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短編集・婚約破棄/悪役令嬢/断罪/ざまぁ/よくばりセット

白髪鬼――改造された悪役令嬢は、斗う。

※特撮もののパロディとなります。

ルナ・スミスの顔には憂いと困惑と、若干の恐怖があった。いつもより揺れる馬車の中で、答えのでない自問を繰り返す。


自分は何を間違えてしまったのだろうか? 王子を筆頭とした、弟も含めた学園の、未来の国政の権力者たちに、パーティ会場で糾弾されると言うのは尋常ではない。恐らく学園史上でも初めてではないか......。


貴族は面子と根回しこそが肝心である。誰かを罰するとしても(罰せられること自体稀だが!)、生徒自身の将来や、その家の名誉を傷をつけぬよう、神経質なまでにセッティングされる。それが、今回は違った。



「あなたは、自分のことしか考えないのか!? 婚約者の身分を盾に、学園を、国を支配しようとすることが、どれほど許されざるものか、知れ!」

「殿下! 何度も申し上げますように、何について糾弾されているのか、私には......」

「言い逃れは許さない! 生徒会長として、一週間の謹慎を言い渡す! あなたはその間、勇気を出してあなたの罪を告発し、正しい道へと引き戻そうとしてくれたアンドロノフ伯爵令嬢に感謝するのだな!」



告発者、アンドロノフ伯爵令嬢と、証人の数々。皆が彼女に非難の眼差しを向けていた。実の弟さえ! 


自分が何をしたのかわからないままに反省することを強要されて、ルナはただ、頭を抱える他なかった。この国で珍しい、黒い髪がさらりと流れる。


唐突に馬車が止まった。はっとして顔を上げる。不気味な笑みを張り付けた御者が踏み込んできて、彼女を隅へと追いやった。喪服のような黒い服からコサージュを一輪。その甘い匂いに包まれた途端、ルナは意識を失った。



次に目覚めたとき、彼女は蝋燭の火を見上げていた。両腕と両足を固定され、動けなくなっている。ベッドはすこしずつ回転していて、壁には鏡があった。


そこに映り込んだのは、とても己のものとは思えない姿だった。顔は痛みか、恐怖にひきつったせいか、凄惨なものになり果てている。黒々とした髪は、今や老婆のような白髪に変わっている。


頭の中心には痛みの芯、岩のようなものがあって、鈍い痛みを訴えてくる。だというのに、体は軽く、とても自分のものとは思えない。体内の魔力の流れが、かつてないほど高まっていて、目で確認するようにはっきりとわかる。それでいて、暴発する予兆さえないのだ。


「目が覚めたかね、スミス令嬢」


暗い部屋の中で、誰かが語りかける。身を起こそうとして、革のバンドが邪魔をする。行き場を失った力がそのまま手首を隆起させる。


「あなたは......?」

「私は、君の体を改造するように命令した張本人、アドル・フレーベだ。学園で謹慎処分にあった君は、このタイミングで少しの間、失踪していても誰も気にしない。君の弟さえもだ。そして、計画は第二段階に移行する」

「計画? 第二段階?」

「君はこれより精神手術を受けて、栄えあるアガン帝国の臣民となるのだ。自分を断罪し、追放しようとしたルキア連合国からアガンの尖兵に鞍替えする......これほど分かりやすく、合理的な筋書きはあるまい」

「私が、国を裏切ると?」


声が上ずる。革のバンドはますます体に絡み付き、逃げ出すことも許さない。


精神手術。その言葉はもっと適切な言い回しが相応しい。

アガン帝国は昔から、強靭な兵士たちを戦場へ送り込んできた。それが精神を改造する魔術の結果であると、捕虜を診てきた医者は口を揃えていった。


それが今、自分に行われようとしている。しかも、愛する国を裏切るように誘導された上でだ。ルナは腕に力を込め、なんとか体を起こそうと暴れ始めた。


「無駄だ。すでに計画は完璧に実行されている。精神手術の後には、アンドロノフ伯爵令嬢と共にこの国をめちゃくちゃにしてしまうのだ......冤罪によって祖国に復讐する一人の令嬢。なんとも涙をそそるストーリーではないか」

