三話 いい加減にしなさいよ、アンタ
「卒業生代表、エルバート・ヴァルグナー」
冬の終わり、春の花が咲き始める頃に2学年先輩の方々の卒業式が開催された。
伯爵家子息であるわたしの婚約者エルバート様が卒業生代表に選ばれたことに、わたしは酷く感激を覚えた。そして、それと同時に安堵と納得も。
(…………このために、常日頃から頑張っておられたものね)
登壇した彼は誰より勇ましく、そして凛々しかった。
その優秀さを誇りにかけ、けれども決して驕らない姿をわたしは自慢にさえ感じた。
(こんなにも素晴らしい人がわたしの婚約者なのね)と。
そして、登壇した彼が無事答辞を終え降壇すれば式は粛々と進み、パーティの形へと移行した。
「────エルバート様」
「……………………」
卒業生達がグラスを片手に立ち話をしているのに気を使い、しばらくは会場の端に留まっていたわたしは彼から人の波が去った頃合いを見て声をかけた。
「卒業生代表に選ばれたこと、おめでとうございます」
「………………あぁ」
相変わらずその切れ長の目がわたしを見ることはないが、もう慣れきってしまったわたしはそっけない態度の彼に構わず声をかける。
「この後ダンスの時間となりますでしょう?いつものようにエスコートしてくださいませんか?」
「………………」
彼がわたしに唯一触れてくれるのはダンスの間だけ。そこまでのエスコートは形ばかりで体のどこも触れてはくれないのだ。
立派な貴族男性がそれでいいのか、と思わないことはないけれど昔からのことなので気にもしてられない。
一度も目を合わせてくれない彼が、唯一呼吸を合わせてくれる時間がダンスだけなのだ。
どうしたってわがままを言ってしまう。
「……………………」
「エルバート様?」
顔を背けたまま答えてくれない彼を不思議に思い、声をかけると後ろから大きな声でわたしの名前が呼ばれた。
「リーシア様っ、エルバート様を困らせてはいけませんわっ!」
「……アリア?」
「エルバート様が困ってますっ!!」
彼女はそう言うが早いか、わたしと彼を引き離し彼の腕にすがりついた。
「エルバート様っ、大丈夫ですか?」
心配そうに彼を見つめる彼女に、わたしは訳がわからなくなってしまう。
「アリア、どうかしたの?」
「どうか、なんてよくもそんなことが言えますねっ!!」
普段の彼女の態度からはありえない言い草に、わたしはより困惑する。
すると、彼女はまるで追い詰まったような顔をしてこう言い放った。
「彼を愛してるふりをして、振り回すのがそんなに楽しいですかっ!?」
「………………え?」
ますます彼女が何を言っているのか分からず、わたしが首を傾げると彼女は耐えきれないと言うように更に声を大きくして言った。
「いくら政略の婚約者とはいえ、自分を愛することを強要するなんておかしいと思いますっ!!」
どうやら彼女はわたしが政略的な婚姻に不満を思い、彼に自分を愛するように強制していると勘違いをしているらしい。
わたしが彼を愛し、尽くすことで世間からは彼を悪者にし、裏では自分を愛さないと婚約を破棄するぞ、と脅していると思ったらしい。
(一体何をどうしたらそんな勘違いを?)
不思議に思って彼女の話に耳を傾ければ、それは彼の素っ気なさにわたしが嫌気を差したからだとか。
(なんだか、色々矛盾したようなことを仰っているわね?)
彼女が一生懸命話す言葉の羅列にところどころおかしな点を見つけながら、どう言ったものかとわたしが考え倦ねいていると後ろからため息が聞こえてきた。
振り返れば、そこにいたのはわたしの幼馴染だった。
「いい加減にしなさいよ、アンタ」
そう言って彼女がわたしのもとに近づいてくると、向き合った姿勢のまま彼女は言葉を続けた。
「ユーリエ?」
「いい加減、そのぼんやりを止めなさいって言ってるのよ。いつまでも余裕かましてたら、あの子みたいな被害者が続出するわよ」
「…………でも」
「でもじゃない!」
ユーリエがそう一度声を荒げると、彼女は今度アリアの方へと振り返った。
「貴女も。今回ばかりは被害者なんだろうけど、それは貴女が無知ゆえよ。今回の恥をもって反省するのね」
「え?……え??」
何を言われているのかわからないアリアはあからさまに疑問符を浮かべる。
そんな彼女の様子にユーリエは構わず、今度はエルバート様に向き直る。
「貴方もよ。貴方が中途半端な態度を取りつづけるからこうして勘違いする子が出てくるんじゃない」
「…………」
「寡黙が許されるのはリーシアに対してのみよ!」
「……すまない」
彼が謝罪を口にすれば、ユーリエはまた一つため息を吐いてわたしの方を向いた。もちろん、わたしの目と合わせないまま。
「アンタ、いくら友達が欲しいからって、この無知な子を利用するんじゃないわよ。アンタのそのぼんやりとした目を覗き込んでくるのがこの子だけだからって、自分のいいように利用しすぎよ!」
「……でもユーリエ、わたしお友達が欲しかったのも本当なのよ?ユーリエ以外で、わたしとお友達になってくれる子は貴族にはいないもの」
「なら、その友達をいいように使うんじゃないわよ。……それに、言っとくけど私はアンタの友達じゃなくてお目付け役なんだからね」
ユーリエはそう言うと、疲れたようにまた一つため息をついた。
アリアは未だ混乱しているのか、その丸くて可愛い目をパチパチと瞬いている。
(…………確かに、今回はわたしも羽目を外しすぎたのかもしれないわ)
新しくできたお友だちという存在に気分も思考も浮かれていたのだと、ようやくわたしは反省を覚えた。
(アリアにも謝らないとね)
今回アリアちゃんのセリフが少なくて急遽ユーリエ様にサブタイトルお願いしちゃいました。