第九十九話 二十年後、俺の名前を知らない子供たちが国境で遊んでいた
二十年後の国境には、かつての見張り台を利用した学校が建っていた。
窓辺には両国の言葉で書かれた文字表が貼られ、昼休みになると子供たちが校庭を駆け回る。
年老いたシリウスは門の外で足を止めた。
自分の名前が教科書にあることを、彼らはまだ知らないらしい。
校庭で二人の少年が口論していた。
「こっちの川は王国のものだ」
「違う、帝国から流れてくる」
シリウスが声を掛けるより先に、教師が水桶を持ってきた。
「では、どちらの水か確かめてみよう」
少年たちは桶を持ち上げ、川に向かって走った。
教師はシリウスに気づき、頭を下げかけたが、彼は人差し指を唇に当てた。
今日は偉い人の訪問ではなく、ただの授業であってほしかった。
教室の壁には、昔の戦争を描いた絵があった。
燃える城と、そこから逃げる人々。
子供の一人が尋ねた。
「本当に、昔は隣の国の人を殺したの?」
教師は答えに迷った。
シリウスは窓の外から静かに言った。
「本当だよ。だから、どうしてそうなったのかを学ぶんだ」
子供は眉をひそめた。
「大人なのに、話し合えなかったの?」
その問いに、シリウスは返す言葉を持たなかった。
午後、国境市場のパン屋を訪ねると、ナナは白髪交じりの店主になっていた。
彼女は昔の交換所の帳簿を見せた。
初日の苦情七件の欄には、今も赤い印が残っている。
「あの日は失敗ばかりでした」とナナは笑った。
「でも、失敗を隠さなかったから、次の日も店を開けられた」
シリウスは頷き、焼きたてのパンを一つ買った。
帰り道、子供たちが彼を追い越した。
誰も敬礼しない。
誰も軍旗を掲げない。
川沿いの道には、ただ笑い声が続いていた。
シリウスは杖を握り直し、その無関心を心から喜んだ。
式典の主催者は戦功を語るよう求めた。
シリウスは代わりに、国境で起きた最後の小競り合いが二十年前だったこと、翌年には市場の取引が倍になったこと、今では学校に両国の子供が通うことを話した。
数字を誇るためではない。
次の世代が平和を当たり前と思い、必要なら大人の制度を疑えるようにするためだった。
演壇を降りると、子供たちが彼を遊びに誘った。
橋の上で子供たちは、国境の石柱を使って鬼ごっこをしていた。
王国側の少女が帝国側の少年を追いかけ、どちらの言葉で数えるか揉めている。
シリウスは足を止めた。
二十年前、ここでは相手の旗を見ただけで弓を引いた。
「おじいさん、どっちの国の人?」と少女が尋ねた。
「昔は、答えるのが難しかった」
「今は?」
シリウスは少し考えた。
「両方に、大事な人がいる」
子供たちはそれで納得し、遊びに戻った。
かつての戦友リュカが杖をついて追いつく。
「名前も聞かれなかったな、大将軍」
シリウスは笑った。
「覚えていなくていい。あの子たちが橋を渡れるなら」
二人は学校へ向かった。
教室では、昔の戦争を題材にした授業が行われていた。
教師は勝者の名前より、なぜ争いが起き、誰が食べ物を失ったかを尋ねている。
子供が手を挙げた。
「大人はどうして止められなかったの?」
教師はすぐに答えなかった。
シリウスも答えを持っていなかった。
彼は廊下に残り、授業の終わりまで聞いていた。
英雄の物語を覚えるより、止められなかった理由を問い続けてほしかった。
帰り道、子供がシリウスに尋ねた。
『昔はここを通れなかったの?』
老人は『通るだけで疑われた時代があった』と答えた。
子供は信じられない顔をして、友達の待つ橋へ駆けた。
シリウスはその背を追わなかった。
次の世代は、彼の歩幅に合わせる必要がない。
学校の庭には、二つの国の土を混ぜて植えたリンゴの木があった。
シリウスは枝に実がついているのを見て立ち止まった。
若い教師が「この木を植えた人を知っていますか」と尋ねる。
シリウスは首を横に振った。
「知らない。だが、よく育てた人がいる」
教師は微笑んだ。
「毎年、卒業生が世話を引き継ぐんです」
誰が最初に植えたかより、誰が次に水をやるか。
シリウスは赤い実を一つ受け取り、橋の向こうで遊ぶ子供たちへ渡した。
子供の一人がシリウスへ尋ねた。
『おじいさんは、戦争に勝ったことがあるの?』
彼は少し考えた。
『勝ったと呼ばれた戦いはある。
でも、帰ってこなかった人もいる』
子供は困った顔をした。
教師が代わりに答えを与えようとしたが、シリウスは首を振った。
『難しいことは、難しいまま考えていいんだ』
子供は橋を見て、『じゃあ、今はここで遊べるからいいね』と言った。
学校の裏庭で、二人の子供が古い鉄の矢尻を拾った。
一人は宝物だと喜び、もう一人は顔をしかめた。
祖父が戦争で片腕を失ったと聞かされていたからだ。
「そんなもの、捨てろよ」
「どうして。僕が見つけたんだ」
喧嘩になりかけたところへ、シリウスが通りかかった。
彼は矢尻を受け取り、錆びた先端を布で包んだ。
「これは誰かを傷つけるために作られた。けれど、今の君たちが何に使うかは選べる」
子供たちは黙った。
「学校の先生に渡して、昔のことを学ぶ材料にするのはどうだろう」
翌週、教室には矢尻と一枚の古い地図が並んだ。
教師は勝敗ではなく、その矢が飛んだ日の村の暮らしを話した。
授業が終わると、子供の一人がシリウスに聞いた。
「おじいさんは、昔の人が間違えたことを怒っているの」
「怒っているよ。私自身が間違えたこともある」
「じゃあ、どうして笑えるの」
シリウスは窓の外を見た。
二人の子供が、さっきまで言い争っていた相手と同じ球を追っている。
「間違いを知ったあとで、違うことを選べるからだ」
学校の帰り、シリウスはかつての国境標石を見つけた。
苔に埋もれた石には、双方の軍が刻んだ傷が残っていた。
子供たちはその上に腰掛け、昼食のパンを分けている。
彼は傷を指でなぞり、何も説明しなかった。
翌日、教師が標石の由来を尋ねると、子供の一人が答えた。
「昔はここを越えちゃいけなかったんだって。でも今は、向こうの町にも友達がいるよ」
シリウスはその言葉を、どんな勲章よりも大切に思った。
放課後、矢尻は鍵のかかる展示箱へ収められた。
子供たちはその隣に、二つの国の言葉で同じ説明文を書いた。
子供たちは古い戦場の名前を知らなかった。
教師がそれを残念がると、シリウスは首を振った。
「知らずに暮らせるのは幸運だ。ただ、なぜ知らずに済むのかを学ぶ機会は残してほしい」展示箱の説明には、戦いの日付とともに和平を守った人々の名も記された。




