四話 関係を続けていきたいと思ってます!
「…………目、ですか?」
「ええ、そうなの」
パチクリと音がしそうなほどの瞬きをしたアリアに、わたしはユーリエから強制的につけられたアイマスクが落ちないように支えながら頷いた。
場所は公爵邸の客間、ユーリエの実家である。
わたしリーシア・エルムガングは生まれながらにして魔力の籠もった魔眼の持ち主なのである。
歴史の中でも参考文献は少なく、どう対処するのが正しいのかが不明なものだ。
しかし効力についてはいくつかの資料があり、それによるとこの目は「人を惑わす力」があるらしい。
例えば相手を自分に好意を抱かせたり、逆に暗示をかけるようにして特定の誰かを好きにさせることができる。
まぁ、簡単な話思い込ませることができるのだ。
生まれたときからこの目を持つわたしは、あらゆる方面から心配された。
両親は普通の令嬢としての幸せを。
王家はこの力の効力を。
悪いようにわたしが利用したり、かえって利用されるようなことがあれば一国の危機にも繋がる。
幾代の話か、この目を持つ姫君が周辺国の争いの的になったのだとか。そもそもその争い自体も姫君が発端だったのではという説もある。
彼女はまさに傾国の美女だった、と公文書に記述されているが王家がもつ歴史書には魔眼の持ち主であったと記載されているらしい。
このことを知っていた国王陛下は早くからわたしの婚約を決めさせ、誰か側人をつけることをご命じなさった。
その結果同じ年頃で、自制心が強く、責任感もあり、優秀さと冷静さで有名な二人が選ばれた。
それこそが片や婚約者として今わたしの隣に座す伯爵子息エルバートと、片や常日頃からわたしの側にいて今も客室の上座に座す公爵令嬢のユーリエである。
二人共、もしものときに備え実家の権力とは距離を置き、異性であるエルバートに関しては物理的にもリーシアと距離を置いてきたのである。
もちろん日頃から側にいるユーリエが一番の危険性をはらんでいるが、彼女が女性という立場と公爵家でも末女に当たることからつかの間の安寧を得ている。
この国では女性は冷遇されていないものの、絶対的権力を持つことは許されていない。
それはかの姫の影響か、魔眼の持ち主がいずれも女性であったため魔眼は女性のものとし、またそれに対する対策を講じた結果だと言える。
もしユーリエがリーシアに堕ちたとしても幾らでも新たな策を講じるためだ。
しかし、これまで一度もそういったことに陥っていないのは一重に彼女の意識の高さだとも言える。
なにしろ魔眼は効力はわかっていても対処法がわからない。そもそも常時発動しているのかどうかさえ検討もついていない。
そんなリーシアのそばにずっと居続けられるのはそれこそ容易なことではないだろう。
一切目を合わせず、気を許さず、時折声にさえ宿っているのではないのかとさえ思わせるリーシアの言葉にさえもまともに反応しないとは、それこそ彼女にしか成し得ないことである。
さしものエルバートも、そこにこそ自信が持てず常日頃からリーシアを避けているのだ。
しかしリーシア関連のことには冷徹を心がける彼も、婚約者の友人に対してはどうしても甘い感情を抱いてしまう。
なにしろリーシアのその目では、友人になろうとしてくれる相手などこの国の貴族にはいないからである。
昔から「お友達がほしい」と誕生日などでせがまれても、これだけは周囲の誰も用意できなかったのだ。
貴族の中ではリーシアの目はすでに知れ渡っており、ならばまだ貴族の噂に疎い平民を用意しようにも位が下がればどうしたってリーシアに謙ってしまうし、リーシアに無理を強いられることは予想に固くない。例えばそう、自分と目を合わせてほしいなどと。
安易にそのようなことができるはずもなく、これまでリーシアには友達と呼べる存在を作らせないように周囲が悪戦苦闘していたが、学園に通う歳ともなれば皆はどこか安心を覚える。
なにしろ学園にいるのはすべてが貴族の子息令嬢。リーシアのことを知らぬものはいないし、リーシア自身も自分の目に対して危機感を持つであろう時期だ。
少なくとも、重症患者を出すような真似はしないはずだ、と。
そういった安堵が彼女の周囲を取り巻いていたのだ。
そして、そんな彼女と友人をしてくれている存在があれば誰だって甘くもなるだろう。
それを目の前で目ていた人間、つまりユーリエはともかく、普段から彼女たちと距離を取っていたエルバートからしたら魔眼なる面倒な性質を持った婚約者とまっすぐ対等に向き合ってくれる少女がいれば可愛くも思えて仕方ない。
リーシア関連でなくとも冷静さを欠かさない彼が、可愛い婚約者の友人を甘やかすのもまた当然であった。
そこに一切の下心はなく、ただ本当に婚約者の友人に優しくする彼をアリア越しに感じていたリーシアは、これがこの上なく嬉しかったのだ。
アリアがまるで自慢のように語る彼の姿は、いつだって婚約者の友人を慮る姿勢そのものだった。
そこを疑う余地はなく、だからこそ彼女は余裕を漕いていられたのだ。
エルバートは魔眼がなくとも自分を婚約者として想ってくれるのだと。
そして、普段のそれが全て魔眼対策であるのだと。
だからこそリーシアはアリアがエルバートについて語ることを止めなかったし、怒ることもしなかった。
