Gerald R.Ford Carrier Strike Group
ジェラルド・R・フォード空母打撃群:多数の艦載機を搭載した原子力空母『ジェラルド・R・フォード』を中心に、複数の水上戦闘艦や攻撃型原潜などで構成される艦隊。アメリカの軍事力の象徴で、その戦力は小国の国軍をも凌ぐと言われる。
単位換算表
1ft:0.3m
1kt:1852m/h
1nm:1852m
2024年10月1日 0020時(現地時間)
台湾海峡上空32000ft 台湾領空まで35nmの空域
いつもと同じように台湾空軍の2機の『F-16V』戦闘機がスクランブル(緊急発進)し、台湾のADIZ(防空識別圏)を領空に沿って飛行していた中国人民解放軍空軍の2機の『殲撃16型』戦闘機をヘルメットに装着したNVG(暗視装置)越しに目視できる距離にまで近付く。
そして、2機の『F-16V』戦闘機は並走するように編隊で飛行しながらパイロットの1人が無線機を国際救難無線でも使われる周波数帯に合わせると、中国空軍機のパイロットに英語と中国語で台湾領空に接近している事を警告した。
「This is Republic of China Air Force.You approach territorial airspace.Change the course with this directions」
無線は間違いなく聞こえている筈だが、どちらの機体からも応答は無い。一応、中国空軍機も台湾の領空には侵入しないよう針路を修正しながら飛行しているので、これまでと同様に相手が大陸方面へ離脱するまで監視を続ければ終わると台湾空軍機のパイロットは考えていた。
「え……?」
その直後、全く予想していなかった出来事が起こり、それを目にした台湾空軍機のパイロットが思わず中国語で呟く。いきなり2機の『殲撃16型』戦闘機がほぼ同時に機首を大きく上げて急上昇し、あっという間に彼の視界から姿を消したのだ。
さらに、彼が状況を理解するよりも早く『F-16V』戦闘機のコクピット内に警報が鳴り響き、心拍数が跳ね上がる。なぜなら、中国空軍戦闘機が搭載する射撃管制レーダーの照射(攻撃の前段階)を受けている事を警告するものだからだ。
「Break! Break!」
だが、警報を耳にした事で逆に冷静さを取り戻した彼は直ちに回避行動への移行を宣言すると、左サイドコンソール上のスロットルレバーを左手で奥へと押し込んでA/B(アフターバーナー)を作動させてエンジン推力を確保する。
それと同時に、右手で握る右サイドコンソール上のサイドスティック式操縦桿をフォースコントロール(加えられた圧力を検知する方式で操縦桿自体は1mm程しか動かない)を採用しているが故に右へ傾けるようにして力を加え、素早い右ロール(機体中心を前後に通る回転軸に対する左右への傾き)で機体を90度まで一気に傾けた。
そして、機体がロールし終わるのに合わせてサイドスティックに加えていた力を一旦無くし、今度は手前に引くような感覚で強めに力を加えて急激なピッチ(機体の水平面に対する上下の角度)アップで機首方位を90度近く変えた。
もし機体の挙動を俯瞰して見る事ができたなら、それまで水平飛行をしていた『F-16V』戦闘機が直角のような急角度の右旋回で針路を大きく変えたのが分かっただろう。
また、このブレイクターンの機動に合わせてレーダー警戒装置と連動した機載コンピューターが脅威度を即座に判定し、自動で最適な欺瞞信号を発して相手のレーダー波を撹乱している。
「Bandit in the rear! Cover it,Arrow41!」
「Control to Arrow41.What happened?」
ブレイクターンで離脱して警報が鳴り止んだ直後、ウイングマン(僚機)と指揮管制室から立て続けに無線が入ってきた。そこで彼は、どちらを優先するのが現状では最善かを瞬時に判断し、まずは指揮管制室からの通信に答える。
「Arrow41 to control.It’s provoked from a Chinese fighter.So it corresponds」
「Control wilco.It’s supported」
こうして彼は指揮管制室に中国軍戦闘機から挑発を受け、それに応じた対処をROE(交戦規定)に則って行うと手短に伝えた。
すると、地上のレーダー施設や『E-2K』AEW(早期警戒機)が探知した反応をリアルタイムで統合・整理して画面に表示し、それを見ながら空域内の味方航空機の指揮管制を行うオペレーターも支援をすると断言した。
「Control,where is Arrow44?」
「5o’clock,ALT29,Arrow41」
「Arrow41 wilco」
なので早速、援護の要請があったウイングマンの位置を尋ねると、自機から見て時計の文字盤の5時の方角、高度29000ftにいると判明する。
