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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

妾腹の公爵令嬢は婚約破棄の夜、もう一人の自分を断罪する

掲載日:2026/06/09

「テレサ・トーネード! 貴様との婚約を、ここに破棄する!」


 王立学院の卒業記念夜会。


 楽団の奏でる優雅な音色が、第三王子レナードの怒声によって引き裂かれた。


 会場にいた貴族令息令嬢たちの視線が、一斉に一人の少女へ集まる。


 視線の中心は赤い髪を高く結い上げた令嬢であるテレサ・トーネード。名門トーネード公爵家の娘であり、第三王子レナードの婚約者である。


 ただし、彼女は正妻の子ではなかった。トーネード公爵が、屋敷に仕えていたメイドに産ませた妾腹の娘。それがテレサだった。


 正妻の娘である姉、グレース・トーネードは、公爵家の宝として育てられた。


 対してテレサは、グレースの引き立て役として生まれたようなものだった。


 嫡子である姉の隣に置けば、公爵家の血の濃さと正統性がより際立つ。妾腹の妹が控えていれば、正妻の娘がどれほど尊い存在か、嫌でも周囲に伝わる。


 父も、使用人たちも、遠縁の親族たちも、そういう目でテレサを見ていた。


 ただ一つ厄介だったのは。その姉だけは、テレサに優しかったことだ。グレースは、テレサを笑わなかった。


 父や使用人たちがテレサをいないもののように扱った夜、屋敷の奥の部屋で泣いていた妹の隣に、何も言わず座ってくれたのはいつもグレースだった。


 だからこそ、テレサは姉を憎めなかった。


 愛していた。


 そして同じくらい、嫉妬していた。


 この姉が性悪な女であれば、どれほど楽だっただろう。


 テレサを見下し、嘲り、父や使用人たちと同じように扱ってくれたなら、きっと素直に憎めた。姉を憎み、正妻を憎み、自分をこんなふうに生んだ家を憎めばよかった。


 だが現実のグレースは、いつもテレサに手を差し伸べた。


 テレサはその優しさに救われた。


 そして、救われるたびに惨めになった。


 妾腹というコンプレックスは、優しさによって癒やされるどころか、より深く、より複雑に根を張っていった。


 そんなテレサが第三王子の婚約者となったのは、別に彼女が公爵家の本命令嬢だったからではない。


 グレースはすでに、王太子派の有力貴族との縁談が進んでいた。


 第三王子レナードは元々その人格や素養に問題がある王子で、家の未来を背負う嫡子を、少々問題の多い彼へ差し出すわけにはいかない。


 だからテレサが選ばれた。王族の婚約者としての体面は保てる。


 だが、失っても惜しくない。そういう立場だった。


 それでもテレサは努力した。


 妾腹だからと笑われないように。


 公爵家の名を汚さないように。


 自分を婚約者にしたことが間違いではなかったと、いつか誰かに言ってもらえるように。誰よりも礼法を学び、誰よりも学問を修め、誰よりも背筋を伸ばして夜会に立った。


 だが今。その努力は、会場の中央で踏みにじられようとしていた。


「聞いているのか、テレサ!」


 レナード王子が勝ち誇ったように叫ぶ。


 彼の隣には、青い髪を二つに結んだ少女が寄り添っていた。


 ジュリア・ハリアー。


 没落した男爵家の令嬢。


 かつてハリアー男爵家がまだ羽振りのよかった頃、父が寵愛した劇場の歌姫との間に生まれた庶子だった。


 家が傾いた後、母は捨てられ、ジュリアだけが政略結婚用の駒として男爵家へ引き取られた。


「母親はお前を捨てた」


 そんな風に父からは聞かされていた。


 そして、引き取られた先で待っていたのは、令嬢としての暮らしではない。


 血筋だけはあるのに、金も居場所もなく、正妻側の子からは厄介者として扱われる日々だった。


 だからジュリアは、血筋を誇れないくせに捨てることもできず、貧しさと惨めさだけを抱えて学院へ通っていた。


 学院では儚げな笑顔と人懐こい仕草で人気を集めていたが、その奥に強い承認欲求を隠していることを、テレサは知っていた。


 ジュリアは、自分と似ている。似すぎている。


 だからこそ、テレサは彼女から目を逸らせなかった。


「貴様はこのジュリアに、数々の嫌がらせを行ったそうだな。教科書を破り、階段から突き落とし、茶会では彼女の出生を嘲った」


 レナードは声を張り上げる。


「妾腹の身でありながら、同じ境遇の者を見下すとは、なんと醜い女だ!」


 会場がざわめいた。今夜の夜会には、卒業生を祝う名目で国王も短時間だけ姿を見せる予定だった。だからこそ、レナードの暴挙は最悪の場で行われたのだ。マナーを逸脱したレナードに場に居合わせた人々は眉をひそめた。


