彼女が誰にも言えなかったこと
瑠璃は、翌日も、その翌日も学校に来なかった。
亮は不安で、廊下を歩くたびにため息をつく。
春乃「……まだ来てないの?」
亮「……うん」
七海「転校してきたばかりだし、体調崩したのかも?」
レイは何か考えるように頬に指を当てた。
レイ「亮くん。
瑠璃さん、何か言ってなかった?」
「……何も。
ただ、“また話してくれたら嬉しい”って……
それだけ……」
亮は拳を握りしめた。
「……嫌われたとかじゃ……ないよな……?」
春乃「亮がそんな弱気になるなんて……」
晴「心配なんだね」
春人「お前……マジで恋したんだな」
亮は小さく頷いた。
放課後、亮は図書室で瑠璃の名前が書かれた
一冊のノートを見つけた。
「……これ……瑠璃の……?」
中を開くと、きれいな字でこんなメモがあった。
『転校先でどうにかやれるように、
これ以上迷惑かけないように』
『誰にも迷惑かけたくない』
ページをめくると、時間割の横に小さな付箋。
『病院 診察 13:00』
亮は息を呑んだ。
「……病院……?」
胸が締めつけられる。
その時、図書委員の女子が声をかけてきた。
「あ、それ……山城さんの忘れ物だと思う。
昨日、少し具合悪そうだったよ」
亮「……具合、悪そう……?」
彼女は続ける。
「保健室に運ばれた後、そのまま帰っちゃったけど……
大丈夫なのかな……」
亮はその場に立ち尽くした。
——瑠璃は、何か抱えてる。
なのに俺は、それに気づきもしなかった。
部室にノートを抱えて飛び込む亮。
「みんな……!!
瑠璃……病院に通ってる……かもしれない……」
全員が息を呑む。
七海「びょ、病院って……どこが悪いんだろ……?」
春乃「亮……落ち着きなよ。
本人の口から聞かないと何とも……」
春人「そうだな。
まずは本人と話すのが一番だ」
亮は震える声で言った。
「……俺、聞きたいんだ。
瑠璃が何抱えてるのか……
でも……
“聞く資格”なんてあるのかな……?」
レイが亮の肩を叩く。
「資格なんていらないよ。
亮くんは、瑠璃さんが笑った時、
本気で胸を押さえてた。
それで十分だよ」
亮は、ぎゅっと拳を握った。
「……ありがとう。
行ってくる」
亮は瑠璃の家を探し、ようやく見つけてベルを押した。
ガラッと開く戸。
出てきたのは瑠璃本人だった。
顔は少し青く、細い腕が震えている。
「……亮、くん……?」
亮は息を呑んだ。
「瑠璃……大丈夫なのか……?
学校ずっと休んでて……心配……で……」
瑠璃は小さく微笑む。
「……ごめん。
心配、かけたくなくて……」
「迷惑なんて、かかってねぇよ!!」
思わず声が大きくなってしまう。
瑠璃はびくっと肩を震わせた。
亮は慌てて声を落とす。
「ち、違う……怒ってるんじゃねぇ……
ただ……言ってほしかった……
なんでもいいから……話してほしかったんだよ……」
瑠璃は数秒黙り、
そして小さく呟いた。
「……亮くんには……
“迷惑かけちゃいけない”って……思ったから……」
亮「迷惑って……何の話だよ」
瑠璃はゆっくりと目を伏せた。
「……私……
持病があって……
月に何度か病院に通わないといけないの。
めまいとか、時々倒れることもある……」
亮の心臓が一気に締めつけられる。
瑠璃は続けた。
「転校も……それが理由。
でね……
誰かと仲良くなっても、
迷惑かけちゃうかもしれないから……
もう……親しい人つくらないって……決めてたの」
亮はその言葉に、息を飲んだ。
「……瑠璃……」
瑠璃は俯いたまま言った。
「だから……亮くんが優しくしてくれて……
嬉しかったけど……
怖かった……の」
亮は一歩踏み出し、瑠璃と目線を合わせた。
「瑠璃。
俺、お前が倒れたら……
絶対迷惑とか思わねぇよ」
瑠璃「……え……?」
亮は続ける。
「だって、
好きな人のこと、
助けたいって思うのは普通だろ。
迷惑とか……思うわけねぇだろ……」
瑠璃の目が丸くなる。
「……す、き……?」
亮は真っ赤になりながら言った。
「そうだよ……
俺……お前の笑った顔が好きなんだよ……
胸がどうとかじゃなくて……
本気で……瑠璃が……好きなんだよ……!」
瑠璃は口元を押さえ、
涙を浮かべた。
「……そんなこと……言われたら……
私……嬉しくて……泣いちゃうよ……」
亮はそっと手を伸ばすが、触れられないまま止まる。
「……泣かせていいなら、泣けよ」
瑠璃はぎゅっと亮にしがみつき、小さく泣いた。
亮もそっと彼女の背中に手を添えた。
「瑠璃。
病気とか関係ねぇよ。
俺……お前ともっと話したい。
一緒にいたい。
それだけだよ」
瑠璃は涙の中で微笑んだ。
「……うん……
私も……亮くんと……いたい……」
瑠璃の秘密は、恋を遠ざけるためのものだった。
でも亮の言葉が、それをそっと溶かしていった。
部室に戻った亮は、
全員に見せるかのように晴れ晴れとした顔で言った。
亮「……俺、ちゃんと話してきた。
瑠璃のこと……
全部聞いて……
全部受け止めた」
七海「亮くん……よかった……!」
春乃「亮……かっこよかったんじゃない……」
春人「変態も、成長するんだな……」
レイは微笑む。
「じゃあ、新しい研究テーマだね。
『本気の恋が人を変えるメカニズム』」
亮「また研究すんのかよ!!」
レイ「当然」
みんなが笑う中。
亮だけは、そっと窓の外を見上げた。
瑠璃の笑顔が、胸の奥で優しく光っていた。




