はじまり
入学式と言えば、綺麗に散る桜の花びらを思い浮かべる方は多いでしょう。
残念なことに今年の桜は散るどころか花が咲いておりません。
殺風景な桜道を歩く新入生は不安な顔つきをしています。本来なら希望と胸を膨らませて登校していてもおかしくないはずです。しかし、寒々しい光景につられて不安になっていたのでしょう。
学校に近づくにつれ、新入生らしき子供たちが増えてきます。それを見た新入生はますます不安になってきました。おそらく、クラスに馴染めるか不安になっているのでしょう。日本人は群れることが好きな人種です。だから、彼らは仲間外れにされることを最も恐れています。
そんな中、一人の少年が学校で一番大きい桜の木をみつめていました。彼にとって、桜の木はどうでもいいもの。この場所に来るのは今日が初めて。そのはずなのに、この桜だけはとても懐かしく感じるのです。
肌寒い風が吹き、砂ぼこりが舞い上がる。春とは思えない風景のなか、彼はこの桜をずっと、みつめてました。見つめていれば、何かを思い出せそうな気がしたのです。
あと少しで思い出す、そんな時に邪魔が入りました。
「そこの新入生!急がないと入学式に遅刻するわよ。」
後ろを振り向くと真っ黒で長い髪、地味だけど強気な目をした彼女がいました。邪魔をしたのは彼女のようです。
彼は咄嗟に彼女の名前を呼ぶ。
「 -------- っ !」
そのセリフを聞いて彼女はいぶしがりました。
「誰と間違えたのか知らないけど、私はそんな名前じゃないわよ。」
そう言って彼女は睨んだ。
少年はその顔にゾッとしました。遠い昔、同じ光景を何処かで見たような気がしたのです。
彼女は、さっき見た幻想の女性とは全く違い、髪は肩につくかつかないかの長さで黒とこげ茶の中間色、赤縁眼鏡をかけており、強気な目以外は何処も似ていません。そもそも、誰と彼女を間違えたのかすら、彼にはわかりません。無意識に名前を呼んでいたのです。
こちらが何も答えずにいると、しびれを切らしたのか、彼女は風紀委員と書かれたタスキを見せ、「忙しいから、一人で体育館に行ってね。」と言い残し、去っていきました。
残された少年は、ただ呆然と立ちつくし、体育館に向かった。さっきの幻影は何であったのか疑問に思いながら。