世界はきっとマトリョーシカのような構造で
勇者である君は、魔王を倒す冒険をしていた。
君の傍にずっといる、フェルという妖精と共に。
「クレイン、次はコタンという町へ向かおう」
草原を歩いている君に、フェルがそう話しかけた。
君はバッグから取り出した地図を見て、
「ん、なんで、西の方にも町があるけど?」
「そっちの方は、ポタラ山というところを越えないといけなくて、そこは強いモンスターがたくさん出るから今の君だとちょっと厳しいと思うんだ」
「そうか、わかった」
フェルの言うことに従い、君はコタンという町へ向かった。
その道中、敵と遭遇した。
ヒポグリフという鳥系のモンスターだ。
君が苦戦していると、フェルがアドバイスをしてくる。
「クレイン、あのモンスターは電気に弱いみたいだ、雷系統の魔法を使おう」
それを聞いた君は早速、魔法を唱えた。
「スパーク!」
バチバチッと音を立てる激しい電流が、ヒポグリフの羽に直撃する。
「グエエエエツ!」
そのダメージにより、ヒポグリフは地面に落っこちた。
「クレイン、今だ、この隙に攻撃しまくるんだ!」
「ああ!」
そして君は剣で何度も敵に斬撃を食らわせる。
数分後、ようやくヒポグリフは息絶えた。
「おつかれ、相変わらずすごいね、クレインは」
「フェルのアドバイスのおかげさ」
それから歩いて十分後くらいにコタンという町に着くと、旅の疲れを癒すために、君は宿屋を探した。
「あ、クレイン、そっちのほうじゃなくて、もう一つの方がいいよ」
「なんでだ、そのもう一つのところの方が高いだろ」
「そうだけど、そっちの方がサービスが充実してるんだ」
「ふーん、フェルがそう言うなら従うけど……」
君はフェルが勧めた方の宿屋、『旅人の楽園』へ向かった。
「やぁやぁ、よく来たね、二階の一番奥の部屋が空いているよ」
そう言う店主に君は500ゴールドを支払い、その部屋へ向かった。
渡された鍵を使って、案内された部屋のドアを開け、中に入ると、そこにはなぜか既に女性の宿泊客がいた。
「だ、だれ!?」
「いや、俺はこの部屋に案内されて――」
「いやぁぁぁ、こないでぇぇぇっ!」
ヒステリックに叫ぶ女性。
騒ぎを聞きつけ、他の部屋の客がこの部屋まで来る。
誰かが呼んだのか、町の治安を守る騎士団の者たちがここまで来た。
クレインはなにもしていないが、なぜか女性を襲おうとしたことになってしまい、捕らえられ、監獄の牢屋にぶち込まれてしまった……。
牢屋の中は狭く手暗くて、そこには小さくて硬くて安眠できなさそうなぼろぼろのベッドと、トイレと洗面台しかなかった。
「おい、どういうことだ、これは」
牢屋に入れられた君は、フェルを睨んだ。
「ごめん、まさかこんなことになるとは……」
「本当か?」
「ほ、本当だよ」
「まぁいい、今はここから出るのが先だ」
君は辺りを見回して、項垂れた。
「出るって言っても、どうすれば……」
「もっといろいろ調べて見なよ、ベッドの下とかさ」
フェルにそう言われ、君はベッドの下を調べると、そこに人一人がギリギリ通れそうなくらいの穴が隠されていたことに気づいた。
「前にここに収容されていた人がこっそり掘ってたのかな、ここから出られそうだね」
「……そうだな」
「どうしたの? 僕を見つめて?」
「いや、なんでもない」
君はその穴に入ったが、まだ未完成だったらしく、向こう側まで掘られていなかった。
君は剣を使って掘り進んだので、穴から抜け出すのに、少し時間がかかった。
穴はどこかの洞窟に繋がっていたみたいだ。
君は薄暗い洞窟の中を慎重に進むと、宝箱を見つけた。
「あれ、開けてみようよ」
とフェルが言うので、君は開けると、そこには見るからに強靭な剣が入っていた。
「すごい、この剣なら、きっと魔王にもダメージを与えられるよ!」
「……そうだな」
「どうしたの、そんな怖い顔で僕を見つめて?」
「いや、なんでもない」
それから時折雑魚モンスターを倒しながら進み、とうとう洞窟を抜け出すと、その先は辺り一面の草原だった。
そのとき、またフェルがアドバイスを君に送ってきた。
「ここはトルムの洞窟っていうところだったみたいだね、ここから北に進めば、アナンっていう町に出るからそこへ行こうよ」
しかし、君は首を横に振った
「いや、そこには行かない、俺は南へ行く」
「え、なんで?」
「だって、おかしいだろ」
「なにが」
