淫之邦之淫蕩王(いんのくにのいんとうおう)
五味仁は作業所の戸を押し開いて
外に出た、今日は朝の九時半におうちを出て
10時半から途中30分の休憩をはさんで4時間
作業所でデータ入力というのをやって、
パソコンをぽちぽちやって
3時になったので出てきたのだった
外は明るくてちらほら人がいる
仁くんは右のほうの細い道へ、とてとて歩いていく
いつもとは逆の方向である
この二日ほど前、作業所から1時間ばかりの所にある
脳病院に通いに行った仁くんはその帰り道
ビルヂングの合間の向こうに「貸しビデオ」
の看板があるのを見つけたのである
そして今日は金曜日で明日がお休みだから
週の終わりには何かがゆるむ性質にできてる
仁くんはひとつ何か冒険してやろうと思い立って
そのお店に行くことにしたのだった
細道を抜けて横断歩道を渡ると早速その
看板が見えてくる、両開きと思しきガラス戸を
開けると、中には棚がビデオがいっぱいだ
仁くんは棚から棚へと歩き回り
店の奥の片隅の「18禁」と書かれた
暖簾を認めると、手を足を大きく振り振り
入っていく
その小部屋にはいかにもなタイトルのビデオが
並んでゐる
「人妻軍集団」
「淫婆沼干拓事業」
「僕等は淫キャ」
「房中術修士課程」
「淫淫淫九朗」
「隣のお姉さんと中世盛期に於ける城塞都市への集住」
「撃ちして止まむ」
「淫禍帝国」
「邪に淫する者たちよ!、神の怒りを知れい!」
「淫獣がおいかけてくるの」
にたにたしながら棚を眺める仁くんは36歳だから
これらのビデオも借りることが出来るのだ
くるくる周りながら棚から棚を見回して
15分あまり、右の棚の一番下の段の左の方にある
「淫之邦之淫蕩王」なるタイトルが目に留まる
抜き出してみると表には
「大スペクタクル歴史ロマン」
「工口ビデオの常識を打ち破る途轍もなき時代活劇」
「空前絶後の制作費」等々煽り文句が書いてある
仁くんは心持ウキウキして暖簾をくぐり
お店の反対側の隅の勘定台に向かうと
そのビデオを捧げ持って、店員さんに話しかけた
仁くん 「これ借ります 」
店員さん「会員カードはお持ちですか?」
仁くん 「わかりません 」
店員さん「借りるには会員カードが必要です」
仁くん 「探します 」
そう言ってみた仁くんであるが
このお店に来たのが初めてであることに思い至り
仁くん 「会員カードはいくらで買えますか 」
店員さん「無料で登録できます身分証が必要です」
と言う
仁くんは昔、アイドルのYちゃんのビデオを借りるときに
同じような事があったの覚えていたので如才ない
すぐに背中の鞄を側のテーブルに置いて
チャックを開け中を発掘する
何を隠そう仁くんは役に立ちそうなものはみんな
背中の大きな鞄にいつも入れてあるのだ
鞄の中からはティシュペーパーの箱や
ファイル綴じ、ハンケチ
西村賢太先生の「雨滴は続く」のハードカヴァー
筆箱等が次々と
それらをテーブルの上に並べていくと
やがて、鞄の底が見えて来る
「日程表」と書かれた黄ばんだ紙や
丸まったティッシュ紙を除けていると
少し硬くてひんやりした板の感触があった
愛の手帳である
これはガイジの診断を受けるともらえるもので
身分証になるものだ
紙をプラステックで覆ったそれを取り出してみると
折り目が強くついていて
内側が半分見えている
仁くんはそれを両手に持って強く伸ばしてみたが
手を離すとビヨンと直ぐ元通りになる
そこで平らにしてテーブルに強く押し付けてみたが
やはり同じことになる
仕方がないのでそのまま店員さんに渡すと
暫くして仁くんの会員カードが出来上がった
