3.夢と宿の子
「ふぅ……」
部屋のベッドで一息つく。疲れた……。元々、人と接するのは苦手なんだ。なのに、どうして……こんなことに。
だめだ、弱音を吐いちゃ。泣くな。泣いちゃダメなんだ。僕がみんなを、みんなを生き返さないと。たとえ、僕が死んでもみんなを生き返らすんだ。
真っ暗な夢の中、少しずつ意識がはっきりしていく。
目の前にいるのはいじめられていた僕。ここは中学生の頃の教室だ。中学時代、僕はいじめられていた。
中学校、いや小学校からずっとかな。いじめの原因が何かは分からない。多分、みんなは僕のことが嫌いだったんじゃないかな。
それでも僕は学校に行き続けてた。両親に心配を掛けたくないから。
でも、いつしか僕は強く死を望むようになってて。毎日、立ち入り禁止にされている学校の屋上に行ってはみんなが帰るまで待っていた。
ここから飛び降りれば、死ねる。一歩、前に進めば。
死ななかった。
残念ながら僕には死ぬ勇気がなかったみたいだ。中学校を卒業して高校に入った。誰も僕のことを知らない。誰も僕をいじめない。
ある日の昼休み、一人の女の子がベンチで泣いていた。だから、その女の子の隣に座って昼ご飯を食べた。そんなことを続けてたら、女の子から話しかけてくれた。
ある日の体育祭、僕はマラソンのアンカーになった。精一杯頑張ったけど、一位にはなれなくて。でも、そんな僕を励ます男の子がいた。
ある日、僕は倒れてしまった。医者はただの疲労だって言った。両親に心配を掛けないように、元気な子を演じた。
修学旅行の帰り道、バスの中でみんなは楽しく過ごしていた。ある人は寝てたり、ある人は歌ってたり、ある人は先生にちょっかいを掛けたり。
そして、僕は班の人とトランプをしていた。
気付いたのは僕だけだった。後ろの方から、暴走したトラックが迫ってくる。声を上げる暇もなく、バスは横転した。
いつの間にか僕は気を失っていて、気が付くと女神に会ってたんだ。
鐘の音が鳴って僕は目が覚めた。窓からは日が入ってきていて、少しだけ爽やかな気分になった。僕は……寝てたのか。
コンコンと叩かれ、扉を開けると誰もいない。
「おはようございます!」
目線を下に向けると、赤いリボンをつけるポニーテールの少女がいた。
「おはよう」
膝をついて挨拶を返す。
「朝ごはんの時間だよ!」
「あぁ、ありがとう」
少女の後ろについていき、階段を降りると昨日のおっさんが立っていた。
「おう! よく寝たか?」
「おはようございます。はい、よく眠れました」
「そうかそうか! ほら、朝飯だ。よく食べな!」
「ありがとうございます」
渡されたご飯をカウンターに置いて座って食べる、前に『鑑定』。
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『オーク肉の野菜炒め』
ドワーフの土塊亭にて提供されている料理。
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え、説明これだけ? ホントに? 鑑定ってしょぼい。
「おとーさん!」
「ん、どうした?」
「おかーさんは?」
「あぁ……多分、まだ寝てるな。起こしてきてくれないか?」
「うん!」
元気よく返事をした少女は奥に入っていく。
「あの子って……」
「あぁ、奴隷だよ」
「ど、奴隷!? でも、おとーさんって」
「勘違いするなよ? 別に命令してるわけじゃない。……俺はドワーフでな、嫁はただの人族なんだ。だから、子供ができにくくてな」
「な、なるほど。そうだったんですね」
「ああ。娘同然だ。ミネルって言ってな、とにかく可愛くてなぁ」
「親バカですね」
「うっせ。お前さんも親になればわかるさ」
オーク肉の野菜炒めを頬張り味わう。初めてのオーク肉は案外美味しかった。
「このオーク肉、おいしいですね」
「当然だ。俺が作ったんだぜ?」
「意外ですね、ドワーフといえば鍛冶をしてるイメージなんですけど」
「はぁ……みんなそう言うんだな。何回も聞いて飽きたぜ」
「えと、ごめんなさい?」
「あ、いや。謝ることじゃねえぜ、事実だしな。俺がドワーフの中でも変わり者ってのは」
「変わり者?」
「お前さんのそのイメージは合ってるってこった。俺は生憎、鍛治の才能がなかったってだけだ。ま、その分いい嫁さんに恵まれたがな!」
「なに自慢してるんだいローグ。恥ずかしいね」
ぼさぼさの頭を掻きながらあくびをして出てきたのは背の高い女性だった。
「キナ。ミネルは?」
「あんたの代わりに奥で客に出すための料理を作ってるよ」
「そうか。ヒノ、これが俺の嫁だ。いてっ」
「これって何だい、まったく。人を物みたいに。ヒノって言ったか、アタイの名前はキナ。よろしく頼むよ」
「日野です。よろしくお願いします」
「礼儀正しい子だね。元貴族かい?」
「おい、キナ」
「あぁ、そうだったね。すまない、忘れてくれ」
「えっと?」
「そんなことよりお前さん、冒険者として早く稼いできな。昨日はハウザーさんの頼みだからタダにしたが、今日もとは言ってないぜ?」
「分かってますよ、ちゃんと稼いできます」
「おうよ! この宿は一泊銀貨八枚だからな、覚えときな。頑張って来い!」
「あたっ。はい!」
背中を叩かれ、僕はやる気を出した。とりあえず、冒険者の依頼をこなしてギルドから信用を得ないと。あと、お金の価値も調べとこう。