元気でいて
『人気YouTuberカワノ、差別発言で炎上』
そのネットニュースを僕が見つけたのは、そろそろ寝ようかと思っていた夜のことだった。またか、と僕は思う。この記事にあるカワノというYouTuberは所謂迷惑系、炎上系などと呼ばれている人だ。僕は今回の炎上の詳細を知るために、その見出しをタップした。
その記事に書いてあった炎上の内容は、ライブ配信をしていたカワノがコメントをくれたとある視聴者に対して差別的な発言をしたというものだった。コメントの内容はカワノを批判するようなものではなく、他愛ないような言葉だったのだが誤字があったらしい。それを指してカワノはその視聴者を障がい者だとからかったのだそうだ。記事にははっきり書いていなかったが具体的な障がいの名前もカワノは出していたようだ。
ネットニュースのコメント欄は荒れていた。当然カワノが批判されている。おそらく今頃はカワノのYouTubeのコメント欄やSNSも似たような状態だろう。
僕はネットニュースのコメント欄に一つ一つ目を通す。YouTubeをほとんど見ない僕だが、カワノに関するネットニュースとそのコメント欄だけは熱心に見ているのだ。
一つ、僕にとっては気になるコメントがあった。
「こういう差別発言をする奴は、学生時代にいじめとかやってたんだろうな、反吐が出る」
その匿名の言葉に、僕自身の学生時代の記憶が蘇ってくる。
僕とカワノ……本名川野コウイチは小学校と中学校が同じだった。同じクラスになったことも何度かある。
川野は僕が知っている限り、小中合わせて9年間いじめられていた。僕は直接的には彼をいじめてはいなかったけれど、自分がいじめられるのを恐れて川野を助けたりもしなかった。所謂いじめの傍観者だ。
何がきっかけかは分からない。けれど彼は「川野菌」などとあだ名をつけられていた。よくあるいじめの手口だが見ていて気分のいいものでは決してない。見ているだけの僕でもそう思っていたのだから、本人はもっとずっと辛かっただろう。
中学校に入ると、川野に対するいじめはもっと酷くなった。あだ名は川野菌ではなく、実在する障がいの名前をもじったものになった。そのあだ名を、いじめている奴らは口で言うだけではなく他の酷い言葉の数々とともに川野の持ち物に書いたりもした。それらの行為を僕は時に教室で、時に廊下で目にし、耳にした。川野をいじめている奴らは最低だと分かっていた。だけど何もしなかった。高校受験の勉強で忙しいとか、そういうことを言い訳にして川野と向き合いもしなかった。
中学の卒業式、この日は僕と川野が会話した最初で最後の日だった。僕は受験勉強のかいがあって、自分でいうのもなんだが偏差値の高い高校に進学が決まっていた。なのでほとんどのクラスメイトとはこの日でお別れだった。
志望校に受かって浮かれている僕にも、一つ心残りがあった。川野へのいじめを黙認していたことだ。
卒業式が終わった後、みんなは卒業アルバムの寄せ書き用のスペースにそれぞれ言葉を書きあっていた。川野は一人でさっさと帰ろうとしていたが、僕は彼を呼び止め彼の卒業アルバムに油性ペンで言葉を書いた。
「元気でいて」
川野はその僕の字をしばらく見つめ、それから僕と目を合わせて言った。
「殺してやる」
そして、僕から卒業アルバムをひったくるように奪い返すと教室を出ていった。
僕はなぜ彼がいじめの主犯格の奴らではなく、傍観者だった僕に対して毒を吐いたのかその時は分からなかった。ただ、ぼんやりと「殺してやる」という言葉はよく川野の持ち物に書かれていた言葉のうちの一つだよな、と思い出していた。
そうしていつの間にか僕は大人になり、川野はYouTuberカワノとなって炎上したり人を差別してネットニュースに載ったりするようになった。今の彼のことを僕がどう思っているのか、一言で言うのはとてもじゃないが無責任だろう。それは僕のエゴであり、偽善だ。
だけどそれは僕の嘘偽りのない本音でもある。僕は思っている。
川野、元気でいて。




