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時の秒針  作者: †HYUGA†
第一章;時の番人編
17/76

第16話 治療のお時間

やっと一日目が終わるます





ある時、私は蝶になった

    夢を見た


私は、蝶になりきっていたらしく、それが自分の夢だとは自覚できなかったが、


ふと目が覚めてみれば、私は私であって蝶ではない。


蝶になった夢を、私が見たのか、私になった夢を蝶が

   見ているのか


きっと私と蝶との間には区別があっても絶対的な違い

 と述べるものはなく。


そこに因果は成立しない。





  荘子【胡蝶之夢】より






あたしも夢を見る。だけどあたしが見る夢に出てくるのは別の存在なんかではない。


あたしが見る夢に出てくるのは未来のあたし。あたしにとって夢とは明日のあたしのこと。


でもただ1つ言えること。それはあたしの夢には因果――“原因”と“結果”が成立しているということである…。




凪side



「ここは…?」




気がつくとあたしは広くて明るい草原のど真ん中に1人で立ちつくしていた。


ここがどこなのかは分からない。だけど敢えて言うなら、あたしはここが嫌いではなかった。




――ヒュオォオオオン…




優しいそよ風があたしの頬を優しく撫でる。だけどあたしの頬はそんな風の感触を感じることはなかった。


無限に広がるような広くて明るい草原。辺りにはそれ以外には存在しなかった。そして頬に触れる感触がない。もうここまで来れば答えは分かっていた。そう…これは意識を失ったあたしが見ている――




