10
ラミア族の双子は育ちにくいという話だったので、どうやって育ったのかと思いきいてみた。
「我々は子どもを育てているから森の中心にいるんだけどね、そうではない、これから繁殖しようって個体は、森の縁にいるの。そして、いつも人間を待っているわけじゃあない。餌を獲るために狩りもするわ。みんなで大きな円を作って2、3人でそこへ獲物を追い込み、だんだん円を狭めていって獲物が近くに来たら咬みつくの。そうやって倒した獲物をみんなで分けて餌にしてるわけ。あの時私は追い込む係だったんだけど、みんなのいる方へイノシシを追い込んだ後、草原で人間が倒れているのを見つけたのよ。」
「ほう?」
「見ると男が倒れてたから、これはいい獲物拾ったって、家に連れて帰って水を飲ませて介抱して、さあこれからって時に」
ローザさん……男はいい獲物扱いですか。
「いきなり背中に刃物突き付けられて、『俺はラミアの殖え方も知っている。子どもを作るのには協力しても良いが、咬みつくなら刺す』って言われたの」
「刃物、ですか」
「そう、刀身に波紋のある見たこともない片刃の剣だった。抱き合った時に背中に回した手に持ってたの。その素早さに、咬みつこうとしたら本当に刺されるっていうのがわかったから、餌が無かったら子供ができても育たないって言うと、『餌なら獲ってきてやる』って。」
「そうか、別に人間でなくても栄養になればよいわけですね」
「半信半疑だったけど、次の日、本当にイノシシ獲ってきてくれて、産まれるまで何度かウサギなんかの獲物を運んでくれた。途中で随分お腹が大きくなって双子かも知れないとわかったとき、もう一度イノシシを獲ってきてくれた。実際に双子だったわけだけれど、あのイノシシのおかげでちゃんと育ったのだと思う」
「それで、そのパフたちのお父さんはいまどこに?」
厳密には違うだろうけど、「お父さん」で良いよな。
「子供が生まれたら母娘は森の中心に近いところに移るんだけど、移ってしばらくして『餌を獲ってくる』と言って出て行ったあと、戻ってこなかった」
「逃げた?」
「逃げるなら、それまで一緒にいてくれて、中に移ってからわざわざ『餌を獲ってくる』と言う必要がないもの。仲間を疑いたくないけど、誰かが食べちゃったかもしれないわね」
「……名前とかわかっているんですか?」
「西の国の冒険者で、ヤークタって言ったかな……」
「そうか、ママサの街の者なら名前がわかれば今どうしているかわかるかもしれないと思ったけど、余所の冒険者では無理だな……」
朝早くに街を出て、一日中歩き通して疲れていたのだろう、俺は話を聞きながらいつのまにか眠ってしまったようだった。
ふと気づくと、目の前にパフの顔があった。いや、似ているが違う、こっちは……
「ミア?」
「あ、ルッツせんせい起きた?」
「ルッツ先生、おはようございます。寝心地はいかがでしたか?」
声の聞こえた方に顔を向けると、さらに近いところにニコッと微笑むローザさんの顔が。どうやらローザさんにもたれ掛ったまま寝てしまったらしい。あわてて体を起こすと、手の下でふにゃっと言うか、むにょんと言うか、なにか弾力がありながらやわらかいものを押さえつけたのに気が付いた。
この手の感触は……自分の手元を見ると、片手の中には納まりきらない程よい大きさのローザさんの胸のお山を掴んでいた。
「おわわっ、ごめんなさいっ」
「いいんですよ、でもその気なら子どもが巣立つ来年まで待ってくださいね」
餌に向かってまっしぐら。
「んー、せんせい?」
俺の背中にはパフがくっついて寝ていた。俺が寝た後、外から帰ってきたのだろう。4人で固まって寝ていたらしい。
「あー、窮屈な思いをさせて済みませんでした」
「そんなことはなかったですが、先生がおいしそうで少し困りました」
餌まっしぐらどころか、もうお皿に載っていたらしい。
あまりのんびりしていると街に着くのが遅くなってしまうため、そろそろ帰るというと、パフとミアが森の出口まで送ってくれた。出口では今日はメグさんが警戒中だったので挨拶しておく。
「あ、メグさん、お邪魔しました。それでは失礼します」
メグさんが驚いてこちらを見る。
「ルッツ先生でしたか。本当に我々が区別できるのだね」
「せんせい、ミアとパフもくべつできるもんねー」
「うん、おかあさんいがいでみわけられたのははじめて」
まぁ確かにミアとパフの違いは微妙だ。
メグさんは歴戦の戦士と言う感じで、上半身にも多くの傷あとがあり、肩から腰にかけて背中に大きな傷がある。自分の子どもがイーグルに攫われたときに、肩を掴まれ嘴でやられたらしい。聞くとラミアとしてはまだ若いのだが、この傷では獲物にも警戒されるし、子供の敵であるイーグルを狩るため繁殖からは引退し見張りをやりつつイーグルを狩っているそうだ。悪いことを聞いたかな。
森を出たあと川の方へ水を汲みに行き、川沿いに少し進んでから街へ向かう。川は魚も獲れ、下流のパリギの街とママサの街の間に一応の道があるので、そちらを回ることにしたのである。道沿いで、しかも人間だけだとイーグルは襲ってこないらしく、帰りはそれほど危険なものには遭遇しなかった。エレファスの集団を見かけたので少し長めの休憩を取ったくらいである。エレファスは攻撃的ではないが、興奮すると集団で暴走することがあり、巨体ゆえ人間が巻き込まれたらただでは済まない。踏まれても、跳ね飛ばされても大怪我間違いなしである。2、3頭なら荒野の情報交換にはもってこいの相手なのだが。
結局暗くなった頃、街に戻ってきた。カルボさんに無事帰着した連絡を入れて鍵を受け取り、なぜか店の前で待っていたヌェムに夕食のおすそ分けを貰い、店で一緒に食べた。
そのときの話で、酒が値上がりしている原因が、産地との間の街道周辺で狂犬病が流行していることにあるのを知った。
自分では原理がわかっていないので難しいが、「ワクチン」の完成度を高める必要がありそうだ。
次話は、本作の設定についてと、その生物学上の解説を挟みますが、読み飛ばしていただいても何の問題もありません。というか、かなりウザったい内容なので読み飛ばし推奨です




