第1話 九回目の処刑台
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「エレオノーラ・フォン・ヴァルモン。王太子暗殺未遂、聖女毒殺未遂、王国反逆の罪により、そなたとの婚約を破棄する」
九回目の人生でも、私は同じ言葉を聞いていた。
大広間の中央で、白いドレスの聖女候補ミレイユが泣いている。彼女の手元には、私の筆跡に似せた脅迫状。床には毒を仕込まれた杯。壇上には、氷色の瞳を冷たく細めるレオンハルト王太子。
何度目だろう。この光景を見るのは。何度目だろう。私は違うと叫ぶのは。
「違います。私は、ミレイユ様を害してなど――」
「聞き飽きたわ、この悪役令嬢」
誰かがそう言った。父も、兄も、かつて私を信じてくれたはずの侍女も、視線を伏せている。記憶の端が焼け落ちていて、誰が何をしたのか、もう完全には思い出せない。ただ、私は毎回ここへ戻り、毎回誰かを救おうとして、毎回ひとりで悪役になった。
そして処刑台へ向かう直前、世界の理が現れた。
「次が最後の巡りです、エレオノーラ。次の人生で失敗すれば、世界は止まります」
「……最後?」
「ええ。あなたが犠牲になる未来も、王太子が血を捧げる未来も、聖女が力を失う未来も、すべて同じ時計塔へつながっています」
最後なら、もう恋などしない。名誉も追わない。正義のために誰かを説得することもしない。
「次は、幸せに生きる」
そう宣言した瞬間、視界が白く弾けた。
***
目を開けると、見慣れた天蓋があった。窓辺には朝露をまとった青い薔薇。壁時計は、十年前の春を指している。
「お嬢様、お目覚めですか?」
侍女のマノンが駆け寄ってくる。私は反射的に鏡へ向かった。銀白色の髪。紫水晶の瞳。まだ婚約も、断罪も、聖女との出会いも始まっていない顔。
十回目。最後の巡り。
「マノン」
「はい」
「今日の予定を全部、白紙にして」
「……全部、ですか?」
「ええ。王都へ行かない。王太子に会わない。聖女候補に近づかない。舞踏会にも出ない。私はヴァルモン領へ帰って、畑を耕して、猫を飼って、毎晩きちんと眠るの」
マノンは、私が寝ぼけていると思ったらしい。
「お嬢様、明日は王太子殿下との婚約発表が」
「破談にするわ」
「今、何と?」
「私はもう、悪役令嬢も救世主もやらない。十回目くらい、自分の幸せを選んでもいいでしょう?」
そのとき、廊下の向こうで重い扉が開いた。侍女頭のシャレンの声が響く。
「お嬢様。王太子殿下がお見えでございます」
私はベッドの上で固まった。
早い。早すぎる。過去九回では、彼と再会するのは婚約の席だった。
コツコツと歩く足音が近づいてきて、金髪の青年が入ってくる。冷たい氷色の瞳が、まっすぐ私を射抜いた。
「久しぶりだな、エレオノーラ」
その声に、胸の奥が嫌なほど大きく跳ねた。
「……殿下とは、初対面のはずですが」
レオンハルトは一瞬だけ目を細めた。
「そうだったな。では、初めまして。私は君を迎えに来た」
エレナの幸せライフ計画は、たった開始から三分で崩壊した。