 だが、テレサはそれ以上にレナードの言葉に、心をえぐられていた。


 ――妾腹のくせに。


 その言葉に、彼女の胸がわずかに痛む。


 今さらだ。何度も聞いた言葉だ。それでも、人前でその刃を向けられれば、痛みは消えない。


 テレサは唇を引き結び、レナードを見据えた。


 何か言わなければならない。自分の名誉を守らなければならない。


 そう思った、その時だった。


「殿下。確認してもよろしいでしょうか」


 凛とした声が、テレサの前に落ちた。


 テレサを庇うように、一人の令嬢が前へ出る。


 翼を広げて雛を守る鷲の親鳥のように、王子の前へ立ちはだかったのは、トーネード公爵家の正室腹の娘、グレース・トーネード。


 テレサの姉である。


「姉さん……」


 思わず声が漏れた。グレースは振り返らない。ただ、まっすぐにレナードを見つめている。


「今、殿下は私の妹がジュリア様に嫌がらせをしたと仰いました。その根拠をお示しいただけますか」


「根拠だと?」


 レナードは不快そうに眉をひそめる。


「証人がいる。ジュリアは被害を受けた。ならばそれで十分だろう」


「いいえ。十分ではありません」


 グレースの声は静かだった。だが、その静けさは、抜き身の刃に似ていた。


「ここは王立学院の夜会であり、貴族社会の公の場です。王族であろうと、公爵家の令嬢を断罪するのであれば、それ相応の証拠が必要です」


「貴様、俺に逆らうのか」


「いいえ。手続きを確認しているだけです」


 会場がさらにざわめく。


 第三王子に真正面から反論するなど、一歩間違えれば不敬と取られてもおかしくない。


 なのに、グレースは一歩も引かなかった。


 テレサはその背を見つめる。


 ――どうして。


 ――どうして、私なんかをいつも庇うの。


 今だって、一歩間違えれば不敬罪になりかねないのに。


 胸の奥が熱くなる。


 嬉しい。


 悔しい。


 惨めだ。


 姉の優しさは、いつもテレサを救ってくれる。そして救われるたびに、テレサは自分が守られる側の妾腹の妹であることを思い知らされる。


「……大丈夫、姉さん」


 テレサは小さく言った。


 グレースが初めて振り返る。心配そうな目だった。その目が、テレサの胸をまた締めつける。


「ここからは、私が」


 テレサは一歩前へ出た。グレースの隣に立つ。


 守られるだけではいられない。


 この場で自分の足で立てなければ、今まで積み上げてきたものは本当に何もかも失われる。そう思った。


 テレサはレナードを見た。そして、静かに口を開く。


「殿下。改めて確認いたします。私がジュリア様に嫌がらせをしたという証拠はございますか?」


「だから、証人がいると言っている!」


 レナードが苛立たしげに片手を上げる。


 数人の令嬢が前へ出た。会場の隅では、2人の令嬢が、いつになく真剣な顔で周囲を観察している。


 その中に、サラ・フォージャーの姿があった。


 ジュリアの親友。


 いつもジュリアの隣にいて、彼女を励まし、褒め、舞台の中央へ押し出そうとしていた少女。ジュリアの隣には、いつもサラがいた。


 金で貴族位を買った商人の娘で、成金の家の娘だと陰で笑われることもある令嬢だった。


 だが、サラはそうした視線を気にする素振りを見せなかった。むしろ、誰よりも堂々とジュリアの隣に立ち、彼女の髪飾りを直し、ドレスの皺を払ってやり、出自のコンプレックス故に少し俯きがちなジュリアの背中を押していた。


