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前章

わりとありがちな話かもしれませんが、

お付き合いいただければ幸いです

 あたしの胸を締め付けるもの、それは、怒りと哀しみがないまぜになったやるせなさ、だった。

 なぜパパもおじ様も兄様もわかってくれないのだろう。

 鏡の中にいるあたしは、燃えるような真っ赤な髪を、乱暴にくしけずった。

 頬に残っている痕、それは兄様にぶたれた痕。全然痛くない、けど心に響く傷跡。あたしの痛みを思って手加減するのなら、兄様に叩かれただけで切なくなるこの気持ちも、一緒に理解してくれればいいのに。

 天蓋のついたベッドへ入っても、しばらくは眠れそうにない。ただ黙って、じっと、鏡に映るあたしを見つめる。本心を言えば、いつもは美人だと思う顔、だけど今は、醜い顔。

「アメリア、いるかい」

 パパの声と同時に、廊下と通じる扉がごんごんと叩かれた。分厚い樫の木の扉は、軽くノックした程度ではびくともしない。頑丈なのは、敵の侵攻を想定した防御策の一環だ。

 無言でいると、やがて扉が静かに開いた。

「アメリア、いるのならいると言いなさい」

 娘が言うのもなんだけど、パパはなかなかに渋い。だから、鏡の中にいるパパへ、心の中で語りかけた。そんな情けない顔しないで、と。

「さっきあいつがお前をひっぱたいたのは、アレだ、お前があんまり興奮しすぎたからだ。他意はない」

「わかってるわ、そんなこと」

「うん、それならいいんだ。あー、しかし、なんだ、お前の考えは、ちょっと過激すぎると、パパも思うぞ」

「だって、現状を見れば、あたしの主張が正しいのはあきらかだわ。なのに、みんな、なんでそんなに呑気でいられるの?」

 鏡に映ったパパが、渋面を作っている。

 みんなそうだ。

 あまりにもあきらかなのに、現実を認めようとしない。

 だけど、そうこうしているうちに、この城にまで敵はやってくる。

「初めから無理だったのよ。魔物と人間の共存なんて」

 そう。

 人間と魔物が協定を結んだのは五年前。それまで合い争ってきたお互いの軍が解体され、世界中で両者は共存を始めた。だが。

「やつらの侵攻はとどまらないわ。協定なんて無視。なのに、まだパパは話し合えばわかってくれるとか、そのうちやつらも冷静さを取り戻すとか」

「しかしな、やつらと言ってもごく一部の過激派が・・・・・・」

「パパならやつらを退治できるんでしょ!? 出て行ってさっくり倒しちゃってよ、あの勇者一行を! 歴代最強の魔王なんだからできるでしょ!?」



「そんなこと言っても、な、アメリア。人間どもの一部の過激派でも、魔王が退治してしまうと、後が面倒なんだよ。いろいろ、外交とか政治的に問題なんだ」

「なに言ってるのよ! じゃあ、やつらが魔物を殺戮してるのは、問題じゃないっていうの?」

「そうは言ってないよ。だから、おだやかに説得を」

「説得に行った将軍は、名乗りをあげた途端に、問答無用でぶち殺されちゃったじゃない」

「これ、そう物騒な言葉を使うものではない」

「勇者め、やさしかったおじさんを」

 あまり強くないがやさしかった将軍の顔を思い出して、あたしは涙が出そうになった。

 いけない、興奮すると涙もろくなるのだ。

「早く手を打たないといけないの。やつら、解放とか称してどんどん支配地域を広げていってる。もともと、街の中に住む人間と、自然を愛し自然の中に暮らすあたしたち魔物と、それなりの住み分けはできていて、大規模な衝突なんか起きなかったのに」

「それは、まあ」

「勇者は金目当てで弱い魔物を殺し尽くし、遺体を野ざらしのまま放置させて、朽ちていくままに放っておくの。魔物だって人間を殺すけど、それは自己防衛だったり、他にコミュニケーションの手段を知らない、知能の低い種族がたまに暴れるだけなのに」

 そうだ、やむにやまれぬ事情、理由がある。なのに。

 悔しさで手が震えた。

「やつらは、わけのわからない屁理屈で大量殺戮を平然とやる。一人の人間のために、百や千の魔物を虐殺して、それで平気なのよ!」

 一刻の猶予もないの。今もきっと、人間のためのイデオロギーで勝手に悪とみなされた魔物たちが、容赦なく駆逐されているはずだから。

「少なくとも、あの勇者たちはなんとかしないと」

「ううむ」

 鏡に映るパパだけでは飽き足りず、あたしは振り返った。

 魔王は、困りきった顔で腕を組んでいた。

「勇者たちは、人間の間ではなかなか人気がある。やつらは、その人気に便乗して好き勝手やってるわけだ。つまり、この、民衆からの支持、というやつをどうにかしないと、また大規模な戦争になる可能性が」

「あたしたちにとっては、勇者との戦いはすでに戦争よ!」

 だいたい、とあたしは頭の中に世界地図を思い描く。

「あいつら、着実に近づいているわ。立ちはだかるつもりなんかない魔物を、背後から襲ってでも根こそぎなぎ払いながらもあそこに向かってる」

 あたしの言いたいことは、パパにも即座に伝わったようだ。

「魔剣の封印せし地、か」



 脅威の貫通性能、奇跡の殺傷能力、無敵の破壊力。

 その剣は、名剣という言葉さえも色あせて相応しくないほど、あまりにも強力すぎた。鍛えあげた鍛冶屋がびびって逃げ出したほど凄かった。

 鍛冶屋は、名匠という名誉を逃してしまったことになる。

 彼の鍛えた剣が、のちに「魔剣」 とか「聖剣」 と呼ばれ恐れられたのだから。

 人間も魔物も、魔剣のあまりの破壊力に恐怖し、これをもてあました。

 一振りで山の形を変えてしまう破壊力を持つ携行武器を、平然と持ち歩ける者がいるだろうか。本人も周りの者も怖くてしょうがない。頭のネジのイカレた馬鹿なら平気かもしれないが、周りが絶対許さないはずだ。

 そんなわけで、人間と魔物の両者の力によって、魔剣は封印された。

 その場所が、「魔剣の封印せし地」



「勇者に魔剣。鬼に金棒よりずっと強力よ」

「だから説得を・・・・・・」

「封印だなんて甘甘だったのよ。叩き折ってやりゃよかったのに」

「もったいなかったのだよ。危ないものだけど、捨ててしまうのもどうかな、と。強力な武器って、あるだけで、なんとなく安心だろう?」

「とてつもなく不安よ!」

 なんでパパはいつもこうなの! もっと現実を見てよ。こんなんじゃ、魔王の力なんて、宝の持ち腐れじゃないの!

「・・・・・・しかたがないね、アメリア。決着はつきそうにないから、この話は、また今度にしよう」

 それじゃ遅いんだって、パパぁー。

「おやすみ、アメリア」



 夜半。

 あたしは、フル装備で城を抜け出した。

 ガキの頃から住み慣れた城だ、抜け道、隠れ場、警備の隙は隅から隅まで熟知している。

 あたしはやる。

 勇者が魔剣を手にする前に、あたしが封印を解く。

 勇者の手には渡さない。

 あたしは、自分の手で自分の不安を解消するのだ。

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