仁くん 「このビデオ借ります 」
店員さん「87円になります」
「期限は一週間後です」
仁くん 「はい 」
仁くんはだぼだぼズボンの左のポケットから
ビニル袋を引きずり出した
お金はみんなこの中に入れてあるのだ
紙幣の横に硬貨が沈殿したそれに手を入れて
10円玉を一つ二つと取り出してテーブルに並べて
8枚取り出して、1円二つと5円を取り出した
店員さん「87円ちょうどお預かりします」
「期限は一週間後です」
仁くん 「はい 」
仁くんは「淫之邦之淫蕩王」を鞄に入れて
店を出た、これから作業所の前に戻って
それからおうちに帰るのだ
しかしこの時、仁くんは閃いた
なにもわざわざ作業所の前に戻る必要はない
ここからそのままおうちに向かえばいいのである
ショートカットである
そう思い至ると仁くんはお店の正面の道へ
おうちがあるであろう方角へ
とてとて歩き出したのである
雑貨屋の横を抜けパン屋の前を通り
どんどん歩いていく、でも暫く歩いても
おうちとの間にあるはずの住宅街が見えてこない
左の方に何か丸いものが張り出した大きな建物がある
作業所の近くに大きな丸い建物があったような
気がするので、そこを右に曲がる
この先に住宅街があるはずだ
でも歩いても歩いても見たことのない場所が
あるばかりで歩いても歩いてもよくわからなくて
コンビニエンスの横を左に曲がって
大きな道に出て給油所の横を右に曲がって歩いて
どこかわからなくて
だんだん暗くなって歩いて
真っ暗になって
右も左も向くんだけど見回しても
ぼくどこかわからなくて
速く歩いていっぱい歩いて
そしたら大きな道があって
その先が坂で大きな急な坂で
ぼくはその上に立っていて
家と街の明りの連なりが空の下のいっぱいの
遠くの向こう側まで広がって下っていて
車の明かりがいっぱい下に流れて
上に流れて隣を過ぎ去っていく
僕はその中をどんどん降りて下っていって
そしたら絡み合った歩道橋があった
それは重なっていて、階段がいっぱいで
ぐるぐるしていて
それは僕が昔、別の作業所に通っていた時に
近くを通っていた所だった
僕は階段を上って反対側から降りて
それから、昔いつもおうちに帰るときの道を
歩いて行った
電気屋のショウウィンドウの明りの漏れる向こうに
がらんとした空っぽの大きなコンクリートの建物がある
その奥の洞窟の奥みたいな所にぽつんと
コンビニエンスの色がある
それは、昔何かの施設があって、それが潰れるか何かして
その跡にコンビニエンスが入ったものであるようであった
ここで、仁くんは尿意の激烈なるに思い至り
とてとて其処へ入っていく
便所にて盛大に尿を放出すると
手をシャボンで以って洗い
一番安いであろう小さなチョコレイトを見繕って
此れを購め、外に出る
ここからおうちへは1時間ほどである
繁華街のネオンの間を抜け商店街の喧噪の間を抜け
細長い橋を渡り田んぼの隣のあぜ道を抜けると
気づけばおうちはもうすぐだ
「ヘブン!ヘブン!カツヘブン」
「ヘブン!ヘブン!カツヘブン」
不意に何やら嬌声のようなものが聞こえてくる
おうちからやや離れた所にあるチェーン店
「カツヘブン」の喚き声である
ギトギトの脂身でありながら
根がゆるふわOL気質に出来てる仁くんは
このとき、何かを成し遂げたかのような
心持になっていた事もあいまって
「頑張った自分へのご褒美」との言葉が
そのminimumな脳中を駆け巡っているのである
仁くんはゴキブリが殺虫団子に吸い寄せられるように
ふらふらと「カツヘブン」に吸い込まれていく
自動ガラスが開いて店内に足を踏み入れると
そこはそれなりの賑わいだ
