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ラミアの森  作者: 林育造
第2章
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「ぶはっ、べっ……ぺっ」

少しの浮遊感の後、俺はどこかに落下したようだ。砂と一緒に落下したので砂がクッションのような働きをし、まぁ何とか頭をぶつけたりはしなかったので呼吸はできる、頭上から砂がかかってくる感じはするが、圧迫感はない。ただ、真っ暗だ。見事に何も見えず、眼を開けても閉じても、視野の状態は変わらない。音の反響の様子からは、ある程度の広さのある空間にいるらしいことだけはわかる。ぼうーっとしているとさらに落ちてくる砂に埋もれそうなので、斜めになった砂の山を少し降りるように移動する。

直ぐ近くにいたパフは無事だろうか。もっとも、パフアダーなら砂の上の移動は得意だから、あの程度の砂なら難なく逃げたとは思うが。

そうだパフアダー、私はパフアダーに咬まれて死んだのだった。


いや、俺はこうして生きているぞ?


そうだ、思い出した。()は青山正則、パフアダーに咬まれたあと、不思議な老人のいる空間で話をしたんだった。蛇神を名乗るその老人は、にこやかな表情で()の死を残念だと述べ、()にさらに蛇と交流する機会をくれると言った。その空間では、思念だけだったが俺を咬んだパフアダーからの謝罪もあったので、本能的な反応なのだから気にするなと伝えておいた。老人はそれに対しさらに目を細めていたが……。


そして、気付けば子どもになっていたのだった。記憶はあったが、親らしき人は聞き取れない言葉で話し、辞書もない状態で理解する自信がなかったし、体自体自分の意識を持っているらしかったので、そのままにしておいたのだ。結局言葉なんかはその意識の方が学習しながら大きくなり、時々選択肢をどうにかできるときに口を出したり体を動かすだけにしておいた。その結果、いつの間にか記憶が曖昧になっていたものの十分な自我と共に育ち、今、精神と行動が一致したというか、すんなりと思考できるようになったようだ。

さて、現在の状況を把握するべきだろう。

俺は流砂に呑み込まれ、ここに落ちてきた。全く光がないことと空間の感じから、地下の空洞に落ちてきたようだ。水が流れているらしい音も聞こえるので、鍾乳洞だろうか。だが、真っ暗闇でうっかり行動すると、岩や壁にぶつかったり、流れに落ちたりするかもしれない。

まずは灯りの確保である。幸い、背負っていた荷物はそのままだ。中を手探りで確かめると、消毒用に入れていた酒ビンは壊れていない。消毒用の酒は75度以上の物が適しているため、この酒は蒸留を繰り返した度数が80度近くあるもので、簡単に火がつくはずだ。包帯用に持ってきた布を捩って芯にし、酒瓶の口にねじ込む。傾けてアルコールを沁みこませ、これに火をつければ即席のアルコールランプになるだろう。ナイフと、さっき河原で魚を焼いた時に使った火打石がポケットに……よし、あった。

カチッカチッと何回か火花を飛ばしていると、布に火がついた。明るいものではないが真っ暗闇を照らすには十分である。


鍾乳石らしいものがいくつも垂れ下がっているので、この空間は鍾乳洞と思われる。以前ここの地上に来た時には岩だらけの中にすり鉢状にへこんだところがあり、底に穴が開いていたが、風に流されてきた砂が溜まってそれがわからなくなったため、穴に落ちていく砂に巻き込まれたのだろう。

そこらじゅうが砂でざらざらするので蒸留酒(アルコール)ランプを砂の上に置き、体の砂を払う。落ちてきた砂は山になっているが、水の流れがあってそこで流されているようで、流れの側だけは切り立ったようになっている。危ない、向こう側に落とされてそのまま移動していれば、流れに落ちていたところだ。溺れるほどの水量ではなさそうだが、酒瓶が割れたり、布が濡れて火をつける手段を無くしていたかもしれない。


砂の山の横に、別の山がある。砂よりも粒子が大きく、かすかな明かりでもわかる程度の粒の大きさがある。裾の部分を踏むと、ザラッと乾いた音を立てた。これはコウモリの糞だ。

俺はホッとした。コウモリは洞窟に住んでいるが、夕方以降洞窟を出て、外に食事に行く。コウモリの糞があるということは、この鍾乳洞が、コウモリの通れる空間によって外に通じているという証拠である。

そんなことを考えていると、足首がもぞもぞする。見ると、腹がやたらと大きく、脚の長い眼の無い昆虫が歩いていた。これはゴミムシか?だが、その数が尋常ではない。やたらと歩いており、何匹かが俺の足に咬みつこうとしている。

光が射さない洞窟では、栄養となるのはコウモリの糞とコウモリの死体だけで、それらをもとにした独自の生態系ができあがっている。だが、死体は滅多に供給される訳ではなく、糞に含まれる主な栄養源は未消化の昆虫の複眼(目玉)などである。その含有率は、コウモリの糞を材料にして蚊の目玉のスープが作れるほどであるが、だからと言って栄養豊富なはずもない。にもかかわらず、この虫の数はどういうことだ?


改めて酒瓶(ランプ)を持って掲げると、壁の近くに鈍く光る棒状の物を見つけた。何とか近づいてみるとそれは刀で、刀身に墨流し紋と言うのか、多くの波紋が見られる。

俺は、ローザさんの話を思い出した。パフとミアの父、ヤークタさんと言ったか、が持っていた剣には波紋があったと。見ると、横に骨のようなものが見える。これが、ヤークタさんなのか。落ちてしまったのだろうか。

しかし、ヤークタさんなら、ここに来たのは4年ほど前だということになる。その当時はまだ、地上は砂に埋まっていなかったはずだ。冒険者たるもの、窪地の穴に落ちたり、明かりも装備もなしに入ってきたりするものだろうか。足を岩に挟んで出られなくなったとでも言うのか。


俺は慎重に周囲を見渡した。暗いのでわかりにくいが、砂の山と、糞の山があるだけで、その上をずんぐりとしていながらヒョロヒョロの脚を持つ虫が這いまわっている。

ふと見ると、糞の山の向こう側に不自然なでっぱりが見えた。おかしい、糞は乾燥してさらさらしているから、崩れるにしても綺麗な斜面を形成するはずで、あんな出っ張りができるはずはない。


そちらを照らそうと明かりを掲げると、そのでっぱりがザ―――ッっと糞をまき散らしながら動き、体全体を現した。


なんだあれは、オオサンショウウオか?しかし、でかすぎる。普通は1m程度のものだと思うが、こいつはざっと3mはあるぞ。普通の大きさでさえ、オオサンショウウオは巨大な口と、鋭い歯を持つ最強の両生類なのだ。

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