第26話 私は、どちらも選ぶ
――世界が。
震えた。
地面が揺れているわけじゃない。
森が揺れているわけでもない。
もっと。
もっと大きなものが。
揺れている。
「……何、これ」
私は空を見上げた。
赤く染まった空。
その中央に。
巨大な六枚翼の存在がいる。
『選択を確認』
声が響く。
『始原の娘』
『お前は選ばなかった』
「うん」
『ならば、世界の法則に従え』
「嫌」
私は即答した。
『……』
「だって」
私は。
王都を見る。
「三十万人を見捨てるなんてできない」
そして。
隣を見る。
レオン。
シエラ。
クロエ。
ガルド。
アリシア。
みんな。
私の仲間。
「仲間も見捨てない」
アレンが。
私を見る。
「ミア……」
「父さん」
私は笑った。
「私、やっぱり普通の女の子じゃないのかもしれない」
「……」
「でも」
胸に手を当てる。
「私は私だから」
「だから――」
空を見上げる。
「どっちも助ける」
◇
その瞬間。
空に巨大な文字が浮かんだ。
『選択不成立』
そして。
次の文字。
『世界法則による排除を開始』
「……排除?」
シエラが青ざめる。
「まさか」
アレンが。
険しい顔をした。
「始原の神殿は、世界の法則そのものを管理している」
「だから――」
アレンが空を見る。
「世界の法則から外れた存在を消そうとしている」
「私を?」
「ああ」
巨大な翼の神族が。
白い剣を振り上げる。
『消去対象――ミア・ルナベル』
剣が。
振り下ろされた。
――ズドォォォォン!!
白い光が。
空を裂いた。
「ミア!」
レオンが叫ぶ。
「逃げろ!」
「……」
私は。
動かなかった。
白い光が。
私の目の前まで迫る。
怖い。
正直。
怖い。
でも。
私は。
手を伸ばした。
「やめて」
――ピタッ。
光が。
止まった。
「……」
誰も。
声を出せない。
私は。
白い光に触れた。
すると。
光が。
ゆっくりと。
消えていく。
「……え?」
私自身が。
一番驚いていた。
神族が。
初めて動揺した。
『……世界法則への干渉を確認』
『許可されていない』
「知らないよ」
私は。
少し怒った。
「私の友達を傷つけるなら――」
手を握る。
「許可なんていらない」
――ドンッ!!
空気が。
爆発した。
神族の身体が。
空の彼方へ吹き飛ぶ。
『――!?』
六枚の翼が。
大きく揺れた。
「……また、やっちゃった」
クロエが。
呆れた顔をする。
「今のは『押した』じゃないわよね?」
「……ちょっとだけ押した」
「ちょっとの基準どうなってるの?」
◇
しかし。
敵は。
一体ではなかった。
空に。
次々と。
光の門が開く。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
百。
そして。
数え切れないほどの光が。
王都へ向かっていく。
「……あれ全部」
アリシアが。
剣を握る。
「神族です」
「こんな数……」
シエラの顔が青ざめる。
アレンが。
静かに言った。
「神々は本気だ」
「ミアを――」
「この世界から消すつもりだ」
私は。
王都を見る。
「じゃあ」
「急ごう」
「え?」
レオンが聞く。
「王都へ帰るんだよ」
「神族があんなにいるんだぞ?」
「だから」
私は。
笑った。
「みんなを助ける」
◇
その時だった。
森の奥から。
黒い影が飛び出した。
「敵!」
ガルドが盾を構える。
「待って」
私は。
その影を見た。
黒い翼。
紫色の髪。
赤い瞳。
「……セレナ?」
以前。
王都で出会った魔族の女性。
彼女は。
息を切らしていた。
「ミア……」
「どうしたの?」
セレナは。
私を見る。
そして。
震える声で言った。
「魔王軍が――」
「王都を攻撃してる」
「……!」
アリシアが驚く。
「魔王軍まで?」
「違う」
セレナが首を振る。
「魔王軍の目的は王都じゃない」
彼女は。
空を見る。
「神々と戦うため」
「……え?」
「魔王様が決めた」
セレナは。
私をまっすぐ見る。
「ミアを――」
「守るって」
私は。
驚いた。
「魔王が?」
「そう」
セレナは。
小さく笑った。
「魔王様は言っていた」
「『あの娘を敵に回すな』と」
「……」
「そして」
セレナの表情が変わる。
「『あの娘を殺そうとする者は、魔族の敵だ』と」
私は。
胸が熱くなった。
「……どうして?」
セレナは。
少し困ったように笑う。
「それは私にも分からない」
「でも」
彼女は。
私の胸を見る。
「あなたを見ていると――」
「なぜか、昔のことを思い出すの」
「昔?」
「うん」
セレナは。
頭を押さえる。
「私にも分からない」
「でも……」
涙が。
一滴。
落ちた。
「あなたを置いていった気がする」
「……え?」
セレナ自身も。
驚いていた。
「私が?」
「違う」
セレナは首を振る。
「あなたが――」