テーブル席で駄弁るアベックと思しき男女に
カウンター席で黙々とカツを掻っ込む
仕事帰りの月給取りと思しき客がいる
メニウには「カツカレー」、「チーズカツカレー」
「揚げ野菜チーズカツカレー」
等々並んでいるけれども
鯨飲馬食の膨張球体でありながら健康診断の数値に
日々怯える性質にもできてる仁くんは
「ヘルシーを心がけよう 」
との心持になっていて
「揚げ野菜カツカレー」を注文する
お勘定を済ませカウンター席の一番端っこに座る
ふとお店の時計を見ると「七時」とある
仁くんがあの道をあの坂を惑い彷徨ったのは
ただ二時間ばかりの事であったのだ
今にも頓死しそうな顔色の店員さんがサーブしてくれたのは
揚げた人参、馬鈴薯、茄子、カリフラワー
トマトが乗って大きなカツレツが乗ったカレーだ
仁くんはスプーンで以って人参を掬い
一つ二つと皿の端っこに除けて
それから、もぐもぐとお料理を食べる
スプーンですりすりと最後のルーを食べると
指で人参をつまみ、コップの冷水でもって
一気に飲み下した
お皿と食器とをカウンターに持って行って
お店から出ておうちに帰る
仁くんはおうちは古くて一階建てで
トタン屋根からアンテナが生えている
扉は濁ったガラスで此れをスライドして開ける
お父さん「おかえりなさい」
仁くん 「ただいま 」
お母さん「おかえりなさい」
仁くん 「ただいま 」
仁くんはとてとて歩いて自分の部屋に入った
部屋は布団が二つぐらいの大きさで
半分は布団があってもう半分の床の奥には
アイドルのYちゃんの写真集とビデオテープとがある
上から下がった電球の紐を引っ張り明りを
つけて、布団の奥に乗っかったノートパソコンを
持ち出す、これは半年ほど前
Yちゃんのビデオテープを見る方法を
あちこち聞いて回った後
お年玉と工賃とお小遣いとをはたき
ビデオデッキと共に購めた品である
ビデオデッキの口にビデオテープを押し当てると
カシャッと音がして引きずり込まれていく
ビデオデッキの二つ目の電線をノートパソコンに差し込むと
早速、再生が始まった
仰々しいフォントにて「淫之邦之淫蕩王」が
画面いっぱい表示され、それに文字列が続く
遥か昔、黄河のほとりに長大にして賑やかなる邑あり
その名を「商」と呼ぶ、サクはその16代の王なり
その腕は太く丸太の如くなり
自らを「剛力王」と称し
日々、大岩やオレフ油で満たされたるアンフォラを
持ち上げては「天上天下に我に勝る大力なし」と豪語した
野蒜の花の月の第8の日、「剛力王」は
八方の邑に使いを送り大力の士を集めた
ここで画面が明るくなった、どうやら始まったようだ
始め、画面いっぱいに現れたのは人の顔のようである
だがどうも様子がおかしい
肌は胴色でテカテカ光り
顔貌も妙に整っている、これは仏像だ
廬舎那仏である
宮城を背景にその顔が小刻みに揺れ始め
グイっと上に持ち上がる、その間にも仏像は
激しく左右にブレまくる
画面が下に移動する、仏像の下に一人の男
両の手を上にすること
天を持ち上げるが如く
満身を膨らませ顔を真っ赤にし
今にも爆散せんばかりである
画面が引く、宮城と大勢の人々
万雷の歓声が上がる
人々は嘆息し叩頭し口々に叫ぶ
「なんとすごいことだ、流石我が君、剛力王!」
プルプル震える廬舎那仏の下、耳より鼻より蒸気を吹きだしながら
サク王は声を張り上げた
「我は大邑商の剛力王、この仏像を持ち上げられる者が
この世に二人といるものか!」
「此処にいるぞ!」
凄まじい大音声が四周を圧した、見れば
南蛮の大力、イツである
颯爽として仏像の一つに歩み寄ると
「ギュアダヂュウジヤアアアアアアアアーーーーー」
