第二十八話 打ち合わせ
九月の中頃、僕と麻里子さんは大阪創明社の入るビルを訪れた。要件は打ち合わせのためである。
大阪創明社は肥後橋にあるオフィスビルの三階と四階にあって、漫画雑誌「アートシティ」の編集部は四階であった。
僕たちは大阪創明の社員さんに案内され、ある会議室に入った。
「編集の桜井はもうすぐ来ます」
真面目そうな男性社員はそう言い、会議室を出ていった。
僕は緊張して編集の人を待つ。
麻里子さんは何度か電話などでやりとりしていたようで、あまり緊張はしていないようだ。
ほどなくしてほっそりとした女性社員が会議室に入ってきた。黒スーツがよく似合ういかにもキャリアrウーマンといった感じの女性だ。
髪型は黒のショートカットで中性的なイメージがする。
「こんにちは、私はアートシティ編集の桜井海咲です」
編集の桜井海咲さんは僕たちの向かいにすわる。
すぐに別の女性社員がやってきて僕たちと桜井海咲さんのそれぞれの前にコーヒーをおいていく。
コーヒーのいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「えっと野平麻里子さんはこちらの方でよろしいのですよね」
あの魔女メイクの麻里子さんを桜井海咲さんは見つめる。次に僕を見た。
「こちらのかたは?」
そう訊かれた。
「あ、僕はマネージャーのようなものです」
訊かれたのでとっさにそう答えた。
答えてみて僕はマネージャーという単語にしっくりくる気分になった。そうだ、僕はマネージャーとして麻里子さんのことを支えればいいのだ。
「成る程そうですか」
桜井海咲さんは納得してくれたようだ。
「まずは入賞おめでとうございます。受賞パーティーは十月十五日の予定です」
桜井海咲さんは名刺とパーティー会場の案内が書かれたA4用紙をテーブルに置いた。
へえ、会場はこの近くのホテルか。
どうやらホテルビュッフェが食べられるらしい。
桜井海咲さんに確認すると僕も同席していいらしい。
これは楽しみだ。
他にも連載している漫画家さんや麻里子さんと同期ともいえる受賞者も参加するとのことだ。
「それで、ですね。十一月の連載会議に出すための作品の進捗状況はどうですか?」
桜井海咲さんは手帳を広げて、麻里子さんを見つめる。しかしこの人目力あるな。
「そ、そうですね。鋭意制作中ですね」
ほほほっと麻里子さんは笑う。
これは彼氏としての勘だけど漫画制作は進んでいないな。麻里子さんの大きな垂れ目が泳いでいる。
「今回、アートシティとして新人作家の三名にはファンタジーレースとして競ってもらう予定です。のっぺらぼう麻里先生、私はあなたの描く女の子に未来をみています。あなたなら我が創明の看板作家になれると確信しています」
言葉の最後あたりに桜井海咲さんの情熱を感じた。
こうして初めての編集者との打ち合わせは終わった。帰りにアートシティのグッズをいくつかもらった。
アート君という黒猫がアートシティのマスコットキャラクターの様でそれらのグッズだ。
これはオタクとしてはうれしい。どうやら非売品のようでコレクター魂に響いた。
僕はお土産をもらって喜んでいたけど、麻里子さんは明らかに浮かない顔をしていた。
難波に戻り僕たち行き付けの喫茶店すみれに向かう。遅い昼食を取ろうと思う。
僕はオムライス、麻里子さんはメロンクリームソーダにたまごサンドを注文した。
しばらくして花子さんが料理を持ってくる。
ここのオムライスは昔ながらのレシピで美味しいんだよな。オムライスって家で作ることもあるけどお店のは一味違うんだよな。
僕が薄く巻かれたたまごに感心していると麻里子さんがゆっくりと口を開く。
「連載会議に出すための漫画の企画書がぜんぜん進んでいないんですよね」
ずずずっと麻里子さんはメロンクリームソーダををすする。
「そんなことだろうと思ったよ」
僕はテーブルに乗る麻里子さんのおっぱいをガン見する。
「やっぱりわかりました」
「そうだね、一応麻里子さんの彼氏だからね」
「連載会議に出す漫画はジャンルが指定されているんです」
「そう言えば桜井さんファンタジーレースっていってたね」
文字通り漫画のジャンルはファンタジーものということだ。
ファンタジーものはすでに一大ジャンルとしてその地位を確固たるものにしている。まあ売れ筋ではあるよね。毎シーズンごとアニメ化されているものね。メディアミックスも考えるとファンタジーものは出版社としては確実に押さえておきたいジャンルだよね。
「私、ファンタジーもののライトノベルやアニメを見るのも読むの好きなんですけどいざ自分が描くとなるとどうもお話が降りてこないんですよね」
麻里子さんは目をふせる。
それでもお腹が空いているようでたまごサンドは残さず食べた。
「ストーリーだけ誰か考えてくれませんかね」
そう言えば漫画には原作を別の人が書いているものもあるな。
麻里子さんの得意ジャンルは「夢食みジャック」のようなエロティックホラーだ。
対して今回求められているのは王道ファンタジーである。カテゴリーが違うのか。
「ストーリーがあれば絵に集中できるんですけどね」
麻里子さんはふーとため息を吐く。
漫画は分業することができる。どちらかと言えば分業するのが当たり前だ。
もっと売れたらアシスタントさんを雇うことも考えないといけないだろう。
原作という単語を麻里子さんの口から発せられたときに僕はある人物のことを頭に思い浮かべた。
ダメ元で彼女にコンタクトを取ってみようと思う。
僕は元クラスメイトで現在は作家でライターの竹河不由美にラインのメッセージを入れた