「“夢”ね…」




あたしの考えは100パーセント正しいと思う。


だけど…忘れないでほしい。あたしにとっての夢は大きな意味を持っていることを…。




「…本当に何もないわね」




あたしはもう一度周りを見渡す。今までのパターンならここから別の場所に突然飛ばされるなんてこともあった。


でも、あたしが見渡した範囲には果てしなく続く草原のみ…。


珍しいパターンだった。




「予知夢じゃないってことかしら…」


「そのとおりです」




あたしの独り言に予想外にも答えが帰ってきた。女性の声、あたしはその声の主を確かめるために振り返った。




「こんばんは。若き羽前の姫…」




綺麗だった。振り返った先にいた彼女は本当に綺麗だった。地面まであろうかというくらい長い金色の髪、澄色の着物を着こなし、美しい顔立ち…。


美人だった。それもとてつもない。あたしは彼女の姿に思わず体が堅くなってしまった。




「わたくしは【楓】と申します。あなた様を見守り、あなた様を守護する者です」


「…楓?」




妙にかしこまった言い方をする楓にあたしは少しマヌケな声で聞き返してしまう。【楓】その名前に聞き覚えはなかったが、なぜか知っているような気がした。


楓の話は続く。




「…姫。今の世はとても汚いです。人間が森を荒らしてしまって…都には巨大な石の塊のような家が立ち…川は捨てられた鉄で満たされている…」




楓の言うことには同感だ。


だけど、あたしは楓が何を言いたいのかわからなかった。




「…ですが【あの方】の心は何も変わっていません」




楓が目を細めて悲しげな顔を浮かべる。その瞳の真意はあたしには知るすべはなかった。




「【あの方】の心は…わたくしと【紅蓮】が出会ったときと同じように純粋な心をお持ちのままなのです…」




そして楓はあたしのほうを向く。その瞳にはさっきまでの悲しげな表情はなく、どこか楽しげなものとなっていた。




「羽前の姫。凪」


「は…はい!!」



あたしはとっさに背筋を伸ばしてかしこまる。


だけど、そんなあたしを楓はニコニコと微笑んで眺めていた。




「そんなにかしこまらないでください。わたくしはあなたのことをいつも見ていますから普段のあなた通りで接してよろしいですよ?」


「は、はい…」




頬を赤くしているあたしを優しく見る楓にあたしは一種の安心感を覚えていた。お母様との感覚。それに近いものを感じていたのだ。


そう考えているあたしに楓はもう一回微笑むと再び語り出した。




「近々、あなたの所に1人の男が来ます。名は…水城【時雨水城(しぐれみずき)】と申します」


「…水城?」


「えぇ…彼はあなたやあなたの弟である真備に多大な影響を与える男。そしてわたくし達がずっと帰りを待ち望んでいた方です」


「………」


「姫。【あの方】は必ずあなた様にも大切な方となります。あなた様と真備様を成長させる大切な方に。だから――」




そして、楓はそこまで言うとくるりと一回転してみせた。


するとその姿は一瞬にして変貌する。




「…っ!?あんたは!?」




あたしの目の前にいた楓。彼女は一瞬にして、元の美人の面影も見せない金色の獣となる。金の毛をなびかせるその姿。


尻尾が1…2…3…4……合計9本ある普通は見覚えがない獣。


だけどあたしには見覚えがある。いやありすぎるとも言っていい。だってそれはあたしにとって――



トラウマだったから。




「羽前家の守護妖【九尾】…あんただったのね」




そうそれは羽前家を護る妖怪の1人。そしてあたしの中に居座りあたしに予知夢を見せ続ける張本人だった。




「あんたは…あんたが…」




九尾は再びくるりと一回転する。すると九尾は再び楓となった。


だがあたしは目の前の女性に怒りを隠せない。あたしを苦しめ続ける存在…それが今、あたしの目の前にいるのだ。怒りを隠せるわけがなかった。


だけど楓があたしにしゃべらせることはなかった――




「目覚めの時間です姫。あなた様の幸せをずっと願っております…」




楓のその声を聞いた瞬間。あたしの視界は真っ白になったのだった…。




――――――――


―――――


―――





「う…う〜ん?」




あたしはさっきまでの映像とはまったく違うところで目が覚めた。目覚めたばかりかまだ頭がぼーっとして視界もぼやけている。


だけど、あたしは暗闇の中、栄える銀色の何かを見つけ出した。見覚えがありすぎるその銀色を…。




「…っ!?ここは!?」




その銀色を見た瞬間。あたしの視界は完全に回復した。真っ暗な森の中。風一つなく静かなこの場所。そして傍らには――




「あ!!ナギちゃん気がついた?よかったぁ…」




月明かりで輝く銀髪。淡麗な顔立ち。そしてその顔に似合う笑顔だった。




「知恵理?…痛っ!?」


「あ、まだ動いちゃだめだよナギちゃん。」




知恵理のその声であたしはあたしは痛みのあまりとっさに手で押さえたあたしの肩に目が行く。


包帯で綺麗にぐるぐる巻きにされたその場所。それを見てあたしはやっと意識がはっきりするのだった。




「ちょっ!?知恵理!?あんたなんでこんな所にいるの!?」




あたしの突然の大声に知恵理は一瞬キョトンとした顔になるがまたすぐ笑顔になると言い切った。




「ナギちゃんの治療ためにだよ♪」




救急箱を抱え、ニッコリと笑顔を見せた天真爛漫な知恵理の言葉にあたし頭を抱えてため息をつくのだった。




「はぁ…この天然娘は…あたしが言いたいのはそうじゃないのに…」




知恵理に聞こえないようにあたしがそう呟いたとき2つ目の声がした。




「知恵理。凪のやつ問題nothingに目を覚ましたか?」




そこには予想外――とは言い切れない少年が立っていた。


まぁ知恵理がいるんだからこいつもいるのは当たり前か…。なんたってこいつらは2人でワンセットだからね…。


おっと。それはあたしと真備のことか…。




「日向…なんであんたがここにいんのよ?」




あたしがそう問いかけるとその少年――不知火日向はあたしの問いに少し困った顔をして答えるのだった。




「うーん…それはおいおい話すとするから…今は治療のほうが先かな?」


「治療って真備の?」


「うんうん、マキ君は大きな怪我もなくてほとんど無傷だったよ?」


「はぁ!?大きな怪我がなかったですって!?」




突然叫んだあたしの言葉に知恵理と日向がビクリと肩を震わせる。


だけどあたしは叫ばずにはいられなかった。なぜなら真備は確かに肩に傷を受けていたはず。いくら羽前の血の力があるとはいえこんなに早く傷が塞がるはずはない。なのに傷が…ないですって!?




「日向!?どういうことよ!?真備に傷がないって!?」


「はぁ?真備に怪我がなかったんだから普通万々歳だろ?お前どうしたんだ?その口調だとまるで真備に怪我していて欲しかった的な言い方だぞ?」


「そんな訳ないでしょ!?あぁ〜もう!?」




あたしは苛立ちを感じてしまう。なんでこいつらは分かんないのよ!!誰でもいいからこの状況を説明できる人はいないの!?