と奇声を発す、ゴゴゴゴゴゴッと大地が響き
たちまち千手観音が持ち上がった
そして驚くべきことに
右の足を前に一歩踏み出したのである
ドスンッと石畳に足がめり込みヒビが走る
そして二歩三歩
12メートルの仏像がユラユラ進んでいく
百官みな声を無くし呆然としてこの様を見た
しばしの沈黙の後、「我も!」「我も!」
と声が上がる、西戎の大力「サマカ」
東夷の大力「クジ」此れに数十の大力が続く
大路の左右に並べられた仏像が次々と持ち上がる
八部衆阿修羅が、阿弥陀如来が、弥勒菩薩が
その12メートルaboutがふらふら揺れながら
宮城の中をヨタヨタ行き交う様たるや
真に壮観なるものであった
その中に一つ動かぬ仏像あり、廬舎那仏である
その下、今にも押し潰されんばかりのサク王は
満身よりスプリンクラーのごとく汗を吹き散らせ口の端より
「我はこんなものでない、こんなものでないぞ」
との押し潰れた呻吟を漏らすばかり
周りの廷臣は皆ただおろおろとして
何をするでもない
そこに大きな影がじりじりと被さり来る
千手観音の巨体である
その下、南蛮の大力イツはサク王に相対し
仏像の大重量に全身をプルプル震わせながらも
口元にアルカイックな笑みを浮かべ
「我は今よりゴルゴダの丘に馳せ参じますぞ!」
と朗々たる声で宣うと
ぐるりんと踵を返し、ドッドッと大地を揺るがしながら
大路を駆けてゆく
12メートルの巨体がずんずん進む
此の様を見ると民草も百官も皆々呆気にとられ
やがて万雷の拍手が宮城にこだました
サク王はその顔を更に更に茹で蛸の如く真っ赤にして
「我を見よ!我を見よ!我は商の剛力王!この仏像如き
天の彼方に投げ飛ばして見せようぞ」
と絶叫する
そして、その体を半分ばかりに縮ませたかと思うと
弾けるようにして両椀を天高く跳ね上げた
廬舎那仏がふわーと天へ上ってゆく
満々たる陽光がその背を照らし
後光を背負ったその姿
なんとありがたきことであらうか
人々は感極まって叩頭した、そして口々に叫んだ
「商之剛力王万歳万歳万々歳」
「商之剛力王万歳万歳万々歳」
廬舎那仏が空中で静止した
射出エネルギーと重力とが釣り合ったのである
そして落下した、垂直に落下した
射出角度が垂直であったためである
そして落着した
グチャッ
空気が静止した、誰かが声を漏らした
「あっ」
臣ザオガオが言った
「なんとしたことだ、我らが商の16代の王、サクが
ぺっちゃんこになりあそばされた」
人々は大いに騒いだ、誰もが王の死を知った
誰一人として悲しむ者はいなかった
王を敬する者が一人もいなかったためである
人々はただ商の先行きを恐れた
臣ザオガオが言った
「サク王の屍は黄河に棄て、王の長子、ケツを
立てましょう、次の瑞兆の日に衆を集め
即位の儀を執り行うのです」
丞相ルンが言った
「まかりならん」
「長子ケツは学を修めず、槍弓の術を究めず
日々淫行に耽ること甚だしく
その品性下劣にして性悪質
弱いものにはとことん強く、強いものにはとことん弱い
口を開けば悪口雑言をendlessに垂れ流し
忠言の士を黄河に投げ込み、佞臣を侍らせ
他者の没落する様を見ては笑い転げる
易き事ばかりに取り組み難事を他者に押し付け
臣民の功を横取りにしては恬として恥じることがない
風格に欠け、品格に欠け、のろまで、とんまで
ハゲのくせにチビのくせにアホ面のくせに
ただ先王の長子というだけで栄華を極め
皆が皆、奴を褒めそやす
私のほうが算術が出来るのに、槍弓の術に勝るのに
背が高いのに、寝屋ごとでも勝るのに
あんなのを王にするのか玉座に座らせるのか!
