第四話 待ち合わせ
仕事が終わり、近くのスーパーで割引のとんかつ弁当を買ってきた僕はご飯をたべながらスマートフォンの画面を何気なく見る。
テレビからはレトロゲームの実況が垂れ流されている。ピコピコという音がバックミュージックだ。
スマートフォンの画面には天使の導きからの通知があった。アプリをタップして開くと一件着信メッセージがある。
さらにタップするとメッセージの内容が見て取れた。
「こんにちは。野平麻里子と申します。おすすめに紹介され、プロフィールを読んで気になったのでメッセージを送らせていただきました。私もアニメやコミックが大好きです。よろしければ返信おまちしています」
メッセージは午後一時に届いたものであった。
まさかこんな僕にメッセージが届くなんて思ってもみなかった。
気になった僕は野平麻里子さんのプロフィールをタップする。思わずごくりと生唾を飲み込む。
プロフィールを見るだけなのにその人のプライバシーをのぞきこむような罪悪感のようなものを持ってしまう。いやいや、相手も僕のプロフィールを見ているのだからお互い様だろう。それにプロフィールをのせたのは本人なのだから、何も恐れることはない。
野平麻里子さんのプロフィールには奈良県在住のイラストレーターと書かれていた。年齢は二十六歳とある。三つ年上なのか。年上のお姉さんは大好物だ。
いろいろ教えてあげるなんて夜にいわれて、叡智なことを教えてもらいたい。
おっとプロフィールを見ただけで何を妄想してしまっているんだ。
僕の悪い癖だ。
野平麻里子さんの容姿が気になったのでプロフィールに張られたアイコンをタップしてみる。名前の印象から和風美人を想像する。
だけど彼女の容姿はよくわからなかった。
野平麻里子さんはサングラスをかけ、マスクを着けていた。ただ髪色は亜麻色でロングヘアーだということはわかった。
たしかにネットに素顔をあげるのは女性にとってはそこそこ危険だよな。僕はたいして考えもせずにあげてしまったけど。まあ僕のようなぱっとしない男の顔なんか誰も気にはしないよな。
そうだ、このメッセージにはアニメや漫画が好きだと書かれていた。
もしかすると僕と話が合うかもしれないな。
瑞樹にアニメの話題をふってもとくに反応がなかったのを思い出し、またへこんでしまう。話があわないというのもふられた原因なのだろうか。
今更そんなことを思っても仕方がないことだが。
とんかつ弁当の残りをかきこみ、僕はメッセージの返信を考える。
顔が分からないとはいえ、せっかくメッセージをくれた相手を無視するのは忍びない。それにもし、実際にあってみたら気が合いしかも美人だったらどうする。
それはあまりにももったいないではないか。
震える指で僕はメッセージを返信する。
「こんばんわ。メッセージありがとうございます。最近見ているのは仮面の幻想マスクドファンタジーです。推しのキャラは黒崎エリカです」
去年見てはまったアニメのタイトルを僕は書いてみた。
仮面の幻想マスクドファンタジーはいわゆる魔法少女ものだが、けっこうグロくて鬱展開の回が多い。だけど中盤から登場する黒崎エリカは力の仮面の能力を使い、それまでの鬱要素をふっとばすのだ。彼女の登場によりそれまでたまりにたまった敵へのヘイトが一気に解消されるのだ。
メッセージを送り終えた僕は一仕事終えた気分になり、シャワーを浴びる。
なんだか浮かれた気分になった。
熱いシャワーを浴びて、さっぱりした僕は気になってスマートフォンの画面をタップする。天使の導きのアプリを起動させるとなんとまた一通の着信メールがあった。
それはもちろん野平麻里子さんからだった。
おもわず一人でガッツポーズをとってしまう。
さっそくのお返事ありがとうございます。私も仮面の幻想みてました。私は序盤の魔法少女たちが苦戦するところがすきですね。推しのキャラは天宮りりぃですね。優柔不断で味方を犠牲にしてしまうところにはまってしまいました。
メッセージに何故か熱い熱量のようなものを感じ取ってしまった。
こんなに早くに返信がくるということはこのスマートフォンの向こうには野平麻里子さんがいるのかもしれない。その思いにいたると心臓が早鐘をうつのを自覚した。
それにしても仮面の幻想をちゃんと見ているということはかなりのオタクに違いない。魔法少女ものとはいえ、深夜アニメだ。配信もされているが、それでもこのアニメを見ているのはオタクに間違いない。
それから僕は野平麻里子さんと三回ほどメッセージのやりとりをした。
天使の導きは月額料金を払うとその間はメッセージ料金が無料となる。
阿良又から半額クーポンをもらっておいてよかった。
あっこういうけちくさいところもふられた原因か。
「もしよろしければ、今度お会いしませんか。水樹さんと一度直接あってお話したいです」
四回目の野平麻里子さんからのメッセージはまさかのお誘いであった。
僕は野平さんのメッセージを目で反芻する。
どうしようかと一瞬迷う。
だってネットで知り合った人とサシであうのは心臓を吐いてしまうぐらいには緊張する。だが、野平麻里子さんと直接あってオタクトークをしてみたいという欲求もある。自明の理だが、男性オタクが求めるのは同じ女性オタクだ。
「はい、でしたら次の土曜日に難波でどうでしょうか?」
僕はメッセージを送る。
やはり彼女の住む奈良までいったほうがよかっただろうかとも思ったが返ってきた返信は承諾であった。
「いいですね。私、日本橋巡りを誰かとしたかったんです。では次の土曜日によろしくお願いします」
そのあと僕たちは詳しい待ち合わせ場所を決めて、会うことになったのだった。