あたしは内心で葛藤する。だけどあたしの葛藤は突然響いてきた声に集結を迎えるのだった。今度こそ予想外な声に…。




「そこは俺から説明させてください。凪」


「あ!!レリエルさん!!」




突然あたしの後ろから現れたその声に知恵理は嬉しそうにその名前を呼ぶ。だけどあたしはその声に思わず後ろを睨みつけた。




「レリエル!!!!」




――ブンッ!!パシッ!!




あたしの反射的に出された裏拳。だがあたしの裏拳はレリエルじゃない別の誰かの手によって塞がれてしまう。


ポニーテールにした水色の髪。欧米人らしい白色の肌。そしてあたしを見る穏やかなブルーアイ。




「お、落ち着けって凪。俺達はもうお前たちに危害は加えないから。な?」




そう。あたしの拳を止めた人物。それは数十分前まであたし達と対峙していた少女。刹那だった。


あたしは唖然としてしまう。なんで…なんでこいつらがまだここにいんのよ!?


あたしは刹那に押さえられた手の握り拳に力を入れる。だけどそのとき、あたしの怪我してないほうの肩に手が置かれるのだった。


優しく。温かいその手。あたしはその手の主を見る。そこにいたのは――




「ちょっと日向!!なんで止めんのよ!?」


「落ち着けって凪…慌てるのも無理ないけど」


「あんたバカァ?この状況で落ち着けって言う方がおかしいでしょ?あんた達がここにいるだけでもおかしいのに刹那やレリエルとも普通に喋るわで…あたしをパンクさせるつもり!?」




まくし立てるようなあたしの怒声に日向と知恵理は苦笑い刹那は顔をひきつらせレリエルは口元に手を当てて笑いをこらえる。


なんかまたあたしだけ仲間はずれのようなきがするわね…。


あたしが1人だけ仲間外れに思っていると苦笑いしついた日向が口を開くのだった。




「はははは…じゃあ話をするとしますか…」




――――――――


―――――


―――





「そう…そうだったのね」




あたしは日向と知恵理そしてレリエルの戦いの話を聞き納得した。


よくよく見てみると日向と知恵理の肩にも包帯が巻かれている。ちなみにそこまで傷は深くないらしい。それを聞いたレリエルが安心したように息を吐いていた。


包帯やら湿布やらの治療道具は日向達が一度家に戻ってから持ってきたものであたしと真備が怪我すると予測して持ってきてくれたらしい。まったくこの2人は用意周到だこと…。


そしてあたしは真備の傷についてレリエルから話を聞いていた――




「…傷が勝手に塞がっていったですって?」


「はい。日向と知恵理が来てからまっさきに俺達はあなたと真備の治療に取り掛かりました。血を流しすぎていましたからね…ですが――」


「治療しようとしたとき、急に真備の傷が勝手に治っていったってこと?」


「はい。そうなります」




なれほどねぇ…傷が勝手に塞がる。自己再生か。となると原因ははっきりしてるわね…。


あたしはレリエルの言葉でなぜ真備が大した怪我が残っていなかったのか原因を突き止めた。最悪の原因を――




「…俺はこの傷についてこう考えます。真備は雷神を発動したことにより、おそらく体内の羽前の血の力が活性したのではないでしょうか?これなら辻褄が合うはずです」


「確かにそれが一番しっくりくると思う。俺も同感だレリエル。あの血を舐めたときから普通の血とは違う味が――」


「違うわ2人とも」




勝手に憶測を進めるレリエルと刹那。2人の話を真剣に聴き入っていた日向と知恵理もあたしの声に動きを止め、あたしに注目した。


あたしは膝枕をした真備の頬をさっと撫でると少し歯ぎしりをする。少しだけ使わせてしまったのだ。真備の力を――




「日向。知恵理。あんたらどうせ真備に聴いてんでしょ?あたしのこと」


「え゛?いや…オレハナニモシラナイヨ?」


「はわわわわ!!ナギちゃん!!なななな何のことか!!わわわわ私には!!わわわわ私分かんないのよ!?」


「はぁ…あんたらウソつくの下手すぎよ…」




片言になる日向。どもりまくりの知恵理にあたしは盛大にため息を吐く。まったく…あたしがそんな反応で気付かないとでも思ってんのかしらこの2人は?


