第7話 戦闘訓練
グラバー辺境伯にしてサツキの兄、ムサシ=グラバーが治めるグラバー領は、神聖ドナウディール帝国の最北端に位置している。
森を挟んで西にテミス女王国、山を挟んで北にゼノン都市同盟と隣接しており、これらの監視と周辺地域の統治が領主の主な仕事だ。
隣接する二国とは表立って敵対はしていないが、良好だとも言い難い。
加えてこの辺りはダンジョンが近いせいか魔物の動きも活発かつ強い。
そのため、グラバー領は常備軍を組織し、領内の治安を維持するため常在戦場の精神で毎日厳しい訓練を行っている。
――大和、三時と六時の方向から魔法攻撃が来ます。
――さらに後続の部隊がマッドゴーレムを召喚。
――敵残存戦力、プラス10。
「了解だノア。うぉぉぉっ! プロドライバー志望のハンドル捌きを舐めるなーっ!」
大和が大きくハンドルを左右に切る。
ノアの身体が高速で左右にぶれ、残像が生まれたその位置を魔法の矢が通り過ぎて行った。
「ノア、使用可能な武器は?」
――周囲の精霊と交渉中……完了。
――風、地、雷、水の精霊と契約しました。
――トルネードミサイル、ロックランチャー、ボルテックバズーカ、タイダルブレイクが使用可能です。
「全部物騒な名前だけど、その中で非殺傷兵器は?」
――ありません。
「ダメじゃねーか!」
冷静なノアの声に大和がツッコミを入れる。
「これ戦闘訓練なんだぞ! 訓練で殺傷兵器使ってどうする!?」
――正論ですね。
――威力を落とせないか再交渉します……完了。
――雷と水の精霊が応じてくれました。
――ボルテックバズーカとタイダルブレイクの非殺傷兵器化を確認。
「了解! 撃て! タイダルブレイク!」
ナビ画面に表示された名前をタッチする。
人型に変型したノアの両肩が開き、青い弾頭のミサイルが二発、上空に放たれる。
二発のミサイルは空中で接触、爆発を起こし――巨大な水塊を敵陣に降らせた。
直径20メートルはあろうかという水の塊に押しつぶされる敵部隊。
「……これ、本来はどういう兵器?」
――滝を作って人工的な津波を発生させます。
「なんつー物騒な兵器を生み出すんだよ精霊さん……バズーカのほうは?」
――巨大な雷球をぶつけて電磁分解。原子核から粉々にします。
「もっとダメなやつ! 威力落したって言ったけどどのくらいまで落としたんだよ!?」
――スタンガンレベルです。
「ならよし!」
大和が画面をタッチする。
ノアの右手が砲塔に変型。
直後に雷球が放たれ、先ほどの攻撃で濡れ鼠になった人間たちを直撃。
もれなく全員気絶した。
「よし、あとはゴーレムだけだな」
――ゴーレムなら殺傷兵器を使っても問題ありません。
――使いますか?
「使わねーよ! 気絶している人たちが巻き込まれるだろうが!」
――ではどうしますか?
――ゴーレムには非殺傷兵器は効きません。
「決まってる。俺は今トラックを運転しているんだぜ? トラックドライバーの攻撃なんて撥ねる一択だろ」
――全国のトラックドライバーの皆さんに謝ってください。
バリア展開。
大和がアクセルを全力で踏み込む。
背中のバーニアが火を噴き、ゴーレムへの超高速の体当たり。
最後に残ったマッドゴーレム軍団は、異世界トラックの体当たりの前に転生を余儀なくされた。
……
…………
………………
「いやー、強い! さすがは英雄殿だ!」
「アレク様とサツキ様を守り通しただけのことはある!」
「いや、運転しているのは確かに俺だけど、どちらかって言うとノアの力なんで。あと俺は別に英雄じゃないです。ただ成り行きで巻き込まれた一般人です」
「おぉ……英雄殿は謙虚だ」
「皆もヤマト殿を見習え! 真に強き者は決して奢らない!」
「いや、あの……ホントやめてください。そんなに持ち上げないで……」
グラバー領の兵士たちからやたらと持ち上げられて居心地が悪い。
ここに置いてもらう以上、自分にできることをしなければと思い、軍事訓練に参加させてもらったがこの状況だ。
自分としては訓練を通して「そんなに大したことない」とか、「英雄とか言いすぎ」とか、「たまたま喚ばれただけの異世界人」くらいに思ってもらいたかったのにこの有様である。
目論見が外れて大和は少しだけ憂鬱になった。
「よし、では最後に白兵戦の訓練だ! 二人でペアになり模擬戦を行え! 負けた方は腕立て100回だ!」
兵士長の指示の後、次々とペアが作られていく。
さて、自分は誰と組もうか?
「よう、英雄殿。よかったら俺とどうだい?」
いかにも陽キャといった感じの兵士が声をかけてきた。
断る理由もないし、大和は了承する。
「俺の名前はヨシュアってんだ。よろしくな、英雄殿」
「ああ、よろしくヨシュア。ただ、英雄殿はやめてくれ。普通にヤマトって呼んで欲しい」
「わかったぜヤマト。自己紹介も済んだしそろそろ始めるか?」
「そうだな。じゃあ……胸を借りさせてもらう!」
大和が大きく踏み込んで上段から切りつけた。
ヨシュアは木刀を構え、円運動で斬撃を受け流すと、その勢いを殺さぬまま大和の脚を狙う。
大和は間一髪飛び上がりヨシュアの攻撃を躱し、肩を狙って再び振り下ろす。
当たる寸前に寸止めする。
勝敗が確定した。
「いやー、強いわ。俺、結構剣には自信があったんだけどな」
「昔、近所のじいちゃんが剣術道場を開いていてその時教わったんだ。そのじいちゃんが腰を痛めて引退するまで結構真面目にやってたし、その時の経験だよ」
「謙遜するなよ。振り下ろした一撃もすげー威力だったぜ。まだ手がしびれてる」
「そっちは純粋に筋力だな。運送業やってたから筋肉だけは鍛えられてるんだよ」
毎日毎日、来る日も来る日も、重いものを持ち上げたり運んだりしていればいやでも筋肉がつく。
皮肉なことに勤めていた会社がブラック企業だったため、米軍の特殊部隊並みに身体が鍛えられている大和だった。
「細身でそういう風には見えないのにな」
「俺がいた会社はそういう人がたくさんいるぞ。何せ給料安いからな。貯金をしたら食う物にそこそこ困る生活だったんだ……続いている社員全員、俺を含めて体脂肪率10%未満だよ……」
「何かよくわかんねーけどすげーんだろうな……」
「よし、止め! 負けた者、勝敗がつかず引き分けた者はその場で腕立て100回! 始め!」
指示に合わせてヨシュアが腕立てを始める。
大和もそれに付き合い腕立てを開始した。
「おいおい……お前は勝ったんだからやらなくていいんだぞ?」
「まあそうなんだけど、やっといたほうが良いと思って。俺の国って平和だったし、戦闘訓練なんて無縁の生活だったからな。巻き込まれちまったし、身体を慣らしておくに越したことはないだろ」
腕立て100回ぐらい屁でもないし。
疲れているはずの身体で軽々と腕立てをする大和に、兵士たち全員は尊敬の視線を送った。
この日以降、より尊敬の視線を集めるようになるのだが、大和はそのことをまだ知らない。
戦闘訓練大事。
訓練は身の安全を保障してくれる。