「ほら、顔を上げて。今日のあんた、誰より綺麗なんだから」


 そう言って笑うサラの声を、テレサは何度か聞いたことがある。


 ジュリアはそのたびに、困ったように笑いながらも、ほんの少しだけ誇らしげに胸を張った。


 学院の茶会でも、夜会の端でも、二人はよく一緒にいた。ジュリアが周囲から褒められれば、サラは自分のことのように得意げに笑った。ジュリアが言葉に詰まれば、サラがさりげなく会話をつないだ。


 それは主従ではなかった。


 取り巻きでもなかった。


 サラは、ジュリアを舞台の中央へ押し出そうとしていた。


 そしてジュリアもまた、自分を見てくれるその友人に、確かに救われていたのだと思う。


 だからこそ、テレサは時々、二人から目を逸らしたくなった。あの二人は、自分と姉に少し似ている。そう思ってしまうのが、嫌だった。


 そのサラは今、青ざめていた。だが、その目は逃げていなかった。


「さあ、証言しろ。テレサがジュリアを虐げていたとな!」


 レナードが命じる。


 サラは一度だけ、ジュリアを見た。


 ジュリアは小さく頷く。


 ――信じている。


 そう言っているようだった。


 サラは唇を噛んだ。そして、一瞬だけ躊躇して口を開いた。


「テレサ様は、ジュリアに嫌がらせなどしておりません」


 会場が静まり返った。


「なっ」


 レナードが目を見開く。


 ジュリアの表情が凍った。


「サ……ラ……?」


 か細い声だった。


 裏切られた子供のような声。


 サラは震える息を吐いた。


「……ごめん、ジュリア。私はあんたを輝かせたかった。没落男爵家の庶子でも、誰よりも綺麗に舞台の中央へ立てるなら、それでいいと思ってた」


「何を……言って……?」


「でも違う。これは舞台じゃない。こんな事に手を貸すのは友達じゃない……!」


 サラの声が少し強くなる。


「教科書を破ったのはジュリア本人です。階段から落ちたのも自作自演。私たちは、テレサ様がやったと証言するよう頼まれました。従えば、ジュリアが王子妃になった後に家を取り立てる。従わなければ、王家の名で潰すと」


「……嘘!」


 ジュリアが叫んだ。


「サラ! どうして!? あなたまで私を見捨てるの!?」


「見捨てたくないから止めてるのよ!」


 その声に、ジュリアは一瞬だけ言葉を失った。


 サラは泣きそうな顔で、それでもジュリアを見続けた。


「私はあんたの友達よ。でも、これは違うよ……」


「黙って!」


 ジュリアの悲鳴が響く。


 レナードは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「でたらめだ! こんなもの、証言になるか!」


「証言だけでは弱いでしょう。ですので、物証を用意しました」


 その時、静かな声が会場の後方から聞こえた。


 振り返ると、子爵令嬢パメラ・シーヴィクセンが立っていた。


 彼女は学院でも変わり者として知られている。


 軍人家系の令嬢でありながら、本人は推理作家志望。些細な違和感から真相を見抜くその観察眼は、時に教師たちすら黙らせた。


 隣には助手を自称するクラリス・シーヴェノムが、書類箱を抱えて立っている。


「名探偵パメラ様の助手として、証拠品をお持ちしました!」


 クラリスが妙に元気よく言う。場違いな明るさに、会場の緊張が一瞬だけ揺らいだ。


 パメラは対照的に淡々と書類を取り出す。


「破かれた教科書の紙片には、ジュリア様ご本人のインクが付着していました。階段事件の当日、現場に残っていた足跡は、テレサ様の靴底とは一致しません。加えて、ジュリア様が証人役の令嬢に渡した手紙の写しもあります」


「そんなもの、偽造よ!」


 ジュリアが叫ぶ。


「偽造の可能性は当然考慮しました。ですので、筆跡鑑定済みです」


 パメラはジュリアを煽るような、おどけた口調で続ける。


「雑な自作自演ほど腹立たしいものはないねぇ。推理小説なら、編集者に突き返される出来だ……ま、この証拠を揃えるのに、少々協力者がいたのは事実だが」


 レナードの顔から血の気が引いていく。


「こんな……こんな事が……」


 ジュリアは震えながら、テレサを睨んだ。


「どうして……」


 その声は、怒りというより悲鳴に近かった。


「どうしてあなたばかり。あなたも妾腹のくせに。私と同じだったはずなのに。どうしてあなたは公爵令嬢として扱われて、王子の婚約者になって、皆に頭を下げられているのよ!」


