さぁ集めようか、ガラクタアリス
ユークリッド家は鑑定士の名家として知られていた。
これまで何度も真贋を見分け、国王からも依頼を受けたことがあるほどだ。
しかし五年前、盗賊に襲われ当主が死んだ日を境にユークリッド家は失墜した。
一人息子のアルト・ユークリッドに鑑定士としての才能はない。
本物を見落とし、贋作を高額で買い取り、五年間で資産の八割以上を失った。
ユークリッド家は終わった。
息子のアルトは見どころがない。
あいつは贋作に「一千万リル」を支払うような大バカ者だ。
ついたあだ名は「クズ拾い」。
オークション会場に出向く彼には、陰口と嘲笑がつきまとう。
ごく潰し。
面汚し。
ゴミを集めるろくでなし。
罵詈雑言を一身に受け、それでもアルト・ユークリッドは不敵に笑う。
「ああ、これでいい」
彼は富を捨て、名声を捨て、世界を騙すことにした。
ただ一人の少女を助けるために。
君が世界中に散らばってから五年が過ぎた。
その間、俺は君のことだけを考え続けた。
「どうです! 輝元前十年、賢王グレイの王冠で燦然と輝いていた極光石オーレリアは!」
「ほう」
セーム革に乗せた宝石をルーペで観察するフリをする。
鑑定するまでもない。これは偽物だ。
「極光石は時間が経つと結晶構造がずれて歪みが生じるが、これはいまだに美しいプロポーションを保っているな。素晴らしい保存状態だ」
「えぇえぇ! 若旦那のおっしゃる通りで!」
「極屈折率も3.45。宝石としての価値も申し分ない」
「さすが名門鑑定士一家ユークリッド家の跡取り息子! 慧眼です!」
「世辞はよせ。俺はただの道楽主さ」
懐から小切手を取り出し、金額を書いてぞんざいに放る。
宝石屋は太った体を必死に動かし、小切手を捕まえた。
「買いだ。一千万リルで構わないな」
嬉しそうに頷く姿は、餌に群がる豚に似ていた。
「もーアルトったら。また贋作にお金使ったの?」
宝石屋が帰った数分後、ノックもせずに入ってきた妹がソファー越しに俺の背中に抱きついた。
俺とは似ても似つかない可憐な容姿、対を成すような鮮やかな金髪。
「いつも言っているだろ、ミーシャ。俺のことはお兄様と呼べ」
「嫌よ。血も繋がってないのに」
「おいおい冷たいことを言わないでくれよ。血の繋がってない妹からお兄様と呼ばれるのが、俺の夢なんだからさ」
「きも」
ひどい言われようだ。
深く傷ついた俺のことなど気に欠けず、ミーシャは俺の手から宝石を奪った。
「もしかしてこれ、オーレリア? すっごーい、本物みたい」
「たしかに見た目は良くできてるな。だが、贋作としては致命的なミスがある」
「へえ、どんな?」
「重さだよ」
俺は贋作を手に取り、手の上に転がした。
「勘違いしてるやつが多いが、極光石の構造崩壊は避けられない。エーテル溶液による保存法を使ってもな」
そして結晶構造の崩れは質量の増加をもたらす。
このサイズであれば、約2.12グラムの質量増加が起こっているはずだ。
「だが、この極光石は軽すぎる。持った瞬間に分かったよ、偽物だってな」
「もー、だったら買わないでよ。一千万リルあったら、そこそこ立派な家が建てられるのよ?」
「分かってるさ。だけど、しょうがないだろ?」
俺は言う。
「俺たちは、アリスを集めなくちゃいけないんだから」
※
アリスという少女がいた。
「美の体現」と謳われるほど、可憐な少女だった。
俺は彼女の眼が好きだった。
俺が我儘を言った時「もう、仕方がないですねアルト君は」と慈愛に満ちた色を灯す。
あの麗しい眼が好きだった。
もう何年も、彼女は重たい瞼を閉ざしているけれど。
※
「準備はいい、アルト?」
「ああ、ばっちりだ」
出発の日を迎えた。
ミーシャがかけてくれた燕尾服に腕を通すと、ぱりっと糊がきいていた。もう使用人たちはいないから、彼女が仕立ててくれたのだろう。
ミーシャは、幼い頃は何もできない子供だった。わがままで泣き虫で、何をするにも俺の後ろをついてくるばかりで。
そんな彼女が、今やこのユークリッド家の大黒柱だ。彼女が資産をやり繰りしてくれているお陰で、今のユークリッド家は成り立っている。
「大きくなったな、ミーシャ」
「どこ見て言ってんのよ、変態」
「いつもすまないな、ミーシャ」
「なによ、褒めても何も出ないわよ?」
「俺のわがままに、ずっと付き合わせて悪かった」
「……きもい」
ミーシャは心底嫌そうな顔をして、俺の体を何度も叩いた。
「きもいきもいきもい! 急に謝るな! 殊勝になるな! あんたはいつも通りふんぞり返って、私に偉そうに命令すればいいのよ! だから……」
手を握られた。
まだまだ小さい、子供の手。
「だから私の全部、持っていってよ」
手を離した時、俺の手の中には銀色の鍵があった。
セントホリック中央銀行の地下金庫の鍵。
これがユークリッド家の――全財産。
「いってらっしゃい、アルト。一人で帰ってきたら許さないから」
「……だから、いつも言ってんだろ」
握りしめる。彼女の覚悟を。
俺たちの決意の重みを。
