第二十六話 花が燃ゆる日
「あと二〇分くらいで着けそうだ。嬢ちゃんは平気か?」
「ぐっすり眠ってますから多分大丈夫です」
テロリスト本拠地から脱出した僕達は今、メルーシャルワ北部を飛んでいる。
中央部には都市があるので迂回せざるを得ないんだ。
で、最大の功労者は現在お昼寝中。
機内を和ませた後、そのままパタリと眠ってしまって。
やっぱり子どもだからおねむには逆らえないみたい。
ただ、少しもったいないなぁとは思う。
なぜなら。
「この景色、コンテナちゃんにも見せたかったんだけどなぁ」
今、輸送機の目下は一面が花畑に覆われている。
それも色とりどりな種類の花がびっしりと。
とても美しい景色だって、ヴァルフェルになった今でも思えるくらいにね。
「メルーシャルワ国立宝華園だ。全て自生しているもので、人の手はほとんど入っちゃいない。この国のシンボルみたいな場所だな」
「すごいな、こんな場所をいつかコンテナちゃんと歩いてみたいもんだなぁ」
「まぁ歩道ならいつ歩いても構わねぇし、いつか来ような。ヴァルフェルが入れるかどうかはわからんが」
「まぁ最悪、僕は通らなくて平気ですよ。でもせっかくだからグノーン君も連れていってあげたいな」
「ぐのーん」
今はまだ表に出る事も憚れる状態だから、わがままは言えない。
けどいつの日か世界情勢が落ち着いて、全ての誤解が解けたら叶えてみたい。
平和を願う花園、そこを通る事が僕の目標だ。
その為にも念を飛ばし続けなければ。
「皇国よ~そろそろ真犯人を見つけて捕まえろ~」って。
……そう、世界はまだまったく落ち着いていないんだ。
新聞を開けば、やれ軍備増強だの拠点設置だのという話がひっきりなし。
皇国は元より、色んな国が戦力を整える事に必死なんだそうな。
獣魔の脅威がひとまず去ったっていうのに、平和な感じがまったくしない。
まるでまだ戦い足りないと言わんばかりだ。
なんでこんな事になっているんだろう。
それも皇帝陛下が暗殺されたからなのだろうか。
皇帝の座が空席であるのを良い事に、出し抜こうとしているとかで。
いずれにしろ良い話じゃないよなぁ。
いい加減、みんなもう手を取り合って欲しいのだけど。
じゃなきゃ、僕はいつまでたっても花園を歩けそうにない。
でも諦める事も知って、託せる事も知った。
願いは少し変わってしまうけど、それでいいとも思える様になった。
「ダンゼルさん、その時はコンテナちゃんをお願いしますね」
「馬鹿野郎、そういう時はおめぇが努力して――」
だから僕はダンゼルさんになら託せると思ったんだ。
この人ならきっと、コンテナちゃんのいい父親になれるんじゃないかって。
……そう、思っていたのに。
今、僕のカメラは、そのダンゼルさんが炎に焼かれた姿を映していた。
余りにも一瞬の事だったんだ。
直後には、機体もが大きく回り始めていて。
操縦席がまるごと焼かれ、赤く溶けていく。
その中で僕はただ機械の如く冷静に、背中の箱の扉を締めていた。
それで機体の回転に身を任せつつ、四肢で体を支えていて。
するとその途端、激しい音と共に視界が見えなくなるほどブレる。
輸送機が地面に墜落したのだと思う。
ただ、そのお陰で天地を認識する事ができた。
そこで僕は咄嗟に輸送機の壁を突き破り、外へと躍り出る。
だったのだけど。
『警告、ロックオンされました』
「ッ!?」
その警告音と共に、僕は大地を蹴った。
それも飛び出したばかりの輸送機と並走するかの如く。
そうした瞬間――頭上が輝いた。
すさまじい重光波だ。
一瞬で滑り行く輸送機の天井を焼き切ってしまった。
今の一瞬で屈まなければ頭が吹っ飛んでいたぞッ!?
ただ、光の発射方向から考えておそらく、狙撃手は輸送機を挟んで反対側だ。
なら少しだけなら輸送機が邪魔で居場所を捉えられないはず!
そこで不時着停止した輸送機に隠れ、操縦席へとカメラアイを向けた。
「ダンゼルさん! どうか返事してください! お願いですッ!」
僅かな可能性に賭けて叫びを上げる。
あの人がそう簡単に死ぬ訳ないって思っていたから。
「僕を見守ってくれるんじゃないんですかあッ!? 花園に連れて行ってくれるって言ったじゃないですかあッ!! なのになんでえッッ!!!」
それでも返事は一向に返ってこない。
わかっていたんだ、先の一撃はもはや人が耐えられるものじゃないんだって。
操縦席は真横から貫かれ、完全に融解していたのだから。
……真横?
融解した操縦席?
「――まさか、こいつをやったのはッ!?」
その時、僕は気付いてしまったんだ。
この手口、この威力、どれを取っても見た事がある状況なのだと。
あの首都への道中に落ちていた輸送機と同じだったんだ。
今の僕のボディや商品となった機体を積んでいたあの。
あれと同じ状況が今、僕の目の前に起きている!
『警告、ロックオンされました』
「ちィッ!?」
しかし考え込んでいる余裕は無い。
そうしている間にも背中の壁が融解し始めていて。
だから僕は即座に転がり避ける。
すると今度は輸送機の中腹部が縦に両断された。
大地をも焼き、舞い上がった無数の花弁を燃やしながら。
「この狙撃能力は明らかに普通じゃないぞッ! だとすればッ!?」
この砲撃は明らかに長距離重光波砲。
つまり狙撃仕様ヴァルフェルの攻撃だと思っていいだろう。
そしてここまでの威力は一般兵如きが引き出せるものじゃない!
そう悟りつつ、僕は即座に輸送機端からアームバルカンを撃ち放つ。
射線からして相手の位置は特定済みだ。
しかし僅かに見えていた敵は丘の先に隠れてしまった。
無念にも弾丸はその丘に飲み込まれて無為となる。
しかもその途端――
『警告、ロックオンされました』
「何ィ!?」
信じられない事に、敵が隠れた直後にロックオンされたんだ。
だから急いで手を引っ込めたのだけど。
対応が間に合わず、重光波が僕の左腕を焼いた。
「うおあああーーーッ!!?」
ただし丸ごとではなく、アームバルカン部だけが。
でも砲塔が溶けてしまって、これじゃあとても使い物にはならない。
なので壊れたパーツを強制排除。
そのついでに弾道を計算し、敵の位置を割り出した。
で、その結果は。
「敵は、三機!? 全部別の狙撃だったっていうのか!?」
高確率で敵は三機、あるいはそれ以上。
伏兵を考えると五機は身繕った方がいいという結論に。
しかもあの腕前は間違いなく騎士級だ。
それも相当な手練れの。
そんなのを相手に、僕一人で本当に勝てるのか……!?