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今回、皆さんが期待するような(?)展開にはなりません
ラミア族の繁殖方法を知っているかと聞かれた。
「いえ、知りません」
「ルッツ先生は、ラミア族がなぜ人間族そっくりなのか考えたことある?他の獣人は獣としての特徴が耳や眼、手や脚に出ているのに、我々はそういう特徴はないでしょう?」
言われてみれば、その通りだ。だが、舌は形が違っているのではないかと思い、聞いてみた。
「えっ、眼や舌もですか?」
「ふふ、瞳孔が縦長だったり舌が2つに分かれてるんじゃないかって?」
そう言って、ローザさんはぐっと顔を近づける。見ると瞳孔は丸い。
「舌も見せてあげたいけど、口を開けると毒が飛ぶことがあって危ないからね」
「でも、世間の話では舌は二股だって……」
「それはね、ラミアの眼や、ましてや口の中を見て帰ることができた人間族なんていないからだよ」
ローザさんはさらに俺の肩を両手でつかみ、体を引き寄せる。ラミア族はみんな美人だ。少なくとも、ヌェムよりは上だろう。しかも、服を着ていないのだ、かなりドキドキする。
ローザさんの瞳孔を見ていると吸い込まれそうになる。
「殖え方だったね。まず、人間の男を見つける。で、こんな感じで迫ると、拒否できる男はいないんだ。……先生、危ないからちょっと離れてね」
言われてハッと気づく。こんな感じって、確かに人間と変わりない美人に迫られて、拒絶できる男などいないだろう。
「ラミア族が人間族そっくりなのは、人間族を騙すためなんじゃないかって思うんだ」
「騙す?」
「そう、そして迫って男に口づけすると、男は狂って腰を振るんだ。」
魅惑でもかかるんだろうか。狂ってしまうというのはどういう状態だろうか。口づけ……で思いだしたので、聞いてみた。
「あの、口づけと言えば、俺はパフと口づけしても、何も起こりませんでしたが……」
3歳児と。
「ん、なぜそんなことを?」
俺は、パフが目を醒まさなかった時のことを話した。
「……先生は本当にいい人間族なんだね。それはあの娘がまだ繁殖できる年齢じゃないから何も起きなかっただけで、もし大人だったら先生狂ってたよ。だから、ラミア族は媚薬の原料として人間族に狩られたこともあるんだ……、目を醒まさなかったのならその後は何も起きなかっただろうけど」
考えてみれば、繁殖年齢に達したラミア族が寝ているのにどうこうしようとするような男なら、狂ってしまうのもわかる気がする。
「そして、男から精を受けると、咬みつくんだ」
『――ッ』俺も、パフの食事を思い出した。
「咬みつかれたら、すぐに骨だけになるのではありませんか?」
「そうか、あの娘に食事をあげてくれたわけだから、我々が咬みつくとどうなるか知ってるよね。そう、咬みつかれた男は毒で死んでしまう。そして、餌として食べられてしまうんだ」
「うわぁ……」
「その栄養で、胎内の子どもが育っていく。だから、男を食わなかったり、双子だったりしたら栄養が足りなくて育たないんだ」
恐ろしい話である。目の前の女性は、「お前を餌として食うんだぞ」と言っているのだ。
それでも、男ってそこまで無防備なものだろうか。疑問に思ったので聞いてみる。
「でも、咬みつけるとは限らないのではありませんか?」
「うふふ、精を放出した男なんて、ぐったりしたものだよ。逃げられるとは思わない」
心当たりがあるだけに、納得しそうになる。
「でも、体勢的に咬みつけないこともあるんでは?」
「体勢的?」
ローザさんはニヤリと、いや、にっこりと笑って聞き返す。輝くような笑顔と言うのはこんな表情かと思うような美人だ。近づくと餌だよ、と言われていなければ押し倒していたかも知れない。
「……先生、私たちの体は、腹側は脚から下が蛇の体になっているが、背側は、腰から下が蛇の体になっているんだ。だから、男が精を放出するときには必ず向い合わせになっているんだよ」
なるほど、ラミア族の体の構造の理由が納得できてしまった。
「それとね、どうやら男の精は子どものきっかけだけで、他の獣人との間でも子供はできるようなのだけど、見かけで騙されるのは人間族だけみたいだね」
『そうか、ヨーロッパダルマガエルやスジアイナメかと思ったら、ギンブナと同じか、だからメスだけなんだな』
声が納得したようにわけのわからないことを言っている。何となく伝わってくるイメージから、魚のことらしい。
「そうすると、ラミア族に捕まってしまったら人間は食われてしまうのですか?」
俺は帰れるんでしょうか、という気持ちを込めて聞いてみる。
「……ルッツ先生、だから、ラミア族に手を出すと命が危ないことを覚えておいてね。『ルッツ先生』に手を出したらみんなが困ってしまうことは知っていても、目の前の男がルッツ先生であることを知っているとは限らないから」
どうやら俺は、「薬師のルッツ」でいる限り、食われなくて済むらしい。しかし、人間がラミア族を忌み嫌う理由がわかった気がする。ラミア族は人間を「餌」兼用の「使い捨て子どもの素」として食ったことが、人間はラミア族を媚薬として狩ったことがあるわけだ。そりゃあ仲も悪くなるだろう。待てよ?
「ありがとうございます。あの、女の人も餌ですか?」
とりあえず、「あんたは食わないよ」的な言葉にお礼を言っておく。
「いや、女や子どもまで餌にしたら人間族が減ってしまうじゃない。人間族が減ってしまったら困るのは殖えることができなくなる自分たちなのだから、そんなことはしないよ。それに、わざわざ私たちに寄ってくる女はいないしね」
言われてみれば、自分より美人と並びたがる女の人はそんなにいないだろう。子どもの時に助けてもらえたのも、何となく理解できた。
「でもそうすると、パフたちは双子だったのに、よく育ちましたね」