あたしのジト目の視線に日向と知恵理はばつの悪そうな顔で息を吐き出すのだった。




「…【予知夢】だろ?」




渋々といった感じで日向がそっと呟く。その言葉にあたしは、あぁやっぱり…と、またしてもため息をつくのだった。




「はぁ…やっぱあんた達知ってたのね…。輝喜は?このこと知ってんの?」


「…あぁ。俺と知恵理。それに輝喜は真備からお前を夜の恐怖から解放してくれと頼まれたことがあるからな。俺達全員知ってるよ」


「…あの馬鹿弟。本当に大きなお世話よ。お節介にもほどがあるじゃない」


「ナギちゃん!!」




咎めるような知恵理の声が響き渡る。かなり珍しい知恵理の怒った声。最後に怒ったのは3年前。輝喜の眼帯をバカにした人に見せたあの怒り以来だ。


あれと同じくらいの叱咤。だけど知恵理の声はこれ以上、大きくなることはなかった。肩に置かれた日向の手によって――




「…ヒナ君?」


「知恵理。今の凪には怒鳴る必要はない。凪なら問題nothingだから…凪なら分かってるから…」




最後に「だろ?」ってあたしに目線を向ける日向にあたしは1回大きめに頷く。分かってる。分かってる…。あたしにはちゃんと分かってる。


真備があたしのことを本当に考えてくれてることくらい…ちゃんと分かってるんだから…。


本当に…お節介よ。真備。あんたには本当に感謝してるんだから…。




「…バカ」




あたしの呟きに日向と知恵理が微笑んだような気がした。




「と。そんなことはどうでもいいのよ!!それよりあんた達!!あたしの予知夢については知ってんのよね!?」


「うん。ナギちゃんのこと隅々まで全部知ってるよ?」


「…知恵理。あんた、その言い方いろいろ誤解を招くからやめなさい?それとそこの2人!!ニマニマしない!!レリエル!!あんたなんか顔見えなくても雰囲気でニマニマしてんじゃない!!」


「気にしないでください。俺は気にしません」


「あたしが気にすんのよ!?」




ゼーハー…ゼーハー…。こいつら…本当に今日会ったばかりなの?息会いすぎでしょ?じゃなくて!?




「あんたら…!!いい加減にしないと凪払うわよ!?」




あたしの少し殺気を込めた声にニマニマしていた日向とレリエルが急いで顔を逸らす。これでやっと話ができるわ…。


あたしは今日、何度目になるかわからないため息を吐きだす。そして膝の上で少しチクチクする真備の髪を少し撫でると話し始める。真備のことを――




「…真備もね。あたしと同じなの。貰いたくもない力を貰って、苦しむ被害者の1人なのよ」


「…?どういうことナギちゃん?」




不思議そうな顔で首を傾げる知恵理。この子って本当に鈍いわね…。


それとブルータス。あんたもか…。あたしは知恵理の横で一緒に首を傾げる刹那を見て頭を抱える。そして対するように真剣な顔をした日向。レリエルも雰囲気を見る限り同じような表情だと思う。


やっぱり日向とレリエルには分かったみたいね。あたしが言いたいことが…。




「あたしは真備の力を知らないわ。だって真備も知らないんだから…あたしが知るはずもないわ。でも、これだけは言えるわ。あの力は危険。危険すぎるのよ…。あの力を使い続けると――」




