03 前座
勇者とシュルファの二人は脇目も振らず、ただ英雄の妹を救うために、まだ薄暗い闇がまとわりついた石造りの道をひた走った。
「城門前に衛兵です! どうしますか!?」
「押し通るっ!!」
城を見張っていた衛兵を強引に押し退けて裏口に回る。
「抉じ開けるぞ!」
「待ってください!!」
剣を門の狭間に滑り込ませ無理矢理に開こうとした勇者を制す。
『《破錠》』
想術で鍵を無音で破壊し、城内に滑り込む。
「っ……! こちらです……」
代償によって眼球が損傷したシュルファが目元を抑えながら勇者を誘導していく。幾つかの扉を開き、地下へ地下へと潜っていくと巨大な牢が見えてきた。
「衛兵……!」
牢屋の前に先程より遥かに手練れの衛兵が待ち構えていた。
「はっ……!」
しかしそれも敵ではなく、物音一つ立てることなく背後に回り込み意識を失わせた。
「ありました……!!」
最奥の一際大きな格子に阻まれた牢獄の中に数人の魔人達が恐怖に震え、身を寄せあってうずくまっていた。
「大丈夫か……!?」
勇者が牢屋の錠を開き、格子をすり抜け中の魔人たちに声をかける。
「ちっ……近づくな……!!」
中心の老いた男の魔人が怯えて体をガタガタと震わせながら、歯を食いしばって後ろの子供達を庇っていた。
「安心しろ、助けに来たんだ」
「あんた、勇者なんだろ……!? 俺ら魔人を裏切りやがって……!!」
「……ち、違う……」
「ここは私が」
勇者と男の間にシュルファが割って入った。
見たところ目立つような外傷はなく、シュルファは胸を撫で下ろすが、その後ろで勇者が悔しげな表情を浮かばせていた。
「手錠と足枷が破壊できない……」
想術が対策されているのか、何度も《破錠》を試しているが弾かれてしまう。
「お前も勇者の仲間か……!?」
「ふざけないでください」
シュルファが語気を強めて言うと男が気圧されて怯む。
「勇者様は何度も何度も、人間を、魔人を救ってきたでしょう!? 貴方だって知っているはずだ!! 何故ですか……黙されたのか何だか知りませんが、現実を、目の前を見なさい!!」
今までの落ち着いた様子からは想像もつかない剣幕でシュルファが捲し立てる。
「っ……」
魔人の男が言葉を失い、口を閉ざす。
「……行くぞ」
「……はい」
勇者が立ち上がりシュルファに声をかけて牢を出る。
「……あいつは、英雄の妹メルアは金庫室にいる。衛兵の会話を盗み聞いたから間違いねぇ」
失意の男が勇者にそう言った。
「……わかった」
勇者とシュルファは金庫室のあるフロアへ続く道を急いだ。
「ありがとう、シュルファ。俺のために……」
「私は仲間を助けて貰ったくせに文句を垂れるクソ野郎にムカついただけです。それに、そういうのはことが終わったあとにしましょう」
「そうだな」
戦いの前だと自覚しながらも勇者は微笑んでいた。
「それと剣のことですが、恐らく大丈夫だと思います」
シュルファの言葉に勇者は緩んだ表情を引き締めて聞き返す。
「どういうことだ?」
「思い出したんです。長く使われた剣には主の想いが宿って、本当に必要になったときに力を取り戻すんです」
「ならこいつも……」
鞘にしまった折れた剣に撫でるようにしながら見つめる。
「恐らくは休眠状態かと」
「でも壊した責任はとって貰うからな」
「も、もちろん―――――」
そのときだった。突然右側の壁に音を立てて巨大なヒビが入る。
「シュル――――」
壁を破壊し瓦礫を撒き散らしながら飛び出た槍が、シュルファの右頭部を貫いた。
「―――先ずは一人。こんな雑魚にオルガーツ様の手を煩わせる必要はないわ」
飛び散ったシュルファの鮮血の幕の背後から槍を携えた女が現れる。
「……何者だ……?」
感情的にならぬよう必死に抑えるが勇者の言葉の一文字一文字に敵意が現れていた。
「私はオルガーツ様の配下、ローヴェ=シュデンだ。貴様は勇者だろう?」
槍を高速で回転させ背後に構えながらローヴェが問う。
「……ああ。なら分かっているはずだ」
勇者が一呼吸の間にローヴェの背に回り込み鞘に込めたままの剣を振り上げる。
「――――俺には勝てないということを」
「はっ、笑わせるな!!」
全速で振り下ろした鞘をローヴェは後ろ向きのまま受け止め勢いを相殺する。
「鞘だと……舐めているのか?」
「悪いが剣が折れているんだ」
「やはり雑魚だな、剣が主に応え修復するのを知らんのか?」
ローヴェが馬鹿にした口調で、しかし油断することなく勇者を見据える。
「俺達の話を聞いてなかったのか? まあいい。お前はオルガーツの前座だろ? 剣を直す必要もない」
折れた剣を指差してローヴェの怒りを誘うように挑発する。
「なっ……!? ふざけるのも大概にしろっっ!!!」
怒りを露にし、地面を蹴って勇者に肉薄し姿勢を低くする。
「《破硬槍》ッッ!!!」
言葉と共に一直線に突き出された槍を寸前のところで首を捻り回避する。
「っ……」