そこで彼は、HMD(ヘルメットマウンテッドディスプレイ)によってヘルメットのバイザーに直接投影された速力・高度・方位などの飛行情報から状況を把握し、どうするかを瞬時に決断した。
だからサイドスティックを右へ傾けるように力を加えて機体を135度まで素早く右ロールさせ、加えていた力を1度抜いてから手前に引く感じで強めに力を加えてピッチアップ、高度が下がるのと引き換えに針路を一気に180度変える機動のスライスターンを実行する。
この機動が終わるとHMDで飛行情報を再確認してサイドスティックに加えていた力を抜き、水平飛行に移行しながら目視でウイングマンを探す。すると、激しい機動を繰り広げる2機のA/Bの炎が目印となって直ぐに発見できた。
その様子から無線で言っていた通りの状況だと分かったので、もう1機の『殲撃16型』戦闘機の動向に注意を払いながらA/B全開で援護に向かう。
「Arrow41 to Arrow44.I cover,now」
「Arrow44 wilco」
ある程度接近したところで彼は援護に入ると無線を通じてウイングマンに伝え、直後にサイドスティックを手前に引く感じで軽く力を加えて10度までピッチアップ、上昇機動に転じたタイミングで左50度ロールとピッチアップ操作を組み合わせて上昇しながらの左旋回を開始する。
そして、正面コンソールにあるカラー液晶MFD(多機能ディスプレイ)の1つに戦術データリンクとも連動した戦況情報が表示してあり、その画面上で対象との位置関係が最適になったタイミングでサイドスティックに力を加えて機体を120度まで左ロールさせた。
この状態でピッチアップを行うと、今度は緩やかに下降しながらの左旋回となって500kt付近まで低下していた速力も少しずつ回復するが、結果的に最初の上昇で低下した速力のぶんだけ旋回半径が小さくなった。これは、エンジン推力を落とさずに減速するハイ・ヨーヨーと呼ばれる機動だ。
こうしてウイングマンを追い回す相手機の背後を取る事に成功した彼は火器管制システムを空対空モードに切り替え、自分がされたのと同様に射撃管制レーダーを相手機に照射した。勿論、単なる警告でミサイルを発射するつもりは無い。
すると、彼の予想通り相手機はウイングマンの追跡をあっさりと諦め、左ブレイクターンで針路を変えて離脱していく。その事に安堵し、ほんの一瞬だが彼が気を抜いた時だった。突然、コクピット内に耳障りな警告音が鳴り響く。
「まさか……!」
中国語で呟いた彼が最後に目にしたのは、ミサイルの接近を警告する正面コンソール上の赤い点滅と警戒装置に連動してフレア(囮の熱源)が自動で放出された事を伝えるメッセージだけで、直後に激しい衝撃に襲われて意識が途切れた。
なぜなら、『殲撃20型』ステルス戦闘機が背後から発射した2発の『霹靂10』画像赤外線誘導AAM(空対空ミサイル)が直撃し、あっという間に機体が爆発炎上したからだ。
そして、最初にレーダー照射を行って彼を挑発したのも背後に忍び寄った同ステルス戦闘機で、撃墜と“それ以上に重要な目的”の遂行が任務だった。
この数分後には、もう1機の『F-16V』戦闘機も2機の『殲撃16型』戦闘機との空戦でミサイルを被弾して撃墜され、台湾側は最終的に機体と共に2人のパイロットを失った。
◆
5時間後
西太平洋 グアム島の北80nmの海上
タイコンデロガ級イージス巡洋艦1隻とアーレイバーク級イージス駆逐艦3隻を引き連れ、西に航行する原子力空母『ジェラルド・R・フォード』の艦内通路をVFA-97(第97戦闘攻撃飛行隊)飛行隊長のハワード少佐が険しい表情を浮かべて足早に歩いていた。
『今から5時間前、台湾海峡で問題が発生した。よって、我々は以降の予定を全てキャンセルして同方面へと向かう』
その理由は、彼が所属するCVW-8(第8空母航空団)司令の大佐が緊急ブリーフィングで麾下の飛行隊の隊長達を集めて開口一番、そう言い放った事に端を発する。
ちなみに、ブリーフィングの内容は台湾周辺海域における作戦行動についてで、現場海域に先行しているロナルド・レーガンCSG(空母打撃群)と連携して中国軍を牽制するというものだった。
本来、アメリカ東海岸のノーフォークを母港とする同艦が遠く離れた西太平洋にいるのはアジア地域での合同訓練に参加したからなのだが、諸事情で10月になっても同海域に留まっていた事が派遣部隊に指名された理由でもある。
『それと、中国海軍の2つの空母打撃群も進出してきている。これらの動きにも注意しろ』
さらに、『遼寧』と『山東』それぞれの空母を中核とする艦隊の進出が確認されている事も少佐の表情を険しくしていた。なぜなら、VFA-97は『F-35C ライトニングⅡ』ステルス戦闘機を装備する飛行隊で、中国の空母艦隊と対峙する際は中心的存在になると大佐に告げられたからだ。