02 英雄
「ここからクライスタ王国までどれくらいの距離があるんだ?」
勇者がそう聞くと、指を三本立てながらシュルファが微笑む。
「三週間くらい? 結構遠いな……」
「山脈三つ越えますよ」
「え?」
「山脈三つ越えますよ」
勇者が口をあんぐりと開いて硬直する。
「山脈……三つかあ……」
勇者が肩を落とし俯いてあからさまに項垂れる。
「安心してください、直ぐに着きますよ。その剣貸してください」
「直ぐにって言っても山脈三つはな……」
渋々といった様子で剣を抜きシュルファが差し出した両手に乗せた。
「その剣で何を―――」
「ふっ!」
勇者の言葉を遮ってシュルファが剣を地面に突き立てる。
『誓いし盟約 分かたれし肉 集いし眷属―――』
『―――《飛竜顕現》』
刺さった剣と地面から溢れでた想力が光輝き、辺りを飲み込む。
「何だ!?」
光が収まり視界が晴れると、二人の目の前に人間の背丈の二倍程ある竜が出現していた。
「どうです? これが召喚想術です。自然の想力を使えばこんなことも出来るんですよ」
シュルファが誇らしげなドヤ顔で告げる。
「す、凄い…… これに乗って行くのか?」
「あ」
シュルファが間の抜けた声を上げると、突き立てられた勇者の剣が根本からバキッと折れ、剣身が粉々に崩れ落ちた。
「剣がああぁぁぁっ!!!!」
「代償忘れてました……」
膝から倒れこんだ勇者が剣の柄を抱え、目に涙をためて喚き散らす。
「お前の体が吹き飛ぶんじゃないのか!?」
「いやー実行者を私とあなたの二人にしていたので」
「師匠に頂いた剣が……」
シュルファが勇者に駆け寄り肩に手を乗せ語りかける。
「勇者が泣くなんてみっともないですよ」
「お前のせいだろっっ!! こいつ殴ってていいかな!?」
シュルファの呆れたような声色に対して、勇者がうなだれながら悲痛な叫び声を上げる。
「新しい剣はどこかで調達しましょう。たしか途中にガレクメタという小国家があったはずです」
"ガレクメタ"という言葉に勇者が反応し、喚いていた口をつぐんだ。
「……どうしました?」
「……ガレクメタ。鍛冶が盛んで騎士団もクライスタの次に優秀な国だ……」
勇者が俯いたまま、過去の記憶を手繰り寄せるようにして言う。
「よくご存じですね」
「当たり前だ、その国には―――」
先の言葉を躊躇うように押し黙るが、少し間をおいてもう一度口を開く。
「―――その国には親友の墓がある」
「………」
シュルファが考え込むように腕を組み沈黙が流れる。
「……それは"魔人差別"と関係のある話ですか?」
"魔人"それは人間と魔族が交わり生まれてしまった種族。相反する白と黒の想力が互いに反発し合うため彼らは人間と比べても弱い。故に、人と魔族の両種族からの差別の対象となっているのだ。
「あいつは魔王戦の前に俺を庇って死んだ。」
「では―――」
「いや待て……確か妹が魔人だと言っていたな。あいつが守ってやっていたらしいが……」
鼓膜を刺す痛い程の静寂が二人を締め付けていく。
「……クライスタでは先日魔人排斥法―――言ってしまえば虐殺令が出されました。もちろんその属国であるガレクメタも……」
「……っ!?」
重い口を開いたシュルファの言葉に勇者が言葉にならない声を上げた。
「……あいつの妹が危ない」
二人は急いで召喚した飛竜に乗り込み、風を切って全速力で月夜を駆ける。
「もっと速くならないのか!?」
「無茶言わないでくださいよ」
「頼む! あいつが守った妹をみすみす殺させる訳にはいかないんだ!!」
深いため息をつき、シュルファがそっと竜の背に触れる。
『《韋駄天雷獣》』
二人が乗る飛竜の身体に風や雷が集まり、まとまっていく。竜の姿が裏返っていき、まるでかの神獣を模しているかのような風貌へと変化した。
「振り落とされないように気を付けてくださいよ。控えめに、詠唱無しましたから」
「……分かった」
空の上から一瞬の間に通り過ぎて行く人の集落や森、山々を見つめながら、勇者はまちうける身震いをしていた。
