第三十話 創作チーム結成
竹河不由美に麻里子さんが描く漫画の原作を依頼して数日後のことである。
九月中旬の土曜日に僕は麻里子さんに竹河不由美を紹介する手はずとなった。場所は馴染みの喫茶店すみれを指定した。
時刻は土曜日の午後四時である。喫茶店はいつものように混んでいた。
少し早く着いた僕たちは花子さんにもう一人来ることを告げ、空いているテーブルに案内してもらう。
四人がけのテーブルに僕と麻里子さんは並んで座る。
僕はアイスコーヒーを麻里子さんは定番のメロンクリームソーダを頼む。
十分ほど待つと竹河不由美が姿をあらわした。
この日の竹河不由美は英字が書かれたYシャツにスリムのデニムというスタイルであった。こんなYシャツなんか男子が着たらダサいと思うけどスタイルの良い竹河不由美が着るとお洒落に見えるから不思議だ。そして彼女はYシャツのボタンを三つ目まで開けていた。
形の良い胸の谷間が簡単に見ることができる。
なんだか今日は扇情的だ。いや、それはいつもか。
竹河不由美は僕たちの向かいに腰かけるとウエイトレスの花子さんにロイヤルミルクティーを頼んだ。ほどなくしてロイヤルミルクティーが運ばれてくる。
「はじめまして。私は作家の竹河不由美よ。よろしくね」
竹河不由美は左目を閉じてウインクする。美人のウインクは絵になるな。
彼女はテーブルに小さなハンドバックから取り出した名刺を置く。その名刺には竹河不由美のEメールアドレスとツイッターのアドレスが書かれていた。
「こんにちは。のっぺらぼう麻里こと野平麻里子です」
麻里子さんも名刺を置く。麻里子さんの名刺は彼女がデザインしたもので、右端に夢食みジャックが描かれている。
「あら、ごていねいに」
竹河不由美は名刺を受け取り、バックに入れる。麻里子さんは名刺をちらりと見て、トートバッグにぽいっと入れる。
うーん、ちょっと乱暴だな。
麻里子さんにしては珍しいな。
「水樹君からだいだいの話は聞いているわ。野平先生が描く漫画の原作を書けばいいのよね」
すっと竹河不由美はロイヤルミルクティーを一口飲む。
「竹河先生の小説はカクヨムのサイトで拝見させていただきました。流行をよく読んだ王道の良作だとは思います」
麻里子さんはアイスを一口食べる。
なんだか危うい雰囲気だな。
「それは読者に媚びた作品だということかしら」
竹河不由美は切れ長の瞳をさらに細める。
「いえ、流行を読んでユーザーのニーズに合わせるのは大事なことですね」
うふふっと麻里子さんは微笑む。どこか高笑いに聞こえる。
「そうですね。あなたの漫画もとても個性的で素晴らしいですわね。好事家には喜ばれるでしょうね」
竹河不由美は目と唇を細める。
なんだか京都人同士みたいな話し合いになってきたな。
僕がしないといけないことは麻里子さんの描く漫画の企画を通すことだ。そのために竹河不由美の協力が必要なのだ。
「まあまあ落ち着いて」
僕が二人にいうと同時に四つの目からきっとにらまれた。
「夏彦さん、なんですかこの人は。めちゃくちゃ美人じゃないですか。それにお洒落でしかも同級生なんですよね。もしかしてもしかして夏彦さんはこの人と……」
どんっと麻里子さんはテーブルに巨乳を置いてその前で腕を組む。
「水樹君、彼女ってなんというか体エロすぎないかしら。まるで君の好きな同人誌に出てくる女の子たちみたいじゃないの。こんなのとどうやってあなたを……」
竹河不由美はキッと麻里子さんの巨乳をにらむ。
ふふんっと麻里子さんはテーブルに乗せられた巨乳を持ち上げる。
なんだか話がさらに可笑しな方向に進んできたぞ。この二人何を争っているんだ。
「美人ってのはありがたく受け取っておくわ。あなたもけっこう可愛いじゃないの。水樹君が惚れるのも仕方が無いわね」
ふーとため息をつき、竹河不由美は左斜め下に切られた前髪をかきあげる。
「えっ私可愛いですが?」
麻里子さんは大きな垂れ目を見開く。
「うん、何言ってるの。あなた男が好きそうな可愛い顔をしてエロい体してるじゃないの」
竹河不由美の言葉は少しだけ熱量が下げられていた。
「私、可愛いなんてあんまりいわれたことなくて。昔はブスだブスだっていわれていて……」
それはきっと麻里子さんの顔喪失症が発生する原因になった言葉であろう。
彼女は自分のことをひどく醜いと思うようになり、顔を誰にも見られたくないと心の底から思った。そして顔を誰にも見られなくするために体が防衛反応として顔喪失症を発生させたのだ。
「何言ってるの。あんまり人の顔のことをどうこう言いたくないけど、あなたかなり可愛いわよ。まあそれでも私ほどじゃないけどね。でもそこら辺の女の子よりあなたの方が可愛いってのは断言できるわ。これは客観的な事実よ。それになりよりおっぱいデカいし」
竹河不由美はにこりと微笑んだ。
「まあコンプレックスなんて誰にでもあるもんよ。私もこの糸目嫌いだし」
竹河不由美はお冷を飲み干した。
竹河不由美の切れ長の瞳って魅力的だけど本人は気にいらないということか。美人にも美人なりの嫌な部分があるというわけか。
「そんな竹河先生、とても美人ですよ。インスタグラムの画像も綺麗だし。私にはあんな風に人前にでられません」
麻里子さんはそんなことないですよという風に巨乳の前で手を振る。
「そうね私は武器になるものは何でも使うたちたがら。あなたみたいに作品だけで勝負できたら良いんだけどね」
竹河不由美の微笑は自嘲に見えた。
「そんな作家はやれることは何でもやるべきですよ。でないと一億総クリエイター時代を生き残れません」
うんうんと麻里子さんは頷く。
ひらりと竹河不由美は自分の頬をなでる。しかしこいつの動作いちいち絵になるな。
「どうやらあなたも私も同じ穴のムジナのようね。どうやったって創作をやめられない。そんな呪われた十字架を背負っているのよね」
中二病みたいなセリフも竹河不由美が言うと説得力があるな。
「そうですね。私も漫画なんてコスパが悪いことは分かってるんですけどやめられないんですよね。まあ私の場合はムジナじゃなくてのっぺらぼうですけど」
麻里子さんの言葉を聞いてくすくすと竹河不由美は笑い出す。
「あなた気に入ったわ。一緒に面白いもの作りましょう」
竹河不由美は右手を差し出す。
麻里子さんはその手を握る。
「ええ、よろしくお願いします」
麻里子さんはうふふと吐息交じりに微笑んだ。
この日この時が創作チーム「恋泉耶雲」誕生の瞬間であった。




