第三十二話 連載を勝ち取れ
授賞式の翌日、竹河不由美から漫画原作のPDFが「恋泉耶雲」のグループラインに送られてきた。
恋泉耶雲はあの怪談で有名な小泉八雲から発想をえた名前だ。今のところ創作チームの名前にすぎないが、将来的にはこの名で法人化を目指したい。
この話を麻里子さんにしたら、全部おまかせしますという返答であった。
竹河不由美からはいいじゃないの協力するわという答えが帰ってきた。
麻里子さんには創作に専念してもらい、雑務は僕がこなそうと思う。
後日、創作チーム「恋泉耶雲」には猫矢夢乃さんと阿良又光司そしてなんと江戸沢麻美香先生も加わることになる。それと並行してサークル「江戸むらさき」は解散ということになった。
仕事が終わり、帰宅した僕はさっそくPDFを開く。この日は麻里子さんは自宅にいた。授賞式やらなりやらの疲れで休んでいるそうだ。
竹河不由美が考えたファンタジーものの漫画原作のタイトルは「ペルソナ・プリンセスナイト」というものであった。
ストーリーは定番の婚約破棄ものだ。
十六歳の伯爵令嬢アイリーンは突如エルマリエ王国王太子ルカから婚約破棄される。
アイリーンは無実の罪で捕らわれる。深い失望と屈辱を味わう彼女のもとに父親のフィリップ伯爵が殺害されたという知らせが舞い込む。
そしてアイリーン自身も近いうちに謀反の罪で処刑されることが決まった。
アイリーンは友人で幼馴染の魔法使いセリーナの力を借りて、牢獄から脱出する。
正体がばれないように魔女セリーナが作り出した神秘の仮面ヴァリエトの力を使い復讐の戦いに身を投じるというものだ。
第一話としてアイリーンが牢から抜け出すところまで書かれていた。
僕は正直、面白いと思った。仮面という発想はデジタルクロニクルの仮面の姫騎士リリアという人気キャラがいるので想像しやすい。リリアの場合はただのデザインでしかないが、アイリーンの仮面にはきっちりと意味がある。
面白いと思います。これからの展開がきになります。
と僕はグループラインにメッセージを送る。
すぐにしゅぽっという音がして、麻里子さんからメッセージが送られる。
たしかに悪くないと思いますが、姫騎士リリアの二番煎じじゃないかしら。
麻里子さんの意見はそういえばそうなんだけど、仮面をモチーフにしたキャラクターなんて昔からいっぱいあるし、いいんじゃないかなと思う。
この主人公は麻里子、あんたの分身でもあるのよ。素顔を隠して生きてきたあんたから着想を得ているの。アイリーンの成長がすなわちあんたの顔喪失症からの脱却も意味するの。
それは竹河不由美からのメッセージだ。
へえ、そういう考察もあるのか。
うーんでも、あまりにもベタすぎませんか。
麻里子さんはなんだかこの「ペルソナ・プリンセスナイト」が気に食わないようだ。
水樹君、あなたはどう思う?
竹河不由美が僕に話を振ってきた。
僕はいいと思うよ。原作をどうアレンジするかは麻里子さんの腕しだいだしね。それに他にシナリオがないのなら、これでいくしかない。だって次の企画会議まであと半月もないんだよ。
僕は言葉を選びながら、メッセージを送る。
まあ水樹さんがそういうなら、このシナリオで企画書と第一話のネームをつくってみますわ。
麻里子さんのメッセージからは明らかなしぶしぶ感がつたわる。
そう、僕たちに残された時間は少ない。
キャラクターの設定をもっと詰めたいから次の週末、奈良のあんたの家に行っていいかしら?
竹河不由美からのメッセージだ。
じゃあ僕が道案内するよ。
僕はグループラインにメッセージを送る。
麻里子さんはしばらく無言だ。
一分ほどしてOKサインをしているメタルギアード・レクイエムのセラのスタンプが送られてきた。
その直後、僕の個人ラインに竹河不由美からメッセージが送られてきた。
その日は私一日フリーだからよろしくね。
というものだ。
どうして個人ラインなのだろうか?
まあ深く考えても仕方がない。
僕は黒猫の頭の上にOKという文字が浮かんでいるスタンプを送る。
それから数日が過ぎた十月下旬の土曜日、僕は近鉄難波駅の改札前にいた。
時刻は午前九時とけっこう早い。
土曜日ということで朝早くから多くの人で地下の改札前は混雑していた。外国人観光客の数もかなり多い。英語、韓国語、中国語、などが飛び交っている。
「おはよう、水樹君」
その声のすぐあと、誰かが僕の腕に抱き着いた。温かくて柔らかなものが右腕に当たっている。
その正体は竹河不由美であった。
この日の竹河不由美はピンクのカーディガンにその下は丸襟の白ブラウス、白いロングスカートをはいていた。なんだかお嬢様っぽいな。足元はスニーカーでそこだけが活発な感じがする。
竹河不由美という女子は会うたびに違う印象を与える服を着てくるな。
彼女と会う楽しみがそれだ。
麻里子さんのスタイルは僕好みのエロさがあるんだけど、普段の服装は結構シンプルなんだよね。
それにしてもこいつ距離感がバグっていないか。なんか腕絡ませてきているし。
さすがに彼女でもない女性と腕を組んであるくのはまずいので、どうにかして振りほどく。ふりほどいたはいいが、肩に肩を寄せてきた。
あのバニラの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
この匂いはサキュバスのフェロモンのようなものだ。思考力を低下させる。
どうにかして距離をとろうとしたが、バスケのディフェンスのように竹河不由美はぴったりと僕から離れない。
電車の時間がせまってきたので、僕はあきらめて改札をぬけ、電車に乗った。
竹河不由美が僕から離れたのは改札をくぐる瞬間だけであった。
運良く「ならしかトレイン」にのることができた。
鹿だらけの車内を見た竹河不由美は少女のようにテンションをあげて、車内の写真を撮りまくっていた。
はしゃぐ彼女をみて、僕は可愛いなと思ってしまった。




