第七話 顔が見えなくても良い
この温もりはすぐに消えるだろう。
彼女はくるりと背を向けて、歩き出す。
このまま野平さんを行かせていいのだろうか。
確かにあのクレヨンでぐちゃぐちゃに塗られたような顔は不気味であった。
だけどそれを補って余りある魅力も野平さんにはある。
それはあの熟れたメロンのような特大の巨乳だ。テーブルの上に乗るほどの巨乳はめったにお目にかかれない。もし野平さんと付き合えばあのぷるんぷるんのおっぱいを好きにできる。
それは下品な欲望なので、さすがに口には出来ないけどね。
顔なんて皮一枚のことをそれほど気にする必要はないのではないか。
あの魅力的なダイナマイトボディを好き放題できるなら些細なことではないか。
それに喫茶すみれで二時間にも及ぶオタクトークはあんなにも楽しかったではないか。
野平さんの顔が分からないということで、彼女と二度と会わないなんてあまりにももったいなくはないか。
せめてあのメロンおっぱいを一揉みするまでは離してはいけないと僕は思った。
この際、性欲に正直にいこう。
男なんて馬鹿な生き物なんだしね。
背を向けて一歩を踏み出した野平さんの手を僕は握りしめた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
僕はどうにかしてそれだけを喉から絞りだした。
野平さんはくるりと振り向く。
その顔はクレヨンによって塗りつぶされているので表情はまったくわからない。だけど野平さんの手のぬくもりは感じることができる。
この肌の温かさはとんでもなく気持ちいい。
女子の肌ってこんなにも気持ち良いんだ。
「私のこと怖くないんですが?」
可愛らしい声が鼓膜に心地よい。
ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた顔は正直怖いけどそれ以外は可愛らしいことこの上ない。
顔が見えないデメリットとそれ以外のメリットを考えた場合、メリットの方に天秤が傾く。
「正直いうとちょっと怖いです。でもそれだけで二度と野平さんと会えないなんてのは寂しいです」
僕は野平さんの見えない顔を見て、そう言った。
「野平さんとは今日会ったばかりです。あなたと話して僕も楽しかったです。またあんな風に過ごしたいって僕は思ったんです」
そうだ。僕はまた野平さんとあんな風にアニメや漫画の話をしたい。
ぐすぐすと鼻をすする音だけが聞こえる。もしかして野平さんは泣いているのだろうか。
彼女は手に持っていたサングラスとマスクをつける。とたんにクレヨンのぐちゃぐちゃは消えた。
「はい、わかりました。また会って下さいね」
野平さんのその声はどこか嬉しげに僕には聞こえた。