全員が息を飲む。あたしを含めた全員が…。でも、あたしにも――




「あの力を使いすぎると――あたしにもどうなるか分からないわ…」


「分からない。ナギちゃん。分からないって…」


「仕方ないのよ知恵理。あたし達も真備の力は知らないし、そもそも真備もこの力を使ったことは…1回しかないし、正直どうなるかは分からないのよ…」


「ん?じゃあ、もしかしたら何もない場合もあるってことか?」




話に入ってきた刹那の言葉も最もだ。だけど、それだけはない。それだけは絶対にない…。だって――




「…真備がね。昔、その力を使ったのを唯一見てた人がいたわ。他ならぬあたしよ」


「凪が…か?」




あたしの言葉に驚いたような日向の言葉。でも、あのときのことは思い出したくない。あのときのことはあたしにとって、予知夢と同等なトラウマだから…。




「あのとき、あたしの前で真備は力を使ったわ。あたしには何が起こったのかは分からなかったけど…気がついたら全てが終わってたわ…」


「…結局。何が起こったのかは分からなかったんだろ?だったら――」


「刹那。あれはそれじゃ済まされないわ。真備の力は危険。危険なのよ…誰よりも真備がね…」




あたしはそう言うと、真備の頬をもう一度優しくなでる。夢に恐怖するあたしと違ってこんなに穏やかな眠りやがって…。


心配させないでよね…。




「…凪。では真備がこんなに早く傷が回復したのは、その力が原因なんですね?」


「そうね。真備の力の正体は誰も知らない。誰もわからない。でも、真備の類い希なる運動神経も…自己再生能力の異常性も…全部、真備の力が原因よ」




ゆっくりと真備を撫でると真備の顔がさらに穏やかになった気がした。あたしも、その顔を見て笑顔を作る。


真備。あんたは無理しちゃダメよ。あたしもあんたも力をうまく操れないんだから…。無理だけはしないでね。


あたしの心の中の言葉に真備が「心配すんな…」という表情をした気がした。




「ふぅ…あたしの話はここまでね。今度はあんたたちが話す番よ」




そしてあたしは手に持った鉄扇を前に出した。




「これについて教えてくれるかしら?」






日向side



「…なぁ凪?」


「何よ日向。悪いんだけど今、話しかけないでくれる?重いから…」




本気で嫌そうな顔する凪。その背中には凪よりも一回りも大きい真備の姿がある。本当にどうやって運んでるんだろうな…。


ちなみに今は、レリエルと刹那。2人と別れて凪と真備を家に送り届けているところだ。凪に真備は俺が運ぶって言ったんだけど…。


こいつはあたしが運ぶの!!の一点張りだから仕方なく俺は妥協していた。だから、この映像が俺のせいじゃないことをはじめにご了承いただきたい。


と。そんなことしてる場合じゃなかった。




「…なぁ時間は取らせないからさ凪。1つだけ聞かせてくれ」


「…なによ?」




不機嫌そうな顔を隠そうともしない凪。その凪の横では真備を抱える凪をオロオロとしながら心配そうにしてる知恵理。


確かに体重が倍近くもある人間を心配するのは当たり前だよな…。まぁ凪だから気にしないけど。


俺は少しだけ可愛らしい知恵理のその姿に苦笑いを浮かべると、さっきの情景を思い浮かべた。レリエルと刹那。2人との別れ際の映像――




「なんで刹那を許したんだ?お前なら真備を傷つけた奴を許す訳ないと思ったんだけど…。お前、隠れブラコンだし」


「殺すわよ?」




今、本気で殺気が飛んできた。




「…という冗談は後にして、あたしがなんで刹那を許したかって話よね?そんなの簡単よ。だって――」




そのとき、凪が振り返る。その顔には笑顔があった。あのとき、刹那に見せた笑顔が…。




「だって――あの子って昔のあたし達にそっくりだったじゃない。あんたと知恵理に救われる前。親の言いなりだった、あの頃のあたし達に――」





凪side(10分前)



「さてと…魂狩。それに能力の話も終わりましたから俺達はおいとまさせていただきます」




あれからあたしはたくさんの話を聞いた。能力者のこと、魂狩のこと、だけどやっぱり一番の衝撃はやっぱりあたし達が能力者だったって話だ。


あたしは風。真備は雷。それぞれ特異な力は違えど、あたし達がさらに人間から遠ざかったのだから衝撃的だった。


そして、話し終えたレリエルはそう言うと立ち上がる。その声につられて刹那も立ち上がった。




「もう…行くのか?」




別れ際のレリエルに日向は少し残念そうに声をかける。対してレリエルのほうも日向のほうを向くとしっかりと頷いていた。



――さっきの話を聞く限りじゃ一回は殺したいほど憎んだ相手なのに…今の2人からは友情すら感じられたわ。



あたしは知恵理のほうを覗き見る。知恵理もあたしと同じことを考えているのかニコニコと笑顔を見せていた。




「…おい凪」




あたしがそう考えていると今度は刹那が話しかけてきた。


ちょっとだけ元気がなさそうな刹那の声に、あたしは刹那のほうを向く。するとやっぱりそこにはバツの悪そうな顔の刹那の姿。あたしはその表情に真剣な面持ちで刹那と対峙する。


そして刹那の口から出てきた言葉を、あたしはじっと黙って聞き入るのだった。




「凪。その…悪かった。言い訳なんかしない。俺はお前たちを傷付けた。だけど、これだけは聞いてほしい。本当に…ごめんなさい」


「………」




刹那の言葉にあたしは一瞬思考が止まってしまった。傷付けたのに謝るその姿。あたしは最初、なんて虫がいい話なんだと思った。


だけど、それは間違いだった。彼女の目を見たとき、あたしは思ったのだ。この子は昔のあたしだと…。




『『………』』




刹那とあたしのやり取りに日向も知恵理もレリエルも、固唾を飲むような表情であたし達のほうを見ている。あたしはどうしていいか分からなくなった。



――こいつらは、あたしに何を求めているの?