私は苦学して丞相にまでなったのだ
木の根を噛んで飢えをしのぎ藁を束ねて雨露をしのぎ
昼は猪を追って鍛錬し夜は蛍の明りで勉学に励んだ
僕はすごくがんばったんだ
わあーーーん」
臣ザオガオが言った
「丞相殿が乱心じゃ、つまみ出せ」
たちまち戟を持った衛兵が泣き喚くルンを引きずっていった
臣キショウが言った
「ルン殿の言う通り、長子ケツはポンコツにてございます
もし此れを王とするならば四週の方国はみな商を侮り
打ち滅ぼしに来るでありましょう
ケツは淫行に耽るばかりで如何なる策も
打つことはないでありましょう
しかして先王の次子カイは文武に優れ、その名声は商の民ばかりか
四周の方にまで響いております
今、カイを王に立てねば商は滅び去るより外はありません」
臣ザオガオが言った
「確かにケツは知性にも武勇にも乏しく
家から家へと忍び込んでは、唯々淫行に耽るさまは
人間というよりは犬畜生に近い
さはさりながら、ケツは長子である、王とは長子が継ぐものである
もし、この慣習を破り才があるからといって
他の者を立てれば天下の者は皆、才ある者を立て
互いに王の座をめぐって争い
世が乱れに乱れるでありましょう」
群臣の中にはザオガオの説を推す者が多くあり
楡の木の月の第六の日に即位の儀を行い
長子ケツを王にする事が決まった
宮殿の高楼を臣民の尽くが囲んでいる
臣ヘシェンが声を張り上げた
「大邑商の17代の王、ケツである!」
高楼の上にケツが現れた
「我は淫のチュー王なり!
此れより国号を”淫”!王号を”チュー”とする」
淫王チューが朗々たる声で宣言すると
高楼の櫓の上に大きな旗が
”淫”の一字の旗が天に向かって直立した
見渡せば宮城のそこかしこに
「淫」の旗が整然とはためいているではないか
淫のチュー王が言った
「天下の美味も山海の珍味も一度口につけた
時が何より雅なもので
二度三度と口をつける度
悦びは減っていく
余は王子であるうちに淫の女という女を
尽く賞味した
ふと我に返って見渡せば
宮城の内も外も見知った女ばかりである
嗚呼、余は王となって悦びの少ない日々を経ていくのか
天を仰げば一羽の鳥が飛んでいく
その後をたどり駆けてゆく
人の賑わいはたちまち後背に過ぎ去り
ただ2里3里ばかりの街を通り抜ける
気づけば外城の外である
眼前に平原と青空がどこまでも広がりゆく
手の中の笏を見る
それは碧玉で出来ている
遥かエラムで産したものである
腰に下げた鉞
その束の木は南蛮より
螺鈿細工は東夷より
銅は北狄より
錫は西戎より仕入れたものである
あの平原の向こうには無数の邑があり
無数の女がいる
余が王となったのは正しく此れを得んが為である
正に今より壮丁を集め
剣を鍛え、矢軸を削り
馬に戦車を曳かせるのだ」
チュー王の第5の年
王は兵を挙げ、四周の方国を伐ち
幾百の邑を従えると
天下より女人の尽くを宮城に集め
日夜淫行に耽った
チュー王の子は2人、4人、8人、256人と
増えてゆき、果ては65536人にも達した
淫の領土のほとんどはただ武力に
よって獲られたものであり
人々は淫を憎むこと甚だしく
たちまち各所で反乱が起こり
淫の兵は鎮撫に走り回った
チュー王は日夜淫行に耽った
淫が大いに乱れると
北方より姜族が強勢を現わして
度々淫の境を侵し
田畑を焼き財貨を奪い男を奪った
臣ヘシェンはこの様を聞くと
王の寝所に駆け込んだ
すると、チュー王は女人の大海の中で
超高温に熱せられた素粒子の如く
猛烈に動きながら
まぐわっているではないか
ヘシェンが言った
「陛下、今淫は大いに乱れ
そこかしこに族が蔓延り
皆、淫を打倒すると叫んでおります
人民の多くが此れに同調し
異を唱える者はほとんどおりません」
チュー王が言った
「族共には余のおさがりをくれてやる
彼奴等は感涙の余り咽び泣くであろう」
ヘシェンが言った
「大邑淫を除けば人員の不足は著しく
地方では井戸を掘る人員も運河を引く人員もなく
連年の干ばつも合わさって
飲む水すら無い者が幾百万と出ています」
チュー王が言った
「水が無いならカプチーノを飲めば良いではないか」
ヘシェンが言った
