって来たらしい。だからママサ側との戦闘など予定しておらず、わずかな人数で来たわけである。
しかし、店に行ってみると俺はおらず、連れて行くことがかなわないまま滞在費がかさみ、私兵連中が市場で暴れたというわけだ。当然ながら俺が技術もろとも移住する約束などするはずがないが、現に狂犬病ワクチンを接種してもらった者がいたためマスバンが勝手に話をでっち上げ、兵を動かしたらしい。
肝心のそのワクチン接種者であるが、兵の制服を着ていなかったことから民間人に紛れて逃げてしまい、詳しい状況が不明のままである。
「ゲルツルード殿は本当に、マナドに移住する約束などはされておりませんね?」
「してません、する利点がないです」
ママサの評議委員会議長にはさらに、マナドは知り合いがいるわけでもなく、俺がいなくなったらラミア族に薬を譲る者もいなくなってしまう。昔の話とはいえ助けてもらったのは確かなのだし、周囲と相談もなしにそんなことを決めたりはしない、と言うことを伝え、納得してもらった。
「移住したら、店が広くなったかなぁ」
「さあ、その前に移住なんてしないよ」
「客も多くなるし、マナドの方が住みやすいんじゃない?」
人の話を聞かない奴が一人いたが。
議長によれば、実際に略奪しようとして破壊したのは評議員個人の私兵とはいえ、マナド兵と共に動いてママサの街で破壊活動をしたのは確かであるため、ママサ側としてはマナド兵の破壊活動があったとして今回の被害の賠償と、収監中の兵士の食事など維持費を請求することになるだろうとのこと。さらに、建設費すべても市場の修理代としてマナドに請求するつもりらしい。議長曰く、請求内容は政治的駆け引きとのことである。戦に負けるとこうなるわけね。
今後、評議委員の誰かが使者としてマナドとの交渉に当たり、金額と現在収監中の捕虜の引き渡し方法などを決めていくことになる。マスバン以外のマナドの評議委員にしてみれば、ママサの薬師が約束を破ったうえ派遣した兵がほとんど消えてしまったことになる。非正規兵である半分が捕虜になっており、正規兵の残り半分は消えてしまったのだ。マナドとしては、金を払う気にならないかもしれない。もし、マナド側が賠償・修理費の支払いを拒否すれば、私兵部隊の20名はピラーニャの餌になるか戦時奴隷として土木工事である。
交渉して一応の決着をつけるつもりだが、残ったのが私兵だけだから支払いを拒否した上で、兵の返還と薬師の移住へとさらに圧力をかけるため、次は本気の派兵をするかもしれない。今後しばらくはマナドの動向に要注意である。
ところで、マナド兵には狼男がいて街内外の連絡を行っていたはずで、知り合いの人狼に、
「俺を追いかける算段の連絡が街の外との間で行われていることを、どうして誰にも教えてくれなかったんだ」
と聞いたら、
「いやぁ、何か言ってるのは知ってたがマナド方言はわからねぇから」
と言われた。本当に何の話かわからなかったのだろう。確かに、軍事情報が洩れては意味がない。
ここまでは、ママサとして決着した部分である。
「そこで、どうして店の方に向かったのよ」
「いや、店の近くなら抜け道とか良く知ってるし、隠れ場所もいくつか知ってるからさぁ」
「ウェアウルフがいるのよ、隠れても意味ないじゃない」
「だから、隠れるのをやめて逃げたんだよ」
「隠れても意味ないのは最初からわかってたでしょ、だったらどうして店の方に行ったのよ」
戻ってきた次の日には、ほぼ危険が去ったということで隠れ家を引き払い、店に戻ってきた。ヌェムはなぜかしっかりついてきて、俺の行動についていろいろSEKKYOU(本人いわく”反省会”)をしているところだ。
「それで、ラミアの人には迷惑がかかると思わなかったの?」
「んーと、マナド兵より強かったよ?」
「相手は兵士よ、怪我したらどうすんのよ」
「怪我したら俺が治療を……」
「その時はもうあんた逃げた後でしょうが」
ヌェムはメグさんと酒談義もしたし、店番をするうちにラミア族にも慣れて、ラミア族が女には何もしでかさないのを理解してきている。ヌェムの中ではラミア族はお客さんであり、別に怪我してもいいや、と言う感覚ではなくなっている。そのため、ラミア族を危険にさらしたと怒っているのだ。
しかし、間もなくラミア族の間でベビーラッシュが起こるはずだから、危険にさらされたわけではないことが証明されるだろう。
「で、どうやって洞窟から脱出したって?」
おっと、ここはどう説明すべきか。
「あー、魚を使ってハルピュイアを呼んで、ロープを持ってきてもらった」
途中少し省略しているが、嘘はついていない。
「ふーん、言葉通じるんだ」
感心したようにヌェムが言う。藪蛇になると面倒なので、カルボさんがどうとかは持ち出さない。
「それは、隠れ家の前までついてきてたあの子ね、魚1匹でずっと付いてきてくれたんだ」
「え、いや、あの」
「最後、お礼に何かあげた?」
「あげてません……」
「次の狩りの時にでも出会ったらちゃんとお礼しておくのよ」
狩りに行く時って言っても、ハーピーは肉食だ。獲物を警戒させたり、余計な肉食獣呼ぶから、お礼の肉なんて持っていきたくはないんだが。
それに、荒野の真ん中で?
次話は、本作の設定についてと、その地球科学上の解説を挟みますが、読み飛ばしていただいても何の問題もありません。今回も、かなりウザったい内容なので読み飛ばし推奨です




