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ラミアの森  作者: 林育造
第1章
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ここから本編です

「さて、大丈夫かな」

俺は部屋からカウンターの内側へ出ると、棚の酒が無事かどうか確かめた。

と言っても、酒屋と言うわけではない。

俺はゲルツルード、農家の六男だ。普通、農家の六男なんてものは家を継げる訳もなく、女のように売れるわけもなく、口減らしに奉公に出されるか、実家でただの労働力として一生を終えるものだ。

間違っても自分の家や店を持てるものではない。

しかし、俺はこのママサの街で薬師として店を構え、独立することができている。

棚の酒は、消毒用に置いてあるものだ。

ただ、酒が置いてあることは知られているので、偶に酔っ払いが侵入し、飲んでしまうことがあるのだ。今朝も酔っ払いが二人と空っぽの酒瓶が2本、床に転がっている。

あんな度の強い酒を一人1本も飲んだらそりゃあ倒れるわな……。


『……いっそ木精(メタノール)置いといてやるか……』

これだ。俺が薬師として店まで持つことができているのは、頭の中に聞こえてくる声が、誰も知らない病やけがの対処方法を教えてくれるからなのだ。そして、声に従って勝手に体が動くように作業できるのである。


最初は消毒に酒を使うことや、食中毒の対処だった。俺は自分がおかしくなったのだと思った。

俺がおかしくないと気付き、しかも有名になったのは、今から5年ほど前、17歳の時だ。


7歳から奉公に来ていた俺は、そのころには八百屋の下働きとして、店番を任される程度になっていた。

八百屋と言っても、野菜・果実はもとより飲み物、軽食、薬草なんかも扱っていた。

その年は天候不順で冬が長く、街で壊血病が発生したのだ。

冬は乾物・干物を扱っていたのだが、声に従って豆から「もやし」を作って野菜として売り出し、それを壊血病患者に与えた所、全員次々に壊血病が治っていったのである。


それ以降、薬師の真似事を始めていったが、八百屋の店舗の軒を借りるような形態で営業しており、置いておくと確実に酒が消えるためいろいろ持って帰らざるを得ず、規模を大きくできなかった。


この世界には獣人・亜人など、ヒト以外の人種も多い。

2年前、獣人の間で狂犬病が広がった。

狂犬病は狂犬病に罹った患者や動物に咬まれると発症し、水音や水のきらめき、風の音などに狂ったように過剰に反応して攻撃的になり、やがて衰弱していく。

咬まれると2ヶ月以内に発症し、一旦発症すると絶対に助からないとされていた。


その日、街の外でディケンスさんとその息子が狂犬病の患者に咬まれるという事件が起こった。まず子供が襲われ、ディケンスさんは子供を庇って咬まれてしまったのである。


ディケンスさんは街最大の商店のオーナーで、咬まれて自分はもう助からないと思ったのだが、弟の勧めで不思議な治療をしたことがあるという噂の俺の所へ来たのだ。


そのとき、俺は狂犬病が広がってきたことを聞き、声に従ってあるものを作っていた。

もともと消毒用に鍛冶屋から石炭酸(フェノール)を貰っていたのだが、狂犬病にかかったウサギの脊髄を石炭酸に漬け、抽出したものである。

ディケンスさんと息子が絶望的な表情でやってきたとき、俺は二人にその抽出物を細くしたガラス管で投与した。

そもそもウサギの脊髄を取り出したり、それを石炭酸に漬けてすり潰し、抽出物とはいえガラス管で皮下に投与するなど、そんなことをやろうと思うこと自体が異常である。

しかも、その異常な行為を狂犬病にかかるかもしれない人に1日おきに3回も4回もやったのだ。

もし、あの声が自分の妄想であるなら、俺は狂っている。


咬まれて3週間が経ったころ、ディケンスさんは鍵がかかる丈夫な檻を取り寄せ、自分と息子を入れてくれと頼んだ。


というか、自ら入った。


「あの、自分で鍵を開けて入っても、開けて出られるのだから意味がないのではありませんか?」

「大丈夫だ、狂犬病が発症したら鍵を開けるなんて言う知能は残っていない」


それは、その通りである。本来狂犬病の野獣や患者に咬まれれば、もう助からないということで身内に殺されてしまうか、街の外にこっそり捨てられるか(そのため、さらに流行する)なのだが、発症すれば戻ってくるような知能は残っていない。


俺がディケンスさんたちを檻に閉じ込めているように見えるといけないというので、昼間は店を手伝い、寝る前に自分で檻に入っていくという生活が続いた。

咬まれてから3週間経ち、4週間経ったころ、息子の方が少し熱を出した。ディケンスさんは檻の中からオロオロと息子を見守った。

だが、息子はそれだけで熱が下がり、2ヶ月、3か月、ついに半年経ってもディケンスさんとその息子は狂犬病を発症しなかった。


ママサで狂犬病ワクチン(命名・声)が誕生したのであった。


ディケンスさんは感謝のしるしだと、俺に店を一つくれた。それがいまやっているこの店舗だ。


その後、機材をそろえ、抽出の精度を上げてワクチンの完成度を高めることで、咬まれた人の半分は助かるくらいになっている。

並行して、本格的に薬師の仕事をやるようになり、日中は多くの人が訪れるようになって繁盛している。

声は聞こえるばかりでなく、あるときは声が聞こえないまま勝手に手が動いていろいろ作ったりすることもある。

今は自分ではよくわからないが、砂糖を加えた煮凝りにカビを生やしているところである。


砂糖だって安くないのに。

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