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第一話 初恋の人

へえっ君って水樹みずき夏彦なつひこ君っていうんだ」

 中学二年生の四月、僕は結城ゆうき瑞樹みずきにそう話しかけられた。二年になり、クラスかえもあり、教室はどこか浮足だった雰囲気であったのを覚えている。


「う、うん……」

 当時の僕はそれだけしか言えなかった。

 陰キャのオタクである僕はクラスメイトとはいえ、慣れない女子に話しかけられ、それは人生最大並みに緊張していた。


 結城瑞樹はポニーテールのよく似合う、活発な女子であった。顔立ちは可愛らしくて、すでにクラスの男子の中でも話題になっていた。しかも誰にでも話しかける気さくな性格をしている。僕のようなほぼモブのような生徒にも席が近いというだけで話しかけてくれた。

 そう、結城瑞樹に声をかけられたら、話しかけてくれてありがとうと思うほど彼女は可愛かったのだ。

 端的な表現だとクラスのカーストトップ付近にいたと言えばいいだろう。僕は当然ながら、三角形の下の方だ。


「私も下の名前が瑞樹だから水樹君と結婚したら水樹瑞樹になっちゃうね」

 きゃははっと結城瑞樹は自分が言った冗談で笑う。

 もちろんそれは冗談でしかない。

 冗談でしかないのに結婚という言葉をこの正真正銘可愛い結城瑞樹の口から聞かされると、僕の心臓は痛いほど速くなる。


「瑞樹っー」

 別の女子が結城瑞樹を呼ぶ。それは間違いなくクラスのトップグループへの誘いだ。もちろん、結城瑞樹はそのグループに入り、トークに花を咲かせる。去り際に僕に軽く手をふる。

 それは間違いなく、結城瑞樹にとってはごく自然の行動だ。誰にでも気さくに話しかけるコミュニケーション能力バリ高の女子からしたら、なんてない行動だ。

 だけど僕はたったこれだけのことで結城瑞樹のことを好きになった。

 男子なんて馬鹿だからこんなことでも女子を好きになってしまうのだ。

 それは僕にとっては初恋であったのだと思う。

 初めて女子を異性として認識し、意識したのは結城瑞樹であったのは間違いない。


 結城瑞樹とは中学二年のときだけ同じクラスであった。その一年で結城瑞樹とどうにかなるなんてことは一切なかった。

 彼女との日常会話がたまにあれば、僕は数日間その内容を何回も反すうするだけだった。

 さらに三年生になると受験を控えてということもあり、結城瑞樹のことを無理矢理頭の片隅に追い込んだ。彼女のことを考えていると嫌らしい妄想に発展し、覚えたばかりの自慰行為ばかりするようになるからだ。

 行為のあと、自分の欲望の汚さにうんざりするのはきっと誰しもが経験するすることだとは思う。


 高校は結城瑞樹とは別の学校に進学した。

 僕はどうにか進学校とよばれる大阪府立友ノ浦高校に進学した。結城瑞樹はもう一つ下のランクの学校に進学した。たしか勉強がそれほど好きではないと言っていたのを記憶している。

 高校を出て、大学に行く頃にはもう結城瑞樹のことはほぼ忘れかけていた。

 もちろん、高校、大学と僕に彼女なんてできなかった。ただ、友人と呼べる存在はできた。


 その友人の名前は阿良又あらまた光司こうじといった。身長が百六十センチメートルと少ししかないことを悩んでいる男であった。

 彼とはいわゆるオタク友達で、社会人となった今でも付き合いのある数少ない人間である。

 阿良又とは休日に大坂は日本橋のオタロードによく出かけた。二人でアニメグッズを買いあさったりしたものだ。話もあうし、阿良又が女子だったらと思ったときもある。

 彼は小柄で男子にしてはなかなかに可愛らしい顔をしていた。断っておくが僕には腐女子の方々が思い描くような趣味はない。


 大学を出た僕は大坂市内にあるとある食品加工会社に就職した。いや、就職できたと言ったほうが正しいだろう。けっこうな数を受けたのだけどそこ以外はだめだった。

 お祈りメールの連続で心が折れそうになった。

 今って人手不足じゃなかったのだっけ。まあ、就職できたらから良かったけどね。

 その会社はそう大きくないけど給料はそこそこ良いし、有休も自由にとれるしで思っているほど悪くなかった。

 そうして社会人となって半年が過ぎた頃、僕はあの結城瑞樹ゆうきみずきと再会した。

 それは多分偶然だったと思うけど必然であったとも信じたい出来事であった。


 オタロードの帰りに難波駅に隣接する高島屋の外を歩いていると一人の女性が僕の目の前で急にしゃがみこんだ。

 僕はとっさに彼女に手を差し伸べる。

 ふらりとその女性は僕に抱きついた。女性特有の柔らかさが手に伝わる。それにいい匂いもした。

 僕はその女性の顔をのぞき込む。

「すいません……急に貧血で……」

 青い顔でその女性は僕の手をつかむ。

 その顔を見て、僕は確信した。

 あの結城瑞樹であった。大人になった結城瑞樹は可愛らしさに磨きがかかり、アイドル並みの美貌であった。


 僕は駅員さんに頼み込み、医務室を借りた。

 一時間ほど眠ると結城瑞樹はだいぶ体調を回復したようで、僕にお礼を告げた。

 僕は結城瑞樹のことだと分かったが、彼女は当たり前のように忘れていた。

 でも、それでも良かった。

 このことがきっかけで僕は結城瑞樹と再会した。そして知り合いなにり、友人となった。僕は土下座するように頼み込み、交際にまで持ち込んだ。

 陰キャオタクの僕がかつてのクラスのカーストトップに猛アタックをかけて、つきあうことができたのは奇跡だと思う。


 僕ははっきり言って有頂天であり、うかれていた。

 だってあの憧れの、話すだげで幸せになる結城瑞樹が彼女になったのだ。浮かれもしようというものだ。

 しかし、その幸せな期間も二カ月程で終わってしまった。

 瑞樹から突然別れのラインが来たのだ。

 ラインで告げられるなんてのもいうのもショックだったし、急過ぎるのもショックであった。

 デートも数えるほどだし、まだエッチなこともしていなかった。

 

 スマートフォンの画面にら「別れて」という短すぎる文字がだけが浮かぶ。そしてご丁寧にブロックまでされて、別れる理由をしる術を僕は持たなかった。



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