中章
勇んで城を抜け出したのが二週間前。
魔物はみんなあたしの味方。だから、逃げる魔物をいちいち追いかけてトドメを刺す勇者たちより、早くあの地に着けるはず、だったのに・・・・・・
「なー、アメリア」
勇者が、にこやかになにごとか話しかけてくる。どうせいつもと同じ、下ネタか親父ギャグか金の話かメシの話だろう。
無視していても、なーなー、と猫のようなしつこさでまとわりついてくる。
なぜ、あたしはここにいるの?
勇者様ご一行魔法剣担当メンバーって、どういう肩書きなのよ?
「アメリアはいつも怒っているのだな」
「しッ、キャラ作りというやつです。突っ込んではいけない、というのが暗黙のルールです」
戦士と僧侶がわからんことを言っている。
「おい、ばあさん、置いてくぞ」
「・・・・・・年寄りふぁ、もうしゅこし、大事に」
「くたばったら死体は置き去りだ、ほら、歩け、一、二、一、二」
女武道家が魔法使いのばーさんを無責任に急かしている。
あたしの背後には、出会ってからずっと忍者がへばりつくように歩いていて、一瞬でも隙を見せられない。
こいつらか。こいつらが勇者パーティーか。この阿呆どもが。
こいつらと遭遇したのは、数日前だった。
森を出た途端に出会った、妙な構成の旅人たち。
今まであたしは、人間の旅人と問題を起こしたことがない。あたしのような純粋な魔物は、外見は人間と変わらず、体内構造もほぼ同じだ。だから、自慢の美貌でにっこり微笑むだけで、問題どころか、ちやほやされてメシも薬草もいただき放題なのだ。
今回も、同じ要領でにっこり笑った。
「女だー!」
男たちの一人――後で聞いたところ、こいつが勇者だったわけだが、そいつがいきなり突進してきた。
「しかも美人だー! 俺ついてる、超ラッキー!」
勇者の後ろから戦士と忍者まで走ってくる。
わけがわからないうちに、あたしは押し倒されていた。
わ、ズボンを脱ぐんじゃない!
「お、おい、俺が先だぞ、勇者なんだかんな!」
「なにを言うか、年長者が先だ」
「拙者、早きこと風のごとし。お待たせいたしませぬぞ」
どこの世界にいる!? 女を見た瞬間に襲いかかる勇者が!
とんでもない馬鹿力で抱きつかれ、ふりほどくこともできない。
助けを求めて勇者の背後を見ても、物ほしそうにしてる僧侶も、ニヤニヤ笑っている女武道家も、今にも死にそうなばーさんも、誰も手を差し伸べてくれそうにない。
キスキスキス、俺とキスしゅるのー、と迫ってくる勇者の顔を見て、頭の中でなにかがブチ切れた。
「いい加減にしろぉッ、死ィねやオラぁ!」
あたしとて魔王の娘、魔力と怪力には自信がある。
が。
戦士と忍者は吹き飛ばしたものの、胴体にへばりついて体の匂いを嗅いでいる馬鹿だけは、どうしてもはがせなかった。
この馬鹿力め!
本気で破壊魔法でも唱えようとしたその時、あたしの視線が勇者の腰にすいついた。
これは、魔剣!
間違いない。魔剣の封印する地へ「社会見学」 と称して遊びに行った時、あたしはこの剣を見ている。
予想以上の非常識な侵攻速度でもって、勇者たちはあたしの知らないところで先を越していたのだ。
魔剣に最も触れてはならない者が、魔剣を手に入れるなんて。
あたしは一気に脱力した。
けっきょく、表向き禁欲しているため行為に参加できず、やきもきしていた僧侶が止めに入ってくれて、あたしの純潔は守られた。
「しッかし、ここ数日、めっきり魔物の数が減ったなー」
勇者が残念そうにつぶやく。
当然だ。あたしが使い魔を放って、勇者の予想進路を魔物たちに知らせているのだから。
「つまんねぇよなー。この辺の魔物って、そこそこいい金もってんだろ? レアアイテムも持ってたよな、たしか?」
あたしに聞かないで。
「魔剣も、この威力じゃそう簡単に振り回せねーしなぁ」
わかってるんなら、なんであたしの目の前で山を一つ吹き飛ばしたの? 「俺って、すげーだろ」 じゃないわよ、この破壊衝動妄動症め。
一人では勝てない、とわかった。もしかしたら、パパでも。
変化する地形と巻き添え食う生命を無視できるのならば、魔剣の威力を存分に発揮できるフィールド上では、この馬鹿に勝てる者などいない。
だから、人間のフリをして誤魔化そうとした。逃げようとした。なのに。
ほとんど拉致同然の手口で、あたしはパーティーに組み込まれた。
まあ、一緒にいる女が、並みの男より男らしい武道家と、しなびたばーさんだけだから、華がほしいと願うのはわかる。あたしの美貌と魔力と怪力に一目惚れしちゃったのも、わかる。わかるけど、お前らやりすぎだ。
魔剣の一振りで大河を逆流させたり、背後にぺったり張り付いて行動したり、折に触れてもりもり筋肉をアピールしたり。
それは、アレか? 人間の求愛行動の一種なのか? 胸板ぶっ叩いてうほうほ叫ぶゴリラか、お前ら。
「なー、アメリア、本当にこの道で合ってんのかよ?」
こくっ、とうなずいた。
あたしは、城への道を急いでいた。こんな非常識なやつらをのさばらせておいたら、無意味な破壊活動で地上が荒れ果てる。危険を承知で、最短距離で城へ案内するしかない。
「魔王の居城か。どんなすげーとこなんだろーな」
普通の城だ。
「魔王か、強いだろーな」
最強よ。・・・・・・と思っていた。
馬鹿と魔剣のコンビを見るまでは。
否、このパーティーを見るまでは。
山一つ消滅させようが川の流れを変えようが、指差してけたけた笑うだけのこの一団と会うまでは。
超絶破壊兵器を平気で持ち歩く、ネジのイカレた馬鹿だけで構成されたパーティー。脅威なのは、勇者が強いことではない。勇者が馬鹿な真似しても放っておく愚か者どもばかりが、彼の仲間だということが怖いのだ。
今では、魔王の娘たるあたしが、勇者様ご一行の良心である。
魔物の代わりに商隊を襲おうとするメンバーを引きとめ。
女と見るや見境なく襲いかかる男どもをしばき倒し。
美男子をかっさらってきた女武道家を説得し。
老衰のため瀕死のばーさんを預けようと街へ寄り道し。
あたしはなにをやっているの!?
なぜ、あたしは・・・・・・
翌日には城へ着く。ここは、最後の宿場町。
深夜、ベッドでだらしなく爆睡する勇者の枕元に、あたしは立った。
思い浮かぶのは、商隊をよだれ垂らして見送る勇者、魔物にトドメを刺すべく走り回る楽しそうな勇者、初めて会った時、あたしへ襲いかかってきた勇者。
瞬間的にあたしへ突進してきた決断力と瞬発力、
迷うことなくあたしの服に手をかけた行動力、
一度抱いたら離さない脅威の執念と、けたはずれの馬鹿力、
なにより、キスキスキスー、と迫ってきた彼の目に光る、欲望にまっすぐな純粋さ。
枕元にある魔剣をそっと奪い、きゅっ、と胸に抱きしめた。
あたしごときの腕では、一振りすることすらできない剣。だが、このまま持ち出せば、少なくとも勇者の力は半減だ。
それがわかっていて、今まで行動に移さなかった。
パパ、あたしの行動は、正しいと思う?
心の中で、魔王へ問いかけた。