「お断りします! 私は、私の愛する人がいる限り、そのような真似は、決して......」

「ならば、どれほど耐えられるのか。自分の体で試すがいい。やれ!」



頭上のライトが、ゆっくりと移動する。顔をすっぽり覆い隠せそうなそれが、じりじりと迫る。なんとか逃れようと、ルナは顔をそらした。


轟音と共に、部屋が揺れる。先程まで計画を話していた声に、はじめて動揺が浮かんだ。


「何が起きている......!」

「大変です!ルキア連合国にアジトを突き止められました!」


慌てた様子で部屋に入ってきた白衣の男は、声が聞こえていた辺りに向かって叫んだ。


「かくなる上は、改造手術を施したスミス令嬢を使って、やつらを殲滅するべきです!改造手術は終わっているのでしょう!?」


言うが早いか、白衣の男が震える手で、彼女の拘束を外していく。声の主が慌てて叫ぶ。


「ダメだ! まだ精神手術が終わっていない! その令嬢を自由にしてはならん!」


遅かった。ルナは飛び起きると、白衣の男に自分の頭を叩きつけた。もんどりをうって転倒する男を蹴り飛ばし、部屋をあとにする。白煙が立ち込める廊下に出ると、奥の方からは捜索隊のものらしい光がちらちらと見えている。


下手に見つかるわけにはいかない。アガン帝国の一味だと勘違いされると面倒だ。ルナは壁を背に、近くの部屋に滑り込んだ。


そこも研究室だった。だが、人の代わりに馬が繋がれていた。それだけではない。手術によって異形に変わった自分のためか、かつてのルナ・スミスを模したマスクもおかれていた。