 テレサは黙ってジュリアを見つめた。会場のざわめきが遠くなる。


 そこにいるのは自分をハメようとした貧乏貴族の娘ではなかった。


 鏡だった。


 一歩違えば、自分もこうなっていたかもしれない。


 惨めさを憎み、嫉妬に焼かれ、誰かの椅子を奪うことでしか自分の価値を証明できなくなる。


 それは、テレサの中にも確かにあった感情だった。ふと、隣の姉を見る。心配そうにテレサを見ていた。


 ――ああ。この子は別の道を辿った私だ。だから、ここで断罪しなければならない。


「ジュリア様」


「その名で呼ばないで!」


「私も、あなたと同じです」


「違う!」


「いいえ。同じです。生まれを笑われ、血を嘲られ、正妻の子ではないと陰で囁かれた。私も何度も思いました。どうして私だけが、と」


 テレサは一歩前へ出た。


「でも、誰かを引きずり下ろしても、私の傷は消えません。嘘で椅子を奪っても、私が私を認められる日は来ない」


「綺麗ごとを……!」


「そうかもしれません。ですが、私はその綺麗ごとに縋ってきました。あなたは、違う道を選んだ」


 テレサの赤い髪が、夜会場の灯りを受けて揺れる。


「私とあなたは、鏡のようなものです。向かい合って本当の自分に気づく……。だからこそ、私はあなたを許せません」


 ジュリアの瞳が見開かれる。


「あなたが私を憎むのは構いません。ですが、私が積み上げてきたものを嘘で奪おうとしたこと。そして、同じ傷を持つ者たちを利用して、他者を踏みにじったこと。それだけは認めません」


 ジュリアは崩れ落ちた。青い髪を結んでいたリボンが片方ほどけ、床に落ちる。


 サラが一歩踏み出しかけた。


 だが、彼女はそこで足を止めた。伸ばしかけた手を握り締める。


 友を裏切った。 


 今、その手を取る資格が自分にあるのか分からなかったのだろう。


「随分と騒がしい夜会ですね」


 広間の入口から、新たな声がした。


 人々が道を開ける。そこに立っていたのは、白髪に青い瞳を持つ少年だった。


 少女のようにも見える中性的な美貌。だが、その目は冷えている。


 名はスカイ・キャリアベース。国王の第九王子である。


 ただし正妃の子ではない。王の浮気相手の子で、王都の貧民街で育った隠し庶子である。


 奇しくもジュリアと同じ、利用できそうだからと母と引き離され、とりあえず連れてこられた。


「スカイ……貴様、なぜここに」


 レナードが呻く。


「卒業記念夜会に弟が来てはいけませんか? 兄上」


「黙れ。貧民街の庶子風情が口を挟むな」


 その言葉に、テレサの胸が痛んだ。


 庶子風情。


 妾腹。


 似たような刃を、彼からはテレサ自身も何度も浴びてきた。


 だが、スカイは笑った。よくできた、だが、少しも温かくない笑顔だった。


「庶子風情ですか。奇遇ですね。俺もその言葉には一家言あります」


 彼はテレサとレナードの間に割り込むと、一通の封書を取り出した。


「こちらはジュリア嬢とレナード兄上の間で交わされた書簡です。テレサ嬢を婚約者の座から引きずり下ろした後、ジュリア嬢を側妃ではなく正式な婚約者として扱う、とありますね。王家と公爵家の婚約を、兄上が個人の恋情で勝手に破棄できると思っていた証拠です」