「このところ、姜族が北方より侵入し
年々我が領土を蚕食し
先年には大邑淫より北に3里の所にまで
攻め入りました
聞くところには黄河の上流にて
多くの兵船が建造されつつあり
この先数年の間には黄河を攻め下って
大邑淫を突くつもりでありましょう」
チュー王が言った
「ぐぬぬ、忌々しきは北の荒れ地の禽獣ども
毛むくじゃらの原始人のような女の地の
貧しい貧しい可哀想な乞食ども
食指が動かぬと放っておけば
調子に乗りやがって」
「親征じゃ、此れより兵を挙げ姜を討つ」
ヘシェンが言った
「お待ちくだされ、北方は荒れ地と草原とが
限りなく連なり農地は少なく
兵を飲み込むことバミューダ海域の如く
にてございます
もし、兵を進めれば、数年の内に
その尽くを失い淫の護りは破れるでありましょう」
「今、淫の民は困窮し制度は疲弊し官吏は腐敗し
夷狄と争う余裕などありませぬ
第一に革むべきは貴人の奢侈と賄賂の横行にてございます
此れを改めれば税を軽くできます
税が軽くなれば民草の活力は大きくなり
兵の意気は上がり、国境は自ずと鎮まるでありましょう」
「先ず奢侈を止めねばならぬのは
陛下、あなたでございます
陛下が日々女人を集め淫行に耽る限り
臣民があなたを敬することはなく
淫はまとまりを欠き
やがて幾百に分かれ・」
「うっせえバッキャローッ!」
チュー王が叫んだ
「貴様ア!家臣の分際で王たる余に逆らうか
こやつを黄河に投げ捨てろいッ!」
脇より巨漢、キショウが躍り出た
この臣は大力であるが
仏像は持ち上げられない程度の大力である
キショウはヘシェンの足を引っ掴むと
自らを中心にぐるんぐるんと旋風を巻き起こしながら
回転し始める
「ウワーッ」
見事なジャイアントスイングである
キショウが叫んだ
「淫王チューは日夜淫行に耽るばかりで
王の資質が無き事は明らかなり
臣ヘシェンは常に王の傍らにあって
王の功業を褒め讃える事にばかり巧みでありながら
宮城に王への不信が充満すると
言を翻して王を非難する
此れを佞臣と言う!」
キショウが手を放すとヘシェンが美麗な放物線を
描きチュー王に向けて飛んでゆく
「ウワーッ」
「ウワーッ」
グチャッ
かくして、淫王チューは死んだ
チュー王の第18の年の事である
やがて淫は四分五裂の様を呈し
争乱は数百年にわたって続いた
「完」の字が画面いっぱいに現れた
仁くんは思った
「なんだこれは」
画面には黒の背景に白文字で
スタッフロールが流れている
根が他人の瑕疵にはとことん不寛容に
出来てる仁くんは暫し呆然としたのち
ひどく慊いものを感じた
先ずこのビデオからはエロスというものを
一切感じなかった
裸の女性が大量に出てくるわりに
ネズミの大群が乱交を繰り広げているような
趣があった
画面の背景に電線らしきものが
ちらほら映るのも
時代物にはやけにリアリティを求める
癖のある仁くんには慊かった
大変なお金がかかっているであろうことにも
悲しさを覚えた
セットは中々に壮麗なものであって
それにかけるスタッフの熱量というものが
この様なビデオに費消されている事が
悲しかった
巻き戻しボタンを押すと
「つぃー」と言ってビデオテープが
巻き戻っていく
中卒の作業所通いのくせに根がどこまでも
プチ優等生に出来てる仁くんは
この様に見たビデオはちゃんと巻き戻して
返却するのである
ビデオテープを取り出して鞄に入れた仁くんは
此れを返却しにまたあの貸しビデオ屋にいくのかと
少しどんよりした心持になっている
仁くんはすりすりと部屋の布団がない方の
奥の方にゆくとYちゃんの写真集を手に取って
ノートパソコンの前に戻ると
音楽のソフトを点けて
「はやぶささん」の歌を流して
そして、Yちゃんの写真集を一枚一枚めくっていく
仁くんは心持暗くなった時は
いつもこうして「はやぶささん」を聞きながら
Yちゃんの写真集をめくるのだ
最後の一枚をめくり終わると
仁くんはノートパソコンを消して
電球の下の紐を引っ張る
とても真っ暗になって
窓からほんのり漏れる月明かりを頼りに
もぞもぞ布団に入る
今日は少しよくない日だった
でも明日はお休みだ