空母の設計
軍縮条約が無効となった1937年、日本海軍は蒼龍型より大型な空母を欲していた。そのため、渡邉にその設計を依頼した。
そして、平賀造船中将などの意見を参考にしつつ、さっそく設計が始まった。
平賀氏は史実の翔鶴型のような空母を提案した。
「流石に飛行甲板の防御が足りません。ここはハリケーンバウを採用し、飛行甲板長と防御力を向上させるべきです」
「空母は搭載機数があってこそだ。装甲を増やすと搭載機数は減ってしまうぞ。」
「艦載機を大量に並べて、その中に爆弾が落ちようもんなら、空母は一気に無力化されてしまいます。せめてアメリカの1000ポンド爆弾は耐えれるようにしましょう」
などなど毎日激論が続き、結局以下のようにまとまった
翔鶴型空母
・全長 260m
・全幅 33.6m
・吃水 7m
・基準排水量 38000t
・飛行甲板 263m×30m
・機関 ロ号艦本式改 十二基
・速力 34kt
・飛行甲板装甲 50mm〜75mm、一部コンクリート、その他はラテックス張り
・艦載機
零戦 21機
97艦攻 23機
99艦爆 32機
・自衛武装
長十センチ連装高角砲 8基
40mm連装機銃 12基
25mm連装機銃 16基
・油圧式カタパルト2条装備
電探
・2号1型対空電探(21号電探)
「この空母はたいそうな巨艦だが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「はい、問題ございません。この船はしっかりと動きますよ。」
「それからアメリカとの関係が悪化しているとも聞いた。戦争も案外近いのかもな」
など平賀中将と会話を交わし、1930年代も残り2年となった。




