おなかの外で
「やだ!一緒にいるの」
ゆうくんがぼくをぎゅっと抱きしめました。
ぼくはぬいぐるみ。耳が長いうさぎのかたちをしています。
ぼくとゆうくんはいつも一緒。
だから、幼稚園にも一緒にきました。
でも幼稚園におもちゃを持っていったらダメなんだって。
「幼稚園に着いたらばいばいするって約束したでしょ?」
お母さんが怒っています。
「やーだー」
ゆうくんは床に寝転がって叫びました。
「どうしても離れたくないの?」
園長先生がゆうくんに声をかけました。
「じゃあおやくそく出来るなら特別に持ってきてもいいよ」
「おやくそく?」
ゆうくんは鼻水をすすって尋ねました。
「そのぬいぐるみを守ること。一緒に幼稚園に来たのに、ゆうくんだけお家に帰ったらぬいぐるみさん、寂しいでしょう? だから、一緒にいて、いなくならないように守ってあげるの。できるかな?」
ゆうくんは頷きました。こうして、ぼくも幼稚園にいていいことになりました。
幼稚園で、ぼくたちはいつも一緒にいます。
ぶらんこする時は、ゆうくんはぼくを先に乗せて押してくれます。
お店屋さんごっこでは、ぼくはお客様役をします。
お歌の時間は、ぼくはゆうくんのお膝の上にいます。
ぼくは幸せでした。
「一緒に遊ぼう」
ある日、男の子がゆうくんに声をかけました。手にはボールを持っています。
ゆうくんはぼくを見ました。ぼくはボールを持てません。
「遊ばない」
ゆうくんはそう言うと男の子に背中を向けました。
「なに持ってるの?」
男の子がぼくたちを覗き込みます。
「うさぎのぬいぐるみだ」
「えっ、うさぎさん?」
女の子が駆け寄ってきました。
「かわいい。貸して」
女の子はとつぜんぼくの耳を掴みました。
「やめて」
ゆうくんはぼくをひっぱりました。
「かして」
女の子も耳を引っ張ります。ぼくの綱引きがはじまりました。そして
びりっ
ぼくの耳はちぎれてしまいました。
幼稚園から家に帰ってきても、ゆうくんは泣いていました。
「ほら、治ったよ」
耳はお母さんが直してくれました。
でも、ゆうくんは受け取ってくれません。
その日、ぼくは、ゆうくんのいえにきてから初めて一人で寝ました。
朝、ぼくの元にゆうくんがやってきました。
「ぼくね、決めたんだ」
ゆうくんは話します。
「もう一緒に幼稚園に行かない」
えっなんで? ぼくはゆうくんに聞きたくなりました。
でもぬいぐるみのぼくは喋れません。
「ゆうくん、早く朝ごはん食べないと遅刻しちゃうわよ」
お母さんの声が聞こえて、ゆうくんはリビングの椅子に座りました。
ぼくはゆうくんが朝ごはんを食べている間、なんで幼稚園に連れて行ってくれないんだろうと考えていました。
「ぬいぐるみは?」
ぼくを入れずにリュックを背負ったゆうくんを見て、お母さんが驚いてぼくを持ち上げました。
「もういらない」
「じゃあ、置いていくわよ」
ゆうくんはぼくを見ようともしないで、玄関に走っていきます。
置いていかれる!
今までずっと一緒だったのに!
いやだとぼくは思いました。
だから、ぼくはお母さんの手から離れる瞬間、こっそりお母さんが持っていた手提げカバンの中に飛び込みました。
ゆうくんとお母さんが幼稚園に着いた時、誰かがかけよってきました。
カバンの中にいるので誰かはわかりません。
「昨日はごめんなさい」
昨日の女の子の声でした。
「今日もうさぎさんいるの?」
「今日はいないよ」
ゆうくんの声が聞こえます。
「守れないものは持ってきたらいけないんだ。だから、ぼくが強くなるまでお家でお留守番してもらってるんだ」
ぼくが嫌いになったわけじゃなかったんだ。ぼくは驚きました。
「そうなんだ。じゃあ、一緒におままごとしようよ」
ゆうくんがうんと返事をして、遠くに行く音が聞こえました。
ゆうくんはもう大丈夫。ぼくがいなくても幼稚園で遊べます。
強くてかっこいいお兄ちゃんです。
ぼくの身体がキラキラと光りました。
ここなら楽しそうだな。
ぼくの光は、優しそうな目でゆうくんを見送るお母さんのおなかの中に入って消えました。
「今日ね、友達とボールで遊んだんだ」
ゆうくんの声が聞こえて、ぼくは目を覚ましました。
「よかったわね」
お母さんの声は、子宮に響いてぼくの全身を包みます。
「赤ちゃんが産まれてきたら一緒に遊んでね」
「うん」
おなかの外にいるゆうくんの声は、強く逞しく聞こえました。
「たくさん遊んで、守ってあげる」
ぼくは早くゆうくんと遊びたくて、おなかの中でうんとのびをしました。