「俺のことはお兄様と呼べ」
かわいい妹はべーっと舌を出して、旅立つ俺を見送った。
「それだけはぜーったいに嫌」
※
アリスという少女がいた。
物心ついたころから一緒に住んでいた同居人だ。
俺の親父が引き取ってきた子供だ。
言葉遣いが丁寧なやつだ。
怒ると頬を膨らます仕草が可愛らしいやつだ。
俺のファーストキスを奪った相手だ。
俺の初恋の相手だ。
俺が今も好きな相手だ。
きっとこれからも好きな相手だ。
そして何より。
俺たちの命を救ってくれた相手だ。
※
鑑定士は選ばれし者の職業だ。
目をこやすためには、幼少期から一級品に触れていなくてはならない。
教育には莫大な金がかかり、それゆえに鑑定士は鑑定士の家系からしか生まれない。
ユークリッド家はいわずと知れた鑑定士の名家だった。
名家、だった。
「ほら来たわよ。あれが例の、できそこないの……」
「あぁ、五年前に盗賊に襲われたっていう……」
「お父様は素晴らしい鑑定士だったんだけどねぇ……」
品のないドレスを着飾った女たちが、ひそひそ声で噂をする。
無視して進むと、今度は下卑た笑いが部屋の中にべたべたと響いた。
「よう『クズ拾い』! 随分いい服着てるじゃねぇか。羽振りのいい家のゴミでも漁ったか?」
「今日はどんなゴミを競り落とすんだい!」
「リル・ドルチェは長いんだ! あんまりガラクタを集めすぎるなよ!」
暇な奴らだ……。
俺は誰にも取り合わず、ホールの中に足を踏み入れた。
オークション会場。
既に多くの貴族や成金たちが、ひしめき合うように座っていた。
年に一度開かれる、世界五大都市を巡るオークション『リル・ドルチェ』。
今年はオーパーツ・カクテルが発見されたこともあり、例年より多くの人間でにぎわっているようだった。
「レディース&ジェントルメン! お待たせしました! これよりリル・ドルチェ、ファーストオークションを開催いたします! 長い挨拶は無用でしょう。きっとみなさん、早くお目当ての品を見つけたいでしょうからねぇ」
司会者のトークに会場が湧く。
彼の言う通りだった。参加者はみな、そわそわと落ち着かない様子で体をゆすっていた。
「それでは早速参りましょう! エントリーナンバー一番!」
壇上でビロードの布が流れ落ちる。
強固なガラスケースの中で、鮮やかな鉱石が光っていた。
美しい……。誰かのつぶやきが伝播する。
「それではこの品に関して、私の方から紹介をば……。みなさまは覚えておいででしょうか。数年前、とある科学者の手で『成長する人形』が開発されました。彼はそれをこう呼びました。Arclight of human cell。通称――ALICEと」
アリスという少女がいた。
俺たちと変わらぬ、いたいけな少女だった。
明るくて優しくて、ほんの少しませている、ただの普通の少女だった。
だけど彼女は知っていた。
自分の価値を。自分の意味を。
「ALICEの原動力は、かの超一級オーパーツ『呼吸する鉱石』。ALICEの生みの親はこれを加工し、自動人形の中に詰め込みました」
だからだろう。
あの日、ユークリッド家が盗賊に襲われた日。
親父も使用人も、誰も彼もが殺されて、次は俺とミーシャの番になった時。
あいつは服を脱ぎ捨てて言ったんだ。
『私をバラシなさい。金になりますよ』
盗賊たちは目の色を変えてアリスを襲った。
彼女の体を容赦なく引き裂いた。
彼女の体の中から色とりどりの鉱石を抜き取った。
俺とミーシャは、段々と目の光を失っていくアリスを置いて、その場から逃げ出した。
翌日彼女のもとを訪れると――そこには空っぽになったアリスの体だけが残されていた。
「鉱石たちは人形の中で育まれ、成長し、唯一無二の存在となりました。ご覧ください、この艶! この輝きを!」
だから――俺たちは彼女を取り戻さなくてはいけない。
世界中に売り捌かれた彼女の全てを、彼女の体に戻さなくてはいけない。
だが、アリスの鉱石は高額だ。
俺たちの財力ではとてもではないがすべては集めきれないだろう。
ならば、どうするか。
「……ようやくだ」
君が世界中に散らばってから五年が過ぎた。
その間、俺は君のことだけを考え続けた。
家名を穢した。散財した。贋作ばかりを競り落とした。
みなが俺のことをあざ笑った。薄汚い言葉でののしった。
付いたあだ名は「クズ拾い」。
本物を見落とし贋作を買いとる、愚かな鑑定士。
詐欺師のカモ、贋作屋の餌。
それでいい。
「本日の一品目はALICEの鉱石! 計二十存在する駆動結晶が一つ『声帯水晶』! 五億リルはくだらない目玉商品です! 果たして誰の手に渡るのか!?」
さぁ、アリス集めを始めようか。
こんな俺が集める君だから。
君を集め終わった時、君はガラクタと呼ばれてしまうかもしれないけれど――
「それではまずは小手調べ! 百万リルからスタートです!」
きっと君はいつもみたいに、笑って許してくれるよな?
俺は指を突き立てる。
誰よりも早く、高らかに。
「レイズ、一千万リル」
ユークリッド家残り資産:一億八千万リル