「お前の助言がだよ、宿屋に行ったら、捕まって、牢屋に入って、脱獄して、洞窟で強力な武器が手に入って……あまりにも不自然すぎる流れじゃないか!」
「そう、かな……」
「なぁ、お前の目的は何だ、なぜ、俺を操ろうとする?」
「え、操ってなんて……」
「いや、明らかになにか自分の意図する方向へ誘導しようとしてるだろ、気づいていないとでも思っていたのか?」
「そんな、違うんだ、僕はそんなつもりじゃ!」
「なぁ、お前は誰だ?」
「僕はフェルだよ、君の相棒じゃないか!」
「その反応は……演技じゃないっぽいな、ということは、フェルじゃなくて……別の……そうか、わかったぞ!」
君は僕の方を見た。
「なぁ、誰だ、お前は?」
「俺を操ろうとしていることはわかっているんだぞ、もうお前の思い通りになんてならない、俺は南へ行くぞ!」
そう言ってフェルが行くように言っていた場所とは逆方向に君は歩き始めた……
●
画面の中の君を見て、なんて哀れなのだろう、と僕は思った。
今、僕がプレイしているゲーム『勇者と妖精の物語4』は、マンネリ感が出始めたシリーズの中で、今までとは違うことをしようとした制作陣によって作られたものだ。
ぶっちゃけ、一般的にはあまり評価は高くない。
この作品のシナリオライターは桜田もりおというやつらしいが、製作スタッフの中でそいつが一際批判されていた。
特に、子供から不評で、変わったことしなくていいからワクワクドキドキするような冒険をさせてくれ、という意見が多数寄せられていたようだ。
とはいえ、一部の物好きからはその斬新さゆえに絶賛されているゲームではある。
たとえば、さっきみたいに、主人公のクレインが自分が何者かに操られていることに気づく、というシーンとかが一部で賞賛されている。
しかし、君は……クレインは、なんて哀れな男なんだろうか。
自分が操られていると思ってフェルの言うこととは違う行動をしたみたいだが、それすらもプレイヤーである僕によって操られた行動だということに気づいていない。
愚かすぎる……
● ●
俺は今、あるゲームをプレイしていた。
そのゲームのキャラは、自分がプレイしているゲームの主人公が操作から逃れたようで実はまだ操られていることに気づいていないことを愚かだと嘲笑っていた。
自分も、操作されている存在だとは気づかずに……。
なんて、愚かなんだ。
今、俺がプレイしているのは、『世界はきっとマトリョーシカのような構造で』というノベルゲームだ。
この作品はかなり選択肢の多いゲームとして有名だ。
どういう内容のゲームか、簡潔にまとめると、以下のようになる。
このゲームの主人公の相川武留はあることを哀れんでいた。
それは、自分がプレイしているゲームの主人公――クレインが自分がゲームのキャラであることに気づいていないことだった。
しかし、そんな相川武留も実は自分がゲームのキャラであることに気づいていない……、そう、どちらも同じ穴の狢なのだ。
武留はなんて哀れな男なのだろうか。さぁ、こんな愚かな奴を眺めて楽しもう、というのがこのゲームのコンセプトだ。
一部のクソゲー好き以外はこのゲームは評価が低いらしい。まぁ当然だよな。
このゲームのシナリオライターは永野よるとかいう奴らしいけど、きっと頭がおかしい奴なんだろうな。
絶対、このライター、四次元〇法コンビのあのAAを見ていないな。見たうえでこんなシナリオにしたのなら救いようがない。
それにしても、このゲームの主人公の武留はほんと愚かな奴だ。
選択肢が無駄にたくさんあるけど、どの選択肢を選んでどのルートに行こうが、結局、武留は自分がゲームのキャラであることに気づかないらしい。
意味わかんねぇ、じゃあなんでそんなに選択肢あるんだよ。
まぁそれだけ武留がバカだってことなんだろうけどさ。
と思った俺は声を出して笑ってしまったのだが、そのとき、あることに気づいた。気づいてしまった。
あれ、今、俺が置かれているこの状況って、武留の状況と似ていないか?
いや、わからないじゃないか、この世界がゲームであるかどうかなんて……。
でも、もしも、これが箱庭の世界だったら、武留を笑っていた俺って、あいつと同じ穴の狢じゃないか!
ああ、俺はなんて愚かだったんだ。
バカにしていた奴と自分が同じだったことに気づき、愕然とした。
あ! ま、まさか、シナリオライターの永野よるとかいう奴はここまで考えたうえで、このシナリオを書いたのか?