しかし槍は勇者の頬を掠め、裂けた皮膚から血が滴っていた。
「次は当てる……!」
緊迫した空気が場を支配したころ、勇者から流れ出た血液が一粒、王城の床に触れる。
その刹那、両者ほぼ同時に駆け出していた。
「「はあっ!!!」」
不規則な動きで迫ったローヴェの槍を勇者の鞘が受け止める。
「……鞘なんかでいつまでも凌げると思うな!!」
至近距離で視線の火花を散らし、互いに威圧し合い、鍔迫り合いを繰り広げる。
「このままでは埒があかんな……!!!」
ローヴェが勇者の剣を受け流すようにして弾き返し、飛び退いて距離を取る。
『迅 越 閃――――』
「っ……!!」
ローヴェが詠唱をし始めた瞬間、勇者は発動を阻止するべく駆け出した。しかし―――
『―――《乗風の石火》』
ローヴェが口を閉じるのと同時に勇者の鞘は顔面の一寸先まで迫る―――だがそれを先程以上の速度で回避し、逆に勇者の右脚を貫いた。
「がはっ……」
「腐っても勇者、頑丈だな。弾き飛ばせなかったのは痛いが、この戦いも次で終わる」
脚から多量の血を流す勇者に対し、代償で失った左手の指二本以外万全な状態のローヴェが槍を構える。
「………………」
「これで終わりだ!! 死ねっ!!!」
《乗風の石火》によって先程より数段、認識できないほどの速さで勇者に向かって全速の槍を突き出す。
「……勝ちを確信したな? ローヴェ」
「何を―――」
勇者の想力が剣に凝縮され、目にも止まらぬ速度でローヴェの左腹部を抉る。
「…………か………は……………」
今までの勇者の動きを遥かに超越した、常軌を逸した斬撃が放たれたのだ。
「……今のは……何、だ………」
「お前の敗けだローヴェ。大人しく――」
勇者は目を疑った。体の三割ほどが抉られたにも関わらずローヴェの想術が解除されていないのだ。
「っせめて一矢………!!!」
勇者をすり抜け、背後に走り抜ける。
「逃げ――――いや違うっ!!!!」
勇者はローヴェの思惑に気付き後ろに振り返り地面を踏みしめるが、先程の一撃で腱が貫かれており、一瞬のラグが生じる。
「ははははははっ!!」
ローヴェがその槍を高く振り上げ、倒れたシュルファに向けると、勇者は動きを止めた。
「やはり人間っ!! 仲間を見捨てて私を切ればお前の勝ちだぞ?」
錯乱した様子で震えながらシュルファに槍を近づけていく。
「……っ……」
シュルファを殺されるわけにはいかない勇者と、人質を殺さずオルガーツに現状を伝えなければならないローヴェは、正に膠着状態であった。
しかし―――
『火の籠 炎の牢 業火の縛り―――』
「っ!? こいつ……!!!」
突然聞こえた詠唱に怯え、急いで槍を振り下ろすが、突き刺さる寸前にわしづかみにされる。
『――――《嚇籠牢縛》』
煌々と輝く炎が出現し檻となってローヴェを封じ込めていくが、その至近距離にいたシュルファも巻き込まれていく。
「化け物が……!!!」
「私としたことがこんなガキに先手をとられてしまいました」
貫かれた脳と頭蓋が修復したシュルファが目覚めローヴェを睨み付ける。
「ガキだと!? これでも私は百歳をこえている!!」
どこか思い当たる節でもあるのかローヴェが全身を確かめながらそう答える。
「しかし、この距離で、しかも火の牢の中だ、お前に易々と詠唱などさせんぞ!!!」
「詠唱? お前にはこれで十分だ」
シュルファが槍から手を離し、弾け飛んだ左腕の反対の拳を握りしめる。
「まさか……!! がはぁっ!!」
ローヴェの腹に拳を叩き込む。
「ん? 一撃で気絶しましたか」
シュルファが手に付いた血を振り払い牢を破って立ち上がる。
「さあ金庫室へ急ぎましょう」
「あ……ああ」
勇者が恐ろしいものを見ているかのような目でシュルファを見つめる。
「何ですか? 恐ろしいものを見たみたいな目をして」
「……詠唱中は無防備じゃなかったか……?」
「ああ、ガキ相手なら話は別ですよ」
「……先を急ごう」
血まみれで倒れたローヴェを置いて、金庫室への道を急ぐ。
「有りました! 金庫室です!」
巨大で無駄に荘厳な装飾をなされた扉が固く閉ざされていた。
「この中にメルアが……」
勇者が取っ手に手を掛け力を込める。
「……待ってください」
シュルファが戸惑いを隠せない声色でそう言う。
「……? 早く助けないと―――」
「いや……これは……」
思考を巡らせるように何かをぶつぶつと呟く。
「どうした……?」
「――――私たちは既に奴の術中です」
その瞬間、金庫室が闇に溶け込むようにして消えていき、空間が裏返るとそこには空席の玉座があった。
「――――まさか君達がローヴェをここまで手玉にとるとはね」
こつこつと足音を響かせながら、玉座の裏側から角の生えた男が現れた。
「オルガーツ………!!!」
「さあ始めようか……私が真打だ」
闇の蜃気楼の只中を抜け出すことができるのか
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