笑ってる方がいい!
放課後。
同好会の部室に行くと、亮が来ていなかった。
珍しい。
春乃が首を傾げる。
「エロ猿の癖に今日は静かね。
誰かに捕まった?」
七海が少し心配そうに言う。
「亮くん、昨日から休んでるの。
連絡もつかなくて……」
胸がざわついた。
亮はバカみたいに元気で、バカみたいに下ネタ全開で、
バカみたいに人を笑わせる。
そんなやつが“突然来なくなる”なんて、普通じゃない。
俺はスマホを握りしめ、
亮の家の住所に向かった――。
ピンポンを押しても反応がない。
カーテンは閉まったまま。
俺は思い切って声を張り上げた。
「亮! 開けろよ!
なんかあったなら言えよ!」
沈黙。
……でも、
かすかに玄関の向こうから息の気配がする。
固く閉ざされた扉の前で、俺は言い続けた。
「お前がいないと、同好会が静かすぎるんだよ!
七海も春乃も心配してる!
俺も……なんか、嫌なんだよ。
いつも騒がしいお前が黙ってるの!」
すると――
ゆっくりと、錠の外れる音がした。
扉がほんの少し、開いた。
そこから覗いた亮の顔は……
いつもの軽薄な笑みじゃなかった。
目が真っ赤に腫れていた。
「……悪い。
今日だけは……誰にも会いたくなかったんだ」
亮は笑おうとしたが、
唇が震えて崩れた。
俺は靴を脱いで家に上がり、
亮の部屋のドアをそっと閉めた。
「亮、何があったんだ」
しばらく黙っていた亮が、
ため息のように言葉を吐き出した。
「……親父が、また暴れた」
胸が詰まった。
亮はゆっくり話し始めた。
母親は亮が小学生の頃に出て行った。
父親は仕事が上手くいかず、酒に溺れた。
酔うと、怒鳴る。
殴る。
物を壊す。
亮はいつも家でひとり震えていた。
でもーー
ある日、亮は悟った。
「泣いてると余計に殴られる。
だから笑っておけばいい」
それ以来、亮は“笑う役”を演じた。
下ネタを連発して、ふざけて、誰かを笑わせることで、
**「亮はバカな奴だ」**って思わせておけば、
本当の自分をごまかせた。
亮の声が震える。
「……昨日、久しぶりに殴られた。
もう慣れてるはずなのにな……
情けなくてさ。
誰にも見られたくなかった」
拳を膝に押し付ける。
「俺さ、ずっとビビってんだよ。
“人が近づくと、傷つけられる”って思っちゃって。
でも……
離れていくのも怖いんだよ」
子供みたいな震え声だった。
俺は亮の肩を掴んだ。
「亮。お前は弱くなんかねぇよ」
亮は泣き笑いを浮かべる。
「……弱いよ。
だからバカみたいにエロいことばっか言って、
明るい奴のフリしてんだよ」
部屋の空気が重く沈む。
亮の声がかすれた。
「本当の俺なんて……
誰も好きにならねぇって……
ずっと思ってた」
俺は亮の手首を掴んで立たせた。
「亮。
お前は忘れてるだろうけど――
同好会のメンバーは、
“お前の本気の笑顔”が好きなんだよ」
亮が目を見開く。
「バカみたいに下ネタ言うお前も、
ふざけて周り巻き込むお前も、
それで救われたやつがどれだけいると思ってんだよ…!」
亮の目から涙が落ちた。
「……春人。
お前、なんでそんな……」
「だって俺たち、仲間だろ」
亮は顔を覆い、声を震わせた。
「……仲間、か。
……俺、そんな言葉……
信じていいのか……?」
「信じろよ。
少なくとも俺は、お前を見捨てねえ」
亮は崩れ落ちるように座り込み、
肩を震わせながら泣いた。
隣に座り、黙って肩を貸した。
しばらくして、
亮は涙で笑った。
「……やっぱお前、ずりぃよ。
そんなこと言われたら……
もっと一緒にいたくなっちまうじゃん」
俺は微笑んだ。
「なら、明日部室に来いよ。
みんな、お前が来るの待ってる」
亮はゴシゴシ涙を拭いて、笑った。
「……ああ。
行くわ。
俺の居場所が……まだあるなら」
翌日、部室に入ると。
部室の扉を開けた亮を見るなり、
春乃が言った。
「……遅い! エロ猿!!」
七海はふわっと抱きついてきた。
「亮くん、戻ってきてくれて良かった」
亮は驚きながらも、
ぽつりと、小さく言った。
「……ただいま」
七海は微笑む。
「おかえり、亮くん」
その瞬間ーー
亮は本当に、救われた顔をしていた。
帰り道。
亮は照れくさそうに言った。
「なあ春人。
俺、思ったんだけどさ」
「おう」
「……誰かの前で “本音” で泣けるって、
それだけで救われるんだな」
その言葉は、
いつもの冗談じゃなく、
亮が初めて見せた“強さ”だった。