あたしの心の中の疑問に答える人は誰もいないし。答えを知るものもいない。


あたしは一度、深く深呼吸をする。そのとき、俺は1つの答えにたどり着いた。答えを知らない。だったらあたしの好きなようにやればいいんだ…と。




「刹那。ちょっとこっちに来なさい…」




日向の話を聞けばレリエルが日向と知恵理を襲ったのは本意じゃなかったらしい…。じゃあもしかしたらこの子も――


このときあたしはあのとき刹那の中にあった怒りじゃない感情を読み取った。


あれは…たぶん、あたし達を傷つけることに対する悲しみだったのではないのかと。それだったら刹那があたしと真備を襲ったのは本意じゃない。


そう思えるには充分すぎる理由であった。だったら今、あたしがしたいことはただ1つ。それは――




「刹那。ちょっと痛いけど我慢しなさい」




――パチンッ!!!




あたしの言葉に咄嗟に目を瞑った刹那。あたしはそんな刹那の頬を思いっきりひっぱたいた。


突然のことに呆然とする刹那。赤くなった頬を押さえ、キョトンとした顔の彼女にあたしは言うのだった。




「…今ので今回の件はチャラよ。後で慰謝料請求するんだから覚えときなさい」




刹那に向けてのあたしの言葉。このとき、あたしは知らず知らずに穏やかな顔をしていた。まるで昔のあたしを見ているようだったから――


刹那ははたかれたほうの頬をさすりながらあたしを見つめる。その刹那の表情にも、どこか優しい穏やかさがあった気がした。




「ありがとう…凪」




そのとき見せた、彼女の本当の笑顔は雪のように冷たいものじゃなく、まるで優しいお日様のような暖かい笑顔だった。




「じゃあ行きますよ刹那。ちなみに凪。慰謝料は絶対に払いませんからそのあたりはよろしくお願いします」


「む。案外ケチなのねレリエル。でもあんた達のこと、絶対に突き止めて絶対に慰謝料払わせるんだからね!!覚悟しなさい!!」


「楽しみにしてますよ。それでは日向、知恵理、またお会いしましょう」




そう言った瞬間、レリエルの姿は忽然と消え去っていた。


2回目だからか、日向と知恵理は不思議そうには思っていなかった。そしてレリエルに呼ばれた刹那はもう一度あたしの方を見ると、微笑んだ。




「真備が起きたら…すまなかったって、言っといておいてくれねぇか?」




その言葉にあたしはしっかりと頷いた。




「わかったわ。ちゃんとあたしが責任を持って伝えとくから…」




あたしの答えに満足したのか刹那は再び笑みを浮かべるとレリエルの後を追うように歩き出した。


あたし達はその姿を最後までしっかりと見送るのだった…。


こうしてあたし達の長い1日は終わる。だけど本当に大変だったのはこれからだった。翌日。あたし達は本当の恐れを知ることになる。






あの男。【時雨水城】の手によって――








日向side(おまけ)



凪と刹那の感動的?な別れから15分後。真備が目を覚ましたようである。


凪の背中で辺りをキョロキョロと見渡す真備。はっきり言ってすごい映像だ。




「俺は一体…あれ?日向?知恵理?どうしてお前らがいるんだ?」




はぁ…マジでめんどくせぇ…。また同じ話をしないといけないのかよ。


まぁ同じ話なんだしすぐに終わるか――


ところが後に俺は俺自身の考えの甘さを知ることになる。


俺は忘れていた。真備の頭は凪ほどの理解力がないことを…。そのため、それから1時間、俺達は必死に説明しなければいけないことを俺はまだ知らなかった。


俺達の長い1日はまだまだ終わりそうにない――






           `

刹那と和解した凪・・・だが、凪が見た夢が意味することとは?


さらに、レリエルと刹那を操る存在とは?


いよいよ、舞台は二日目に突入する。


輝喜は?悶は?水城は?


次回に続く

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