マスクを手に、ルナは黒い馬に飛び乗った。


「フラウ・ゲルト!」


名前を呼ばれた馬はいななくと、かつて乗ったどの馬よりも早く、洞窟から出口を目指して走り出した。


殿下が危ない。

ルナの頭には、ただそれだけしかなかった。



「何? ルナが消えた?」

「は。家のものに捜索はさせていますが、姉の行方は......」


 ルナ・スミス、失踪。学園の上層部には激震が走った。


「ルナの失踪は、彼女の意思なのか? それとも......」

「わかりません。ただ、御者の話によれば、彼女は学園から少し離れたところで降りたとのことで......」

「御者は信用できるのか?」

「この学園に勤めて十年です。裏切るとしても、なんのために?」

「心配です」


男たちの会話に割り込んだのは、アンドロノフ令嬢だった。彼女は頬に手を当てて、形の整った眉をしかめる。


「もしも、自棄になったあの方がアガン帝国にでも身売りをしたとすれば......帝国は喜んで彼女を保護するでしょう」

「いや、しかし、それは......」


いくらなんでも飛躍が過ぎるのではないか。男たちは顔を見合わせる。しかし、自暴自棄になった人間は何をするかわからない。


「ともかく、家のものには引き続き調査するように連絡します。姉のことです。むしろ、自分自身を裁くような真似をするかも......」


そのとき、教室のドアが開き、一人の少女が入ってきた。驚きの視線が、困惑に、そして不審へと変わる。話題の渦中であったルナ・スミスがそこにいた。


「ルナ! 君はいったいなんのつもりで......」

「すぐにすみますわ殿下。皆様、少し席を外してくださいますか? 私は、アンドロノフ様とお話がありますの」


そう言ってルナは進み出る。彼女の小指には、小さく緑色の靄のようなものがかかっていた。弟がわずかに目を見開く。


「彼女に嫌がらせしていた張本人が何を言う! 二人きりなどにして......」

「いえ、殿下。我々がすぐそばで待機していると知って、暴挙に出るほど姉は愚かではありません。ここは姉の言う通りにしてやってくれませんか」

 弟の加勢もあって、王子は渋々頷いた。教室を出る直前に、ルナが言う。

「そうそう。どなたか、私の家の花壇に水をやってくださいませんか?しばらく留守にしていたから、不安なのです」


ドアが閉まり、足音が去っていく。二人きりになって、部屋に沈黙が降りる。少しだけ、アンドロノフがばつの悪そうな顔をしていた。


「アンドロノフ様」


ルナが名を呼んだ。


「なんでしょう?」

「アドル・フレーベ様からの連絡です。作戦を、第三段階に移すと」


アンドロノフが一瞬、硬直する。すぐに視線は疑わしいものへと変わった。


「計画の第三段階ですの? まだ王子は、あなたを信じておられると言うのに。早計では?」

「命令は命令です。それともあなたは、アガン帝国の命令に対して疑問を抱いているとでも言うのですか?」

「何をおっしゃいます!所詮改造されて初めて、帝国についた外様の癖に。わたくしははじめから、身も心も、アガン帝国に差し出しているのですよ!」


ルナ・スミスは笑った。長く、ずっと、おかしいと言わんばかりに。アンドロノフは目を白黒させながら、何がおかしいんですの、と怒鳴る。


ルナは、指にかかった緑色の靄を見せつけた。


「緑の、魔法? 風の魔法? そんなものが、一体......」

「緑の魔法は、風の魔法。その通りですわ」



ゆっくりと窓辺へ近づき、ルナはきゅっと靴をならして振り向いた。


「風はどこへでも入り込む。例え防音の魔法がなされていても、風の魔法がある限り、どのような会話も筒抜けになるのです」


教室に、男たちが飛び込んでくる。最後に入ってきた弟は、これ見よがしに小指を見せつけた。緑色の靄。二人を繋ぐ魔法の証だった。




「アンドロノフ。君は......」


呆然と呟く王子をよそに、少女は柳眉を逆立てて、公爵令嬢を睨む。


「おのれ!裏切ったの!?」

「裏切ったのではありません......初めから、あなた方に屈していなかっただけです!」


アンドロノフが飛びかかった。その動きを予期していたルナは、横に跳ぶ。裏切り者が突き立てた拳が、みるみるうちに校舎を溶かした。ざっと自分の前髪をかきあげながら、伯爵令嬢は叫んだ。


「私の力は、炎の力!すべてを焼き尽くす炎を喰らいなさいな!」


指の先端に赤い光が点る。身体中から吹き上がる炎が髪の色を赤く染め、周囲の空気さえも揺らがせる。ルナは床を踏みしめながら、体を半分、前に突き出すようにして構える。


すべての指を広げて飛びかかるその腕を弾き、軌道をずらす。がら空きになったボディに蹴りを叩き込むと、アンドロノフは床の上を転がった。


指を握り込み、拳大の炎の塊を作り上げる。にい、と唇を歪めた少女は、ルナの顔面めがけて炎の塊を発射した。辛うじて避けたその火の玉は、その熱波で顔を溶かしてしまうはずだった。


確かに、顔は溶けていた。どろどろと、ルナ・スミスの顔が消え、内側から白い髪が現れる。そして、凄惨なまでに歪んだ唇も。


その醜さに、アンドロノフが息を呑む。

床を蹴り、風の魔法で大きく飛んだルナは、拳を叩き込んだ。放たれた火の玉よりも早い突撃に、少女は一瞬で意識を刈り取られた。





「ルナ......いや、あなたは、一体......」


一人王子が呆然と呟く。戦いを終えたルナは、王子たちに背を向けていた。


「この国を愛する、一令嬢にすぎません」


マスクによって作られていた声は、もうない。声はいずれ元に戻ると思っていたが、それも奪われてしまっていたらしい......あの手術台の上で。


「アンドロノフ令嬢が、ルナを陥れようとした......他国のスパイとして。だとすれば私は、私が断罪した聡明な、幼馴染みの少女は、冤罪、だったのではないだろうか......」


ルナは答えなかった。鋭い口笛を吹くと、一緒に洞窟を脱出した異形の馬が現れる。その馬に、彼女は跨がった。


「待ってくれ! 私の姉は!」

「ルナはどこにいるんだ!」


「それを聞いてどうしますの?」


口から出た言葉は、自分でも驚くほど冷たい響きを保っていた。もしかしたら王子たちも、何か薬のようなものを嗅がされて、奇妙な熱狂に包まれていたのかもしれない。それくらい、あのときの状況は異常だった。


だがそれは、なんの慰めにもならない。


「あなたなら、ルナの居場所を知っているのではないかと思うのだ。どうか、彼女に、戻ってきてくれと伝えてくれないか!」


ルナは自分の頬に手を触れた。手術の過程で失われた髪の色、己の顔、そして声。



ああ、そうか。とルナは納得した。


「ルナ・スミスはもういません。彼女は死にました」

「では、あなたは! あなたは何者なんだ!」

「帝国に身も心も弄ばれた、一人の怪物にすぎません」


ごきげんよう。


耐えられずに王子たちが駆け寄ってくる。たてがみを撫でると、フラウゲルトは前足を大きく掲げ、走り出した。



戦いは始まったばかりなのだ、とルナは自分に言い聞かせた......誰も、自分のような目に遭わせるわけにはいかない。


後に、白髪鬼と呼ばれる令嬢の戦いは、始まったばかりであった。



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