「ガレクメタまであとどれくらいだ?」
「もう着きますよ」
「………え?」
突然纏っていた想術が解除され視界が開けると、既に日が昇り始めていた。まばゆい日の光に思わず目をそらし下を見るとそこに巨大な国が見えてくる。
「ほらね」
シュルファが下を指差しながら何故か自慢げな顔をする。
「どうやって入るんだ?」
ガレクメタの周囲は高い壁に囲まれており、中に入るには衛兵の検閲を突破しなければならない。
「このまま突っ切りますよ!」
「っ!? 目立ちすぎると不味いんじゃないのか!?」
『影の裏 光の影 意識の臨界―――』
『―――《影光断絶》』
シュルファの周囲に凝縮された黒い想力が集まり、飛竜と勇者を覆い隠した。
「これで光を用いた認識が不可能になりました。」
「……」
黒い想力の塊となった飛竜がその頭を下に向け、凄まじい咆哮で空気を震わせながら重力と翼に任せて降下を始める。
「下に降りたら―――」
竜の背でシュルファが口を動かすが、凄まじい風切り音に遮られ肝心なところが聞き取れない。
「何だって!?」
そうこうしている内にぐんぐんと加速していき高速で地面に迫るが、衝突する寸前に減速し着地した。
「はあ……はあ……」
飛竜の体から振り落とされないよう、涼しい顔をしながら全力でしがみついていた勇者が肩で息をする。
「……早くあいつの妹を―――」
「魔人がいたぞーー!!!」
「!?」
バランスを崩した勇者に対して綺麗に着地したシュルファが立ち上がり、突然大声でそう叫ぶ。
「何してんだよ!!」
「大丈夫です、これで……」
建物と建物の間の路地から数人の騎士が現れこちらに駆け寄ってくる。
「魔人を発見したのか? どこにいる?」
リーダーのような初老の男が前に出て問いかけてくる。
「あっちに行きましたよ!」
シュルファが適当な方角を指差すと初老の男が「協力感謝する」などと言って、仲間を連れてその方向に走っていった。
「驚かせるなよ……」
騎士が去っていったのを確認して、勇者が張り詰めた空気から解放されたような声で言う。
「まあまあ、でもこれで奴らの拠点が分かりましたよ」
シュルファが騎士のやってきた路地のある方向に目を向けた。
「……なぜあんな目立たないところに?」
「さあ? 民衆に聞かれたら不味いことでもあるんじゃないですか?」
曖昧な言葉とは裏腹にシュルファの顔はどす黒い笑顔で染まっていた。
「……い、行こう」
「ええ」
その下卑た笑みを崩さぬままに狭い路地に入っていく。
蜘蛛の巣や雑草まみれのその路地はまるで何もないと主張するかのように不自然な程自然に荒れていた。
路地を進んでいくと、荒れた建物が二人の目の前に現れた。
「妙だな……何の偽装も―――」
シュルファが勇者の言葉を制し、人差し指を口に当て気配を潜めて耳をすます。
「――――ほぼ全ての魔人の幽閉が完了しました。」
建物の中から数人の話し声が漏れ出ていて、薄い壁から会話が筒抜けになっていた。
「了解した。」
「……こんなこと続けていて良いんですか?」
その中でも一際若い男が、リーダー格の男に訴える。
「黙れ、国王に逆らえば我らが幽閉されるぞ」
「……ですが……!! あの"英雄"の妹の公開処刑なんて………あんまりだ………」
「私とて魔人たちに恨みはない。英雄にも国を救われた。だが私にも守るべき家族がいるのだ」
「………」
「この話は終わりだ」
耳を近づけていた壁から距離をとり、来た道をもう一度歩いていく。
「っ………英雄―――あいつのことだ……」
「これは本格的に妹さんが危ういですね……」
「早く助けに……!!」
一刻も早く親友の妹を助けたい一心で走り出そうとした勇者の腕をシュルファがつかむ。
「あては……有るんですか?」
「ああ」
勇者が顔を近づけ耳打ちをすると、シュルファが目を見開き息を飲む。
「王城の地下……確かに一番可能性が高いですね」
「行くぞ、あいつの妹を助けに……!」
王城の地下深くへと向かう勇者とシュルファはそこで何を見るのか