いや、彼女からしてしまえばそれは意図的な状況でもあったのだ。
日頃から自身を避ける婚約者の動きを予想し、たまたま鉢合わせたかのようにアリアを誘導する。
アリアはリーシアの魔眼を知らなかったのだから、その状況を作り出すのは彼女にとって何ら難しいことではなかった。
友達ができたことへの喜び、自分に見せてくれない婚約者の一面を知れる術を得た感激。
実際に知れた婚約者の、自分に対しての気持ちも加味して、リーシェは浮かれに浮かれまくっていたのだ。
それこそ、卒業パーティという場でアリアが暴走してしまうことを予測することもできないくらいに。
「本当にごめんなさい。……エルバート様は学園で人気ナンバー2ってアリアも言っていたから、エルバート様を本気で好きになることくらいなら問題ないと思っていたのよ。まさかわたしの言葉がきっかけで暗示になるなんて、思いもしなかったわ」
「……アタシももっとユーリエ様のお話を聞くべきでした」
「……………………」
反省した様子のアリアに、ユーリエは何も言わなかった。
「……こんなわたしだけど、これからも仲良くしてくれたら嬉しいわ。わたしたちはまだあと2年も学園に通うのだし」
「もちろんです!今後はユーリエ様を見習いつつ、リーシア様とは変わらず関係を続けていきたいと思ってます!」
「あら嬉しい。……でも無理にユーリエを見習わなくてもいいのよ?わたしとは目を合わせなきゃいいのだし、もっと気軽に」
「あ、ではアタシ今日は男爵様に早く帰ってくるように言われてるのでこれで失礼しますね!また学園で!」
「……ごきげんよう」
せっかくできたお友達を失いたくはないと言葉を尽くすも、出会った当初から元気で明るい彼女はまるで風の子のように真っ直ぐな言葉を残して出ていってしまった。
(うーん、言質が取れなくてちょっと残念ね)
「…………アンタ、最後のはわざとでしょ」
「ユーリエ?」
わたしが考え悩んでいると、突然ユーリエがそんなことを言ってきた。
「最後って?本当に目を合わせなきゃ魔眼の効力はないのだし嘘は言って」
「最後の、『暗示になるなんて思いもしなかった』よ」
「……………………」
わたしがそれでもわからないと首を傾げると、彼女のため息が聞こえてきた。
(そろそろアイマスク支えてるのも面倒になってきたわ)
「アンタ、わざとあの子が軽口で言った『好きになりそう』を肯定してソイツに好意を持つようにしたんでしょ」
ソイツとは、きっと今の今まで一度も言葉を発していないわたしの隣の婚約者のことだろう。
彼女の言葉にわたしは否定をしない。
ニッコリと微笑んでいるわたしの様子を見たからか、彼女はまた一つため息を吐いた。
(ユーリエの幸せは遥か遠くまで飛んでいっているわね)
「いえ、最後だけじゃないわね。あの子がソイツのいいところを認めるたびに相槌打って、少しずつ好意を抱かせるように誘導したんでしょ」
「……………………」
「理由は、……まぁ見当がついているところね」
ユーリエのその言葉に、やはり幼馴染は伊達ではないとわたしは彼女の言葉を認めることにした。
「……そうよ。だって…………アリアったら最初、あんなにもエルバート様のことを悪く言ったんだもの」
やれ薄情だ、やれ酷い人だとアリアはそう言った。
わたしとエルバート様の関係を何も知らないで。
もちろん、わたしだってエルバート様とは常日頃からお側にいたいし、できることなら婚約者としてもっと親密な関係に近づきたい。
けれども、この目のせいもあってそうも行かない現状は、大人しく耐えるしかなかったのだ。
結婚したあとはわたしは屋敷にこもってアイマスクでも眼帯でもしながら彼とゆっくり、それこそ蜜月に過ごす予定(わたしの中でであり、話し合ったことはこれまで一度もない)ではあるものの、未だ世間から隔離できない二人は適度な距離を保つ必要があるのは当然なのだ。
(まぁ、完全に我慢もしきれないので唯一婚約者として側にいられ、触れ合いができるダンスの時間だけは譲れなかったけど)
それでも、どうにか耐えて、彼の婚約者としての想いを信じてきたわたしにとって、彼を疑う発言をした彼女を許せなかったのだ。
だから、あなたも好きになってしまえ、と彼女がエルバート様に好意を抱く状況に繋がるように、日常の会話から少しずつ、ユーリエに止められない程度に誘導していたのだ。
結果は見事に成功であった。……最後以外は。
「でもまさか、本当にあんなことになるなんてわたしも思わなかったのよ?思い込みであそこまで矛盾した物語を作り出して事を起こすなんて」
「それは私もよ」
そう、まさかその結果あんなふうに暴走するなんて思わなかった。
矛盾ばかりでそれでも一見筋が通ったような、あやふやではっきりとしたあの思い込みは詰め込んだ誘導をしなかった結果であることを物語っていた。
そして、要因の中に彼女の育ちがわたしたちとは違った平民であったことも関係していると思われる。
「これに懲りたら、もう安易にその力を使わないで頂戴。後処理をさせられる方が身が持たないわ」
「ごめんなさい」
わたしはそう、素直に謝った。
アリアちゃんはヒロイン属性なのですよ。だから彼女にサブタイトルをお願いするとなんかあらぬ誤解を持たれそうな言い回しになりますが彼女は純度百なので嫌わないで上げてください。
次回はちょっとラブ?