第二十九話 元クラスメイトの気持ち
肥後橋の創明出版での打ち合わせから数日後の夜、僕は竹河不由美と食事にでかけた。
場所は前に江戸沢麻美香先生らと会合をしたオオサカ・グロウである。
「あらっけっこうお洒落な店をしっているのね」
店内をぐるりと見渡して竹河不由美は感想をのべた。
この日の竹河不由美はスポーツブランドの黒のワンピースを着ていた。体のラインがはっきりとわかるデザインのワンピースだ。スタイルの良い竹河不由美によく似合う装いであった。
「まあね。阿良又に教えてもらったんだ」
僕は正直に答える。ここで格好をつけても仕方がない。
「阿良又君ってあの……」
竹河不由美は視線を上にむけて記憶をたどっているようだ。
「そう同級生の」
僕は付け足す。
「まだあなたたちつながりがあったのね。うらやましいわ」
竹河不由美は人差し指を顎先にあてる。
「竹河はそういうのっていないの」
竹河不由美はいわばクラスのカーストトップに君臨していた。陽キャの友達がいっぱいいてもおかしくないはずなのに。
「学校をでたらそれっきりよ。友達なんてそんなものよ」
床を見て、ふふふっと竹河不由美は微笑む。どこか寂し気に僕には見えた。
ほどなくして店員さんが僕たちを個室に案内した。前回とは違い、二人だけなのでその個室は狭かった。照明も微妙な明るさでなぜかムードが漂っている。
僕が奥にすわると何故か竹河不由美は隣にすわった。
「えっなんで隣にすわるの?」
僕は疑問に思う。
「まあいいじゃないの」
竹河不由美はとぼける。
うっそれにしても距離が近いな。
肘と肘が当たっているんだけど。それにあの独特の甘い匂いがする。
甘いバニラの匂いって芳香剤なんかだと好きじゃないんだけど、竹河不由美から漂う匂いは良い気持ちにさせてくれる。
女性店員が注文をききにきたので、僕たちは料理と飲み物を頼む。
料理は名物の串カツセットにだし巻きたまごとシーザーサラダを頼んだ。飲み物は僕はコーラで竹河不由美はこのお店のオリジナルカクテルのナニワサンセットをたのんだ。
「へえっこのカクテルきれいね」
竹河不由美は料理とカクテルをスマートフォンで撮影する。
僕たちはしばらく雑談しながら、料理を食べる。
竹河不由美との会話は麻里子さんの時のように熱を帯びたもりあがりはないものの、なんだか心地の良いものだった。作家でライターをしているというだけあって、竹河不由美の話の引き出しは多くて、聞いているだけで楽しい気分にさせてくれる。
「それで私を呼び出したのはどうして?」
すでにナニワサンセットを飲み干し、二杯目のカシスオレンジも竹河不由美は飲み干そうとしていた。三杯目に彼女は生ビールを注文した。すぐに店員さんがジョッキに入ったビールを持ってくる。
それも竹河不由美はぐびぐびと飲む。彼女はかなりアルコールに強いようだ。それでも頬をほんのり赤くしている。紅潮した竹河不由美はなんだか可愛い。
「竹河に漫画の原作を書いてほしいんだ」
僕は単刀直入に竹河不由美に言った。先日の大阪創明社でのいきさつを説明した。
僕の言葉を聞いて、竹河不由美はふっーと熱い息をはいた。
「なんだこれってデートじゃないんだ」
少しだけ充血した瞳を彼女は僕にむける。
そっと僕の手に竹河不由美は自分の手のひらをのせる。彼女はよっているせいかその体温はけっこう熱い。
きのせいか血管に流れる血の音が手に伝わるような気がする。
「あたしにあんたの彼女の手助けをしろっての。あんたやっぱりどんかんラノベ主人公ね。いや、彼女がいるんだからそれ以下ね」
酔っているのか竹河不由美の一人称が私からあたしにかわっていた。
「うーんとねじゃあこれ食べさせてくれたら考えてあげなくもない」
竹河不由美はちらりとだし巻きたまごを見る。
僕は仕方なく箸でだし巻きたまごをつかみ、鳥の雛のように口を開けている竹河不由美の口に入れる。箸をねぶるようにたべられた。なんだかエッチな食べ方に僕の心臓は否応なくどきどきする。
「ねえ、知っている?」
もぐもぐとだし巻きたまごを咀嚼する竹河不由美は僕をじっとみつめる。
なんのことだろうか?
「高校の時、あたしあんたのこと好きだったのよ」
それは思いもよらない言葉だった。
あのカーストトップの竹河不由美が底辺陰キャの僕のことを好きだったなんて。
「あれだけ好き好きアピールしてたのにあんた全然気づかないんだもの」
ぷっと竹河不由美は頬をふくらませる。子供っぽくてかわいい。大人びた彼女がするのだからなおさらだ。
「えっそうだったの」
僕は文字通りきょとんとした顔をしていたと思う。
「郊外学習の演劇も私が前田に頼んで席をかわってもらったのよ。それにあんたにいつも話かけてたでしょう」
えっあれって前田さんが好きな人の隣にいきたいからじゃなかったのか。逆だったというわけなのか。衝撃の事実だ。
僕の心の中に惜しいことをしたかもという気持ちが芽生えた。
「じゃああのブラックサンダーも……」
喉がかわいた僕は二杯目に頼んだウーロン茶を飲む。
「そうよ。教室じゃあれだけだったけど。あんたがあたしに言ったらもっといいものをあげようと思ってたのよ」
いいものって何だろうか?
「それはあたし」
竹河不由美は耳元でそうささやいた。
僕の体温は理性とは関係なく上昇していく。額に汗が流れるのを自覚した。
「どんかんラノベ主人公は惜しいことをしたのよ。あたしみたいな美人をふったんだからね。原作の件なんだけどその作画をするっていうあんたの彼女に一度会わせてよ。あたしもコミカライズには興味あるしね。あんたとは恋人になりたかったけどこの際ビジネスパートナーでもいいわ」
ふふふっと妖しくも美しい笑みを竹河不由美は浮かべる。
その笑みは傾国の美女という単語を頭の中に思い出させた。
「あんたの近くにいたら寝取るチャンスはあるからね」
ごくごく小さい竹河不由美の言葉を僕はあえて無視した。