「私たちを置いていった」
――ドクン。
私の胸が。
また鳴った。
◇
その瞬間。
頭の中に。
一つの映像が流れた。
白い世界。
幼い私。
ルナ。
アレン。
そして。
黒い翼を持った少女。
「……セレナ?」
映像の中の私が。
その少女に抱きついていた。
『また会おうね』
少女が笑う。
『うん』
『約束だよ』
『約束』
――映像が。
途切れる。
「……」
私は。
セレナを見る。
「私たち……」
「昔から知り合いだったの?」
セレナは。
答えられない。
ただ。
涙を流している。
「……分からない」
その時。
アレンが。
低い声で言った。
「……そういうことか」
「父さん?」
「セレナ」
アレンが。
彼女を見る。
「お前は――」
一瞬。
言葉を止める。
「まだ覚えていないんだな」
「何を?」
「千年前のことを」
「……!」
セレナが。
目を見開いた。
◇
その瞬間。
王都の空から。
巨大な光が落ちてきた。
「来る!」
アリシアが叫ぶ。
神族。
先ほどの存在より。
さらに巨大。
白い鎧。
十二枚の翼。
その手には。
巨大な槍。
『始原の娘』
声が響く。
『そして――』
セレナを見る。
『裏切り者』
セレナの顔が。
強張った。
「……私が?」
『お前は神々を裏切った』
『禁じられた存在を守った』
『その罪を――』
槍が。
セレナへ向く。
『今ここで償え』
「セレナ!」
私は。
走った。
槍が。
振り下ろされる。
――ズドォォォォン!!
白い衝撃が。
森を吹き飛ばす。
「……」
でも。
私は。
セレナの前に立っていた。
右手で。
槍を掴んでいる。
「……」
神族が。
固まる。
『……なぜ』
「知らない」
私は。
槍を握る。
「でも」
セレナを見る。
彼女は。
泣いていた。
「この人を傷つけるのは――」
私は。
ゆっくりと。
神族を見る。
「嫌」
――パキン。
巨大な槍が。
私の手の中で。
砕けた。
『……始原の娘』
神族が。
後ずさる。
『お前は……』
その声が。
震えた。
『やはり――』
神族が。
私を見る。
『あの方の娘なのか』
「……あの方?」
私が聞く。
神族は。
答えなかった。
代わりに。
空に巨大な門を開く。
『撤退する』
『ここにいては――』
『我々が消される』
神族たちが。
一斉に消えていく。
「待って!」
私は叫んだ。
でも。
もういなかった。
◇
静かになった。
白い森。
吹き飛んだ木々。
そして。
私たち。
セレナが。
ゆっくり近づいてくる。
「……ありがとう」
「ううん」
私は笑う。
「仲間を守るのは普通でしょ?」
「……仲間?」
セレナが。
少し驚いた顔をする。
「私も?」
「うん」
私は。
何気なく言った。
「だって、友達でしょ?」
「……」
セレナの目から。
また涙が落ちる。
「……そう」
小さく。
笑った。
「そうだったんだ」
「何が?」
「私たち――」
セレナが。
私の手を握る。
「昔から、友達だったんだね」
その瞬間。
また。
表示が浮かんだ。
『第零封印――第二条件達成』
私は。
目を見開いた。
「……また?」
アレンが。
表示を見て。
呟いた。
「違う」
「これは――」
アレンの顔が。
青ざめる。
「封印が解けているんじゃない」
「じゃあ何?」
アレンは。
私を見る。
「お前自身が――」
「封印を作った時の条件を、ひとつずつ満たしているんだ」
「……」
私は。
表示を見る。
その下に。
新しい文字が浮かんだ。
『第零封印――残存率97%』
そして。
さらに。
小さな文字が。
表示された。
『最終条件――「自分が何者か」を知ること』
「……」
私は。
その文字を見つめた。
すると。
どこからともなく。
あの声が聞こえた。
『ミア』
『次は――』
『あなたが、一番会いたくない人を思い出す』
私は。
息を呑んだ。
「……一番、会いたくない人?」
アレンが。
突然。
私の肩を掴んだ。
「ミア」
「え?」
「その声には――」
父さんが。
震える声で言った。
「絶対に答えるな」
――その瞬間。
王都の方向から。
鐘の音が。
鳴り響いた。
一回。
二回。
三回。
そして。
四回目の鐘が鳴った時。
王都の空に。
巨大な文字が浮かび上がった。
『王都セレネア――消滅まで、残り60分』
私は。
息を止めた。
「……あと、60分?」
レオンが。
剣を握る。
「急ぐぞ」
私は。
頷いた。
「うん」
そして。
セレナが。
私の隣に並ぶ。
「私も行く」
「……うん!」
私は笑った。
「一緒に行こう」
その時。
誰も気づかなかった。
遠い空の上。
白い衣をまとった誰かが。
私たちを見下ろしていた。
そして。
静かに呟く。
「……まだ思い出さないか」
「ならば――」
その人物の赤い瞳が。
ゆっくりと細くなる。
「私が直接、思い出させてやろう」
――王都決戦が。
始まる。