い、いや、それはさすがに考えすぎか……?
俺はそれからずっといろいろ考えていた。
シナリオライターの意図は? 永野よるは何者? この世界はゲーム? それともゲームじゃない?
ゲームだとしたら誰がこのゲームを作った?
いつ、誰が、何人で、このゲームを作った?
ゲームじゃないとしたら、誰が作った? 神か?
神がこの世界を創造したとしたら、その神は誰が創造したんだ?
神が誰かによって創造された存在じゃないとしたら、神はどうしているんだ? どうやって存在しているんだ?
わからない、わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない……
わからないことだらけだ。
わからないことだらけなのが、怖くて、不安で、しかたなかった。
どうして、こんなわからないことだらけなのだろう、この世界は。
どうして、わからないまま、生きて、死なないといけないのだろう。
辛い、辛いよ、わからないことだらけなのが、苦しいよ……。
俺はゲーム機の電源を切った――――
その翌日の朝――
昨日は全然寝れなくて、憂鬱な気分で学校へ行った。
昼休みになると、同じクラスであり、ガールフレンドでもある才川哲子が俺の席に来た。
「そーすけー、ご飯食べよ!」
と弁当箱を俺の机に置いてきた。
「どうしたの? なんか今日、元気なくない? 何か悩み事あったりする?」
「大丈夫、何でもないから」
「遠慮しないで、話すだけでもきっと楽になるよ?」
そう言われ、俺はわからないことだらけなのが苦しいということを哲子に話した。
すると、彼女はこう言った
「今日はあそこで食べよっか?」
そう言う哲子の指は天井を指していた。
五分後、俺たちは屋上に来ていた。
鍵がかかって入れないようになっていたのだが、哲子はピッキングの天才なので、時折こうして無断で侵入して、ここでご飯を一緒に食べていた。
彼女は屋上の中心らへんに行くと、突然そこで仰向けの体勢になった。
彼女は隣りの地面を手で叩いて、
「ほら、君もここで仰向けになりなよ、気持ちいいよ」
彼女がそう言うので、俺も同じようにしてみた。
「ね、気持ちいいでしょ?」
「うん」
地面が冷たい。
空が、青い、果てしなく、青い……。
「で、さ、わからないことだらけなのが、不安なんだっけ?」
彼女は突然そう切り出してきた。
「うん、わからないことだらけのまま、生きて、死んでいくことになるのが、恐ろしいんだ」
そう言うと、彼女はいきなりこんなことを訊いてきた。
「ねぇ、そーすけは神になりたいって思ったことある?」
「え?」
唐突なその質問に、一瞬、思考が停止した。
神になる、か。考えたこともなかったな。
俺がどう答えようか悩んでいると、
「私はある。昔の話だけどね」
と彼女はそう言ってから、くすっと昔を懐かしむような顔で笑った。
「私ね、ちっちゃいころ、めちゃくちゃ勉強ができたの。学校で出された問題でわからない問題なんて一つもなかった。
だから、小学校低学年くらいまでは私にわからない問題なんてこの世にないって本気で思ってた。
でも、成長するにつれて、わからないことが出てきて、勉強していけばいくほど、わからないことがどんどん増えていくし、世界は人間にとってわからないことだらけだっていうことがわかっていったの。
それで、わからないことが不安になって、哲学書とかを読んだりして、でも、余計にわからなくなって、苦しくて、怖くて、憂鬱な毎日を送っていた。
神になれば、わからないことはなくなって、楽しい毎日が送れるようになるかなって考えて、神になりたいってこの頃は本気で思っていた。
でもね、そう思わなくなった日があったの。
私、ある日、とてもつまらないミステリー小説を読んだんだ。
序盤を読んだだけで、犯人もそのトリックも全部わかってしまったの。
いちおう全部読んだんだけどね、でもすっごくつまらなかったわ。
なんて無駄な時間を過ごしたんだろうと思った。でもね、そのとき気づいたの。
もしかして、神様も、こんな気分なんじゃないかって。
もし全知全能の神がいるとしたら、その神にとって生きるということは、犯人もトリックも全てわかっているミステリー小説を延々と読むようなものなんじゃないかって。
そう考えてからはね、私、世界のことについて、全然わからなくたっていいって思えるようになったの。
世界はわからないことだらけだからこそ面白いし、美しいのよ。
ねぇ、ほら、見てよ、あの鳥を、雲を、空を、太陽を……美しいと思わない?」
「ああ、そうだな、美しい……」
今、見ている空は、今まで見たどんな空よりもきれいだった。