「なぜそれを!」


「調べたからです。こう見えて、庶子には庶子なりの、貧民街育ちには貧民街育ちなりの人脈がありまして」


 スカイは頭を指さしつつ煽る様に言った。


「兄上は昔から詰めが甘い。私とは『ここ』が違う様で」


「き、貴様ぁ……!」


 会場の奥から、低い声が響いた。


「話は聞かせてもらった」


 国王だった。 その姿を見た瞬間、スカイの笑みがわずかに消える。


 彼にとっての父。そして彼の母親を、もて遊ぶだけもて遊んで、都合が悪くなったら捨てた男。


 王はレナードを見た。次にテレサを見て、最後にスカイを見た。


 だが、その瞳に親子の情はない。


「第九王子。証拠の提出、ご苦労だった」


「恐悦至極に存じます、陛下」


 スカイは恭しく頭を下げた。


 完璧な礼だった。でも、完璧なのは形だけで声色には敬意はなかった。


 だからこそ、テレサには痛々しく見えた。


「レナード。お前は王家とトーネード公爵家の婚約を私物化し、王家の信用を著しく損なった。処分は追って沙汰する」


「父上!?」


「公の場で父と呼ぶな。ここにいるのは王と臣下だ」


 その言葉に、スカイの肩がほんの少し揺れた。それからテレサには小声でつぶやくのが聞こえた。


「…………臣下。なるほど。陛下にとっては、子供とはその程度の存在なのでしょう」


 レナードは衛兵に取り押さえられ、ジュリアもまた連れて行かれる。サラは最後までジュリアを見ていた。


 ジュリアは一度だけ振り返った。うつろな目で友の姿を見ていた。


「サラ……嘘だ……あんたも私を捨てたの……?」


 サラは答えられなかった。 違う、と言いたかった。 見捨てたのではなく、止めたかったのだと叫びたかった。


 だが、ジュリアの目はもう、裏切られた子供のそれだった。


 その目を見た瞬間、サラは悟ってしまった。自分の言葉はもう、彼女には届かない。


 すべてが終わった後、テレサはようやく息を吐いた。


 勝った。


 だが、胸は晴れなかった。もう一人の自分を断罪したような鈍い痛みだけが残っていた。


「お見事でした、テレサ嬢」


 スカイが隣に立つ。


「助けてくださったのは殿下です」


「俺は証拠を運んだだけです。最後に彼女を止めたのは、あなたの言葉だ」


 テレサは彼を見た。


 庶子の王子。


 日陰者。


 貧民街で育った王族。


 おそらく彼もまた、似たような言葉を浴び続けてきたのだろう。


「殿下は、なぜ私を助けてくださったのですか」


 スカイは少しだけ笑った。


「似ていたからです」


「ジュリア様と、私が?」


「いいえ。あなたと、俺が」


 テレサは目を見開く。


「生まれは選べません。でも、そこから何を選ぶかは自分で決められる。俺は、そういう人間が嫌いではありません」


 その言葉に、テレサの胸がわずかに震えた。


「それに、兄上が嫌いだったので。蹴落とすなら今が好機かと」


「恐ろしい男だ、あなたは」


「善良で生き残れる程、社交界は甘くないので。この国の闇はまあまあ深い」


 テレサは思わず笑った。


 夜会の会場で、ようやく初めて笑えた気がした。


 スカイは彼女に手を差し出す。


「よろしければ、少し外の空気でも吸いませんか。今夜のあなたには、静かな場所が必要でしょう」


「……ありがとうございます」


 テレサはその手を取った。


 かつて彼女は、自分の生まれを呪った。


 妾腹であることを恥じ、誰にも負けまいと必死に背筋を伸ばしてきた。


 だが今、同じく日陰から歩いてきた第九王子の手は、不思議なほど温かかった。


 夜会場の扉が開く。冷たい夜風が、火照った頬を撫でた。


 ***


 後日、レナードは王位継承権を剥奪され、王族籍からも外された。


   送られた先は、国境警備軍。


   聞こえはよいが、その実態は旧戦争で敷設された地雷原の処理と、盗賊の討伐を担う、王国軍でも最も忌避される部隊である。


 王宮の絨毯の上で他人の人生を踏みにじった王子は、これから泥の中で、本物の地雷を踏まぬよう歩くことになった。


 ジュリア・ハリアーもまた、社交界から姿を消した。


   ハリアー男爵家は彼女を庇わず、偽証の教唆と脅迫の罪を問われた彼女は、レナードと同じく国境警備軍の損耗率の高い懲罰部隊へ送られたという。


 それは貴族令嬢としては、事実上の終わりだった。


 テレサ・トーネードはその日婚約を失った。


 だが同時に、もう一人の自分を断罪し、自分自身を取り戻した。


 そして隣には、同じ傷を持つ第九王子がいる。


 それは、王子妃への道よりもずっと不確かで、けれど彼女が初めて、自分の意思で選べる未来だった。

読了、お疲れさまでした。これにて、本作は完結です。


よろしければ、ページ下から評価していただけると嬉しいです。作